第8話 顔合わせ

 それからさらに時間は進んで夜が明けて、見広が学園での初仕事に行く時間となった。


 とはいえ、仕事をするのは学生としてこの学園に在籍している人間たちが勉強をしている間だけで、それ以外はだいたい休み時間なのだが。

 超ホワイトな職場な気がしたが、まぁ給料がそこまで高くないのだろう。



(まぁ、最低限度の生活ができれば俺はそれでいいか)



 死ななければそれでいい、と面倒臭い思考を放棄して見広はそういう思考に至った。

 コンコンコンと三回ノックの音が聞こえたがその先にいる人物が誰なのか容易にわかったため、入ってくれと返事をした。



「失礼します」



 やはり入ってきたのはリシアだ。

 内心違う人物だったらどうしよう、なんて考えてしまっていたがそれが杞憂に終わったことに見広はホッとした。


 部屋に上がってきたリシアはいう。



「どう? 何か不自由なことはない?」


「そうだな、金がないってこと以外は特に不満はないな。ここも意外と過ごしやすいし」



 自虐的な皮肉だったが、それに気がついたのかリシアは笑っていいのかよく分からないと言った微妙な顔をする。

 彼女らしい反応だな、と見広は浅い付き合いながらもそう思った。



「俺は確か九時までにあっちに行けばいいんだっけ?」



 確認するように見広がそういうと、肯定の言葉が返ってきた。

 しかし、すぐにリシアは申し訳なさそうな顔をする。



「ごめんなさい。学園のみんなとの顔合わせをその前に入れなきゃならないからそれよりも前に行かなきゃならなくなっちゃって……」


「あぁ、別にいいよ。実際今から何をしようか悩んでたところだったからちょっとでもあっちに行

くのが早まってくれるのなら嬉しい」



 ちなみに今の時間は七時過ぎである。

 この場所から学園までは徒歩五分もかからないので見広すれば一時間以上の暇な時間があったのだ。


 ろくに娯楽のない自分の部屋で一時間を過ごせとか、もと都会っ子にしたら我慢できないまである。



「ありがとう見広」

「礼を言われるようなことでもないと思うけどな……。まぁ一応受け取っとくよそのお礼」



 ニシシと少年らしく笑いながら見広は言った。



「あ、私はちょっと先に行かなきゃ行けない用事があるから行くね」


「あぁ、了解。とりあえず七時半になったらそっちに向かう感じで行くわ」

「はーい。それじゃぁまた後でね」


「あぁ、また後で」



 リシアが去って行った先、閉じられた扉を見広はじっと見つめながらグッと伸びをした。

 朝日はすでに部屋の中の風景に溶け込んでいて、いまいち新鮮味にかける。


 見広は窓から顔を出して辺りの景色を見つめた。

 そこでふと、ポケットに両腕を突っ込んで堂々と歩く少年を見つけたのはほんの偶然だった。



(典型的な不良生徒つうか……)



 そんなのと見広は目があった。

 ……ので某ボールの中から出てくる絶対にポケットサイズじゃないモンスターでの戦いが始まる、なんてことはなく。


 あるいはもっと物騒だった。


 ゴゥ、と手のひらサイズの炎が目の前の人間の手のひらに顕現する。

 それが躊躇なく投げられたので、チッと見広は舌打ちをして投げつけられたそれを喰った。



「あぁ? テメェ、俺に喧嘩売ってるってことでいいのか?」



 そのまま、窓から外に降り立って威嚇する。

 対して相手はチッと見広と同じように舌打ちを返しただけでそのまま歩き去ってしまった。



(目をつけられた……なんてことがなければいいんだけど)



 ここだけの話。

 前の世界で見広は一部の不良を叩き潰しまくったおかげで恐れられていたりもしたのだが、この世界ではそんな実力もないものに等しい。



(でも、顔は覚えた)



 見広は自分の住む場所が数日としないうちに燃やされかけたのに冷静であった。

 被害がなかったからいいという結果論を重んじているだけだ、と本人はのちに笑って答えていたが。


 小鳥が小さくないて、同時に見広は振り返った。



「まぁいいや。どうせ顔合わせするんだしそんときにわかるだろ」




《行間》




「はいはーいみなさん注目してください。大変私事で悪いなとは思うのですが、」

「男か!」


「言葉としては間違ってはいないけど、おそらく意味合いとしては間違っているのでちょっと黙っていましょうね」



 何やら学園の生徒たちが部屋の中でガヤガヤしているなと思ったら、リシアが自分について説明してくれようとしている場面なのだと気がついた。


 え、これ俺が普通に登場しちゃってもいいやつなのか、と少し疑問に思いながらしばしドアの前に立っていると……。



「キャ!」



 どうにもそろそろきたかな、と外を覗きにきた彼女と思いっきり至近距離で出会うこととなってしまった。


 ドアを開けた途端、その場にじっと佇んでいる男と目が合うのってちょっとしたホラーなのかもしれない。


 勢い余って尻餅をついたリシアが立ち上がるのを見ながら見広は苦笑して聞く。



「入っていいのか?」

「う、うん……。もうそろそろくるかなって思っていたから」



 それだけいうとリシアは手を使って見広に、教室へはいるように促した。

 その中に入った途端、見広は好奇の目にさらされることとなる。


 おおよそ、「お前誰だ」とか「なんでここにきた」とかそういう目線だろうと見広は割り切る。



「ということで、この人が先ほど紹介した見広さんです。仲良くしてくださいね」

「やっぱり男か!」


「だから、そんな深い関わりを持った人じゃないって言ってるでしょ。友人よ、友人」


「え、俺、お前に友人認定されてたことすら知らなかったんだけど」

「見広もちょっと黙っておきなさい」

 


 その一瞬のやり取りでリシアが疲れたと言いたげにこめかみを抑えた。

 悪りぃ悪りぃと見広は片手を顔の前まで持ってきて少し笑いながら謝る。


 と、舌打ちの音が漏れてきた。



「テメェ、見たところ碌に魔法を使えそうにもねぇ。そんなのがここにリシアっつうコネだけで入ってきてんじゃねぇよ」



 ここはお貴族様の抱える、身分至上主義の教室じゃないんだぞとそれはいった。

 少なくとも数表の賛同は得ることが可能だったようで周囲から「そうだそうだ」という声がちらほらと聞こえてきた。



(朝のやつか……。なんか、イメージ通りの人間って感じだな)



 見広はそいつの方を特に睨むまでもなく見て、あぁそういうことかといくら「鈍感」な彼でも気がついた。



(あいつは、俺とリシアが親しくしているのが気に入らないくちか)



 周囲の認める美少女ことリシアのことだ。

 そういう感情を抱く人間はいるだろうな、とそんな予感はしていたが、流石の見広もここまで不快オーラを露骨に表す人間がいるとは思わなかった。



「で、魔法が使えないからってなんで俺が弱いって勝手に決めつけられる?」


「ったりめぇだ。魔法を使えない人間は魔法を使う人間より弱い。一般常識だろうが」



 一般常識ねぇ、とその言葉を口の中で苦々しげに転がした見広は不敵に笑う。



「それはやってみねぇと分からないと思うけどな」


「あぁ? やらねぇでもわかるさ。まさか、その体の細さで剣を振るなんて言わないよな? そんなの笑い物だぜ?」

「あいにくと、こちとら剣を振ったことはないもんでな」



 チッともう一度舌打ちが響いた。

 それが、本当はどちらのものだったかよく真偽はわかっていない。



「めんどくせぇなぁ。だったら決闘でもなんでもしてテメェに一般人と魔法使いの格の違いを教えてやるよ!」


「……決闘、ねぇ。俺としてはできるだけ戦わない方面で決着をつけたかったんだけど」

「あぁ? 自分が弱いって認めて逃げるんなら好きにしろよおぼっちゃま」


「んなこたしねぇよ。あと仮にも平民の子供に対しておぼっちゃまなんて言ったらお貴族様の坊々はどうなるよ」



 リシアが隣で嘆息した。

 面倒臭いことをやってくれて……とそういう呟きが聞こえた気がしたので多分後で自分は怒られるんだろうな、と見広は理解した。



「わかったわ。だったら明日の早朝……七時半から二人の決闘を認めるわ」



 その瞬間、室内がドッとわいた。

 こいつらどれだけ血に飢えてるんだよ、と思っているとどうにも賭けの対象になっていたりもしているようだった。



(あれ、ワンチャン俺の印象ってあの不良と同系統に分類されてない?!)

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