あれが夢だったのか、現実のことだったのか。


 彼女にとって、最も古い記憶は、3歳の誕生日前後のことだった。とはいえ、幼い頃の記憶であることもあって、あの日見たもののすべてが現実だったのかは定かではない。


 彼女は前夜、誕生日にもサンタクロースがプレゼントを運んできてくれると思い、なかなか寝付けなかった。「お誕生日のお祝いはサンタさんを待たなくてもいい」、そう優しく言って寝かしつけてくれたのは、両親だったのか、それとも兄だったのか。それでも、夜更かししたせいか、彼女は恐ろしい『夢』を見た。


 が、海からザブザブと上がってくるのだ。


 泣きながら目覚めると、隣で寝ていた兄も同じ夢を見て目が覚めたらしい。兄は当時の戦隊ものの敵――『妖怪』だと思ったらしく、おもちゃ箱から変身セットを取ってくるといい、寝室から出て行った。彼女はというと、目が覚めても脳裏にその怪物がより鮮明に迫ってくる感覚にとらわれていた。家のどこにいても、その怪物は追ってくるような気がして、彼女は泣きながら家から飛び出した。


 711754652のことだった。


 地の底から、くぐもった重低音が響いた直後、鉄槌の一撃のような縦揺れが彼女を襲った。思わず地面に転げた直後、今度は横揺れが襲ってきた。逃げることはおろか立ち上がることすらできず、彼女は揺れに翻弄された。その揺れは永遠にも続くように思われた。うつぶせでうずくまりながら、彼女はただただ泣くことしかできなかった。


 どれほどの時間、そうしていたのだろうか。気が付けば、揺れは収まっていたようだった。悪い夢の続きを見たのだろうかと、最初は思った。しかし、体中についた傷の痛みは、それが夢ではないことを告げていた。周りを見回す。近所の家やアパートはことごとく潰れ、あるいは傾いていた。ガスと煙の臭い。火の手もあがりつつあるようだった。その臭いで、彼女は自分の家のことを思い出した。


 周りを見回したときに、気づけなかったのも当然だった。木造だった我が家は、屋根以外が完全に崩れ、がれきの山となっていた。台所のあったあたりは、既に火柱が立っていた。彼女は必死に家族の名前を叫び続けたが、返事はなかった。立ち尽くす間に、続く余震と住宅火災とで、彼女の周囲は見渡す限り一面のがれきになり、焔に包まれていた。


 幼い彼女には知る由もなかった。当時、『西暦1999年7の月に終末が訪れる』という教義をとなえたカルト教団『ラジャタヴァニーヤ=ゴドーリ』――サンスクリット語で「銀色の黄昏」を意味し、その頭文字から『ラ=ゴ教団』と呼ばれた――が存在したこと。教義を教団みずから現実のものとするため、兵器密造や毒ガス合成に留まらず、魔術儀式によっても『終末』をもたらそうとしていたこと。そして、その儀式は失敗し、発動した不完全な魔術が、彼女に悪夢と地獄のような光景を見せたことなど。


 父方親族の養子となった彼女は、亡くした家族を想いつつも、ひとりで生きていける力を欲した。決して養父母と不仲だったわけではない。家族との永訣の朝に見たあの夢と光景が、いったい何だったのかを知りたいと欲してはいたが、それを理解してくれる者がいるとは――例え今は亡き両親であろうと――いるとは思えなかったのだ。答えにたどり着くため、学業だけではなく、さまざまな書物から知識をどん欲に吸収した。怪しげな海外の原書にすら手を出した。しかし、そこにも彼女の求めたものはなかった。


 しかし、運命は、ついに彼女を見つけたのだった。

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