第11話 その後に

「待てよ」

 


 声が聞こえて、見広は思わず振り返った。

 それが今、自分のダウンさせた相手が放った言葉だと分かると、怪訝そうに眉を寄せた。



(おかしいな。こんなにも早く目を覚ますはずじゃ……)

 


 誰かが《回復魔法》をかけたのだろうかとそういう考えが頭のなかを一瞬よぎったが、本人が「いてぇ」とつぶやいているのを聞いて、その可能性は低いだろうと気がつく。



(だったらこいつ、本当に自前の速度で回復しやがったのか……)

 


 人間の回復速度って個人でそんなに変わるもんだっけ、という感想とため息を混じらせながら振り向いた見広に舌打ちが返ってくる。



「……まだ続けるのか?」

 


 一応、とばかりに見広は彼に聞いてみた。

 それに対して、諦めたような声が返ってきて見広はホッとした。



「あー、やめだやめ」

 


 周りの人間は、紡がれた言葉の意味がわからないようでざわついてしまっていた。

 同時に、見広はへぇと唸る。



「どうしてさ。お前はこうしてまだ俺の前に立ち塞がっているのに?」



 あえて挑発するような言葉を重ねて見ても、そいつは首を横に振るだけで、攻撃的な体制を取ろうとはしなかった。まぁ及第点か、と見広は心の中でその男を評価した。



「お前、何をしたんだ?」



 見広はそれに、問われた。



「言っただろ? ご馳走様って」



 それ以上の言葉が必要か、と問われて相手は歯噛みしながらいいや、と答えた。



「……魔法を、食ったってのか?」


「正確には俺もわかっちゃいないが、おそらくその認識で間違いねぇよ」

「ちっ、そうかよ」



 舌打ちとともに放たれたその言葉は、風がさらっていった。

 見広はそれからもう一度相手の方を睥睨するようにすると今度こそ、その場を背にした。



「覚えとけ、俺の名前は天智見広だ」


「ちっ、ダスティンだ」

 


 しばらく行って、周囲の人間が見えなくなったところで見広は壁に寄りかかってため息をついた。

 それはもう盛大に、この数日間最大のものを。



(え、何この俺の強キャラムーブ。よくよく考えたら、めちゃくちゃ恥ずかしくねぇかこれ?!)



 リシアがいれば、いまさらでしょとでも言われそうなそんな言葉を見広は心の中で叫んだ。

 本当は口に出して叫びたかったのだが、そんなことをしたらもっと恥ずかしい思いをしそうなのでやめておいた。


 今度、海にでも行ったらこう叫ぼうと見広は微かに決意する。


「海の、ばっかやろぉぉぉぉぉぉぉ!!」と。


 なぜこんな滑稽な思考で結論をつけたのか、見広自身もよく分かってはいなかった。

 よく分かってはいなかったが、それでいいだろうと若干、現実逃避気味に考えていた。



「派手にやってくれたねぇ。見広くん?」



 羞恥心にかけられながら、変な動きをしていた見広にクスリと笑いながら掛かる声がひとつ。

 見広は身悶えるのをやめて、そちらの方に向き直っていう。



「なんだ、あんたか」


「なんだとはなんだよ。そっちこそ、僕が思ったよりもやらかしてしまって……」



 珍しい黒髪同士、同じような境遇の人間がお互いにジト目を返した。

 ヒュゥ、と風が吹いていった。

 先にその沈黙を破ったのは見広だった。



「まぁ、それはそうとして。あんたの名前をまだ聞いてなかったな」



 思い出したように言った見広に思い出したように男も返した。

 苦笑いをして、そしてその名を口にする。



「僕の名前は、佐藤 けいだよ。名前は平仮名なんだ」



 へぇ、珍しいと見広は言った。

 それにしても、佐藤ときたかと見広は考えた。



「日本の中でかなり多い苗字だったっけ?」

「そうだね。僕の苗字はどこにいってもありふれているはずだよ」



 確か、何人かあっちのクラスメイトにも佐藤という苗字の人間がいた気がするな、と見広は思い出してみる。

 人の苗字にあまり興味がなかったので、そこまで詳細に思い出すことはせきなかったが。



「それで、なんのようだ?」



 面倒臭くなって、見広はそう聞き返した。

 これには少し想定としていたパターンと違っていたのか目が見開かれたような気がしないでもなかった。


 見開かれてない可能性もあった。



「……僕は君を観察してるだけだよ」

「え、なに、ストーカー? おまわりさんこいつです」


「勝手にストーカーに仕上げないでくれる? あと、この世界にお巡りさんはいないから呼んでも無駄だよ」



 勝ったとばかりにそういうけいに、やっぱりストーカーじゃねぇか、と笑っていった見広はさらに問う。



「仮にストーカーじゃなかったとして、」

「だから、ストーカーではないんだけど」


「あんたが俺を観察するその理由が見えないよ。まさか、興味本位じゃないだろうし」

 


 けいからまぁね、と肯定の声が返ってきて見広はやっぱりなと、思った。



「……君に危害を与えるつもりはないよ」

「それはまあ、分かってるさ」

 


 もしもそんなことをしようと思っているのならばもうなにかを仕掛けられてもおかしくはないのだから。

 決闘に関しては個人的な因縁のようなものだったのだから誰かの手によって仕掛けられたもの……ではない。



「俺が転移者であることに関係しているのは分かっているけど……。てか、ちょっと待てよ。あんたはどうして俺のことを知っている?」

 


 根本的なところ。

 そこに見広は疑問をもった。



「い、いやだなぁ。名簿を見たんだよ、そう、名簿を」

「いや、嘘下手すぎだろ」

 


 撃墜完了。

 と、そんな冗談はさておき、けいは口を開いた。



「実際もところ、僕自信を分かってないんだよ」

 


 なんの冗談を、と見広は言おうとしてけいの方を見たが、彼は大袈裟に首を振りながらそんなことを言うだけだった。

 自分がその誘いを運命と受け入れたように、この男にとってその行いは使命なのだと見広は理解した。


 同時に、この目の前の男もそれの意味を理解することができていない人間だということも。



「そういえば、見広くん。仕事の方は大丈夫なのかい?」

「あぁ、大丈夫。決闘とかなんとかの予定が入ってたおかげで、今日は出なくていいことになってるから」



 昨日開始して二日目に休みはいいのだろうか、と見広は口にしたが結局は来なくていいということで押し切られてしまって今に至る。

 勝てても勝てなくても、休みにするというのはどうなのだろうか。


 しかもそれでいてちゃんと給料は出してくれるというのだから、この世界はやっぱりどこか狂っていると見広は思った。



(あっちの世界はこんなにゆるくはないしな)



 法律、規則、規律に守られた言い換えれば超息苦しい社会で生きてきた彼にとっては、やはり慣れるものではなかった。

 かといってこっちの開放感のある世界もどうかとは思うが。



「そうなのか……」



 アレェ、とそういったけいの顔にも驚愕に近い(あるいは信じられないような)顔が浮かんでいて、見広はクスリと笑った。

 大分、周囲が静かになった頃、見広のいる方に少女____リシアが顔を出してきた。



「見広?」



 少しだけ甘えるような小さいその声に見広は先ほどまでの面白みを持った笑いというよりも、苦笑を顔に浮かべ直して。

 リシアは、けいがいることにも気がついたようだった。



「あ、けいさんこんにちは」

「あからさまな態度の急変やめてね。大人の僕でも傷ついちゃうよ?!」

 


 そういやあんた、大人だったんなと目の前の少なくとも子供には見えないけいに対して見広はそう言ったが、どうやら聞こえなかったようだった。

 いや、気が付かれた上で無視されているのかもしれない。

 そっぽを向いているので真偽はわからなかったが。



「そうだ見広。これから街のほうに降りるんだけど、ちょっとついてきてほしいの?」



 どうして、と見広は彼女に問わなかった。

 それよりも先に、彼女の方から用事の要件が伝えられてしまったから。



「ねぇ見広。そろそろ、武器を探しに行こうよ」



 それは、日本にいた頃ならばゲームの中でしか聴くことのなかった言葉。

 そんな言葉がまるで日常の一綴りだとでもいうかのように彼女の口から放たれて。

 それでも見広は、何も言葉にしなかった。


 その時に感じたのは既視感でも未視感でもなく、否定でも肯定でもなく、畏怖でも戦慄でもなく。



「十分後にいくわ」



 必然でも運命的でも、そんなののなんでもなく。

 天智見広はこの世界を受け入れることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る