第14話

 出くわしたアオイが、焦ったように問いかけた。


「なぜ艦長がここに来てる?」


 アオイに目も向けず、ナラは艦内を走った。


「破損エリアを切り離す!」


 ナラをアオイが追いかける。


「誰かが破損エリアに残って、本艦から手動で切り離す必要があるんだぞ?」


 アオイが大声で問い掛けた。


「私が切り離す。指揮権はアーシャに委任してきた。後のことは彼が上手くやってくれる」


 ナラはアオイを落ち着かせるように言った。


「私が切り離し部分に残る!この艦のことは、機関部長の私の責任でもある」


 アオイが声を荒げた。


「君に死なれては連合艦隊の大損失だ。君には悪いが艦の修復をしてもらわねば。私の代わりは居ても、君の代わりは居ない」


 切り離し部分に近づきナラは足を止めた。


「…何も分かっちゃいないな。あんた地球人の寿命って知ってる?」


 同じく足を止めたアオイが呆れたようにナラに問い掛けた。


「?こんな時に何を?」


 ナラが訝しく思いアオイを振り返った瞬間、その頭部を何か堅い物が強打した。


「!?何をする!?」


 頭部を押さえてアオイを見れば、工具を握ったアオイがいた。


「倒れてくれれば良かったのに。地球人の平均寿命は110歳。私は今年で120歳。とっくに寿命超えてるの!」


 人使い荒いんだから!工具を振り上げたアオイの顔は大分皺が増え、髪は殆どが白くなっていた。




 以前ナラがアオイに話した、アーシャの心の中のような穏やかな砂浜が見える。


 ただその砂浜には、黒髪のアオイがいた。砂浜には不似合いなつなぎ姿だ。


 彼女が振り向いた。その表情は逆光でよく見ることが出来ない。彼女は穏やかな声で言った。


「人使い荒い艦長には苦労した!無理な注文ばかりでさ。ただあんたの心からの信頼が、賞賛が、いつも私をやる気にさせた。私は元々天才だけど、天才が力を発揮するにはあんたみたいな奴が必要ってことよ」


 私にだって君が必要だ。


「あんたの任務はまだ続くけど、私はここで終わり。だってしょうがないじゃない。寿命よ。地球人はあんたみたいに万年も生きないの。あんたのこれからの奮闘ぶりを、面白おかしく先に行った仲間達と見てる」


 嫌だ。行かないでくれ。


 もっと近くで見ていてくれ。


「…不思議だな。裸でこの広い宇宙に放り出されるようなものなのに、全く怖くない」


 宇宙に放り出されるのだ。苦しくて、痛くて、孤独な死が待っている。怖くないはずがない。


 君は退官後に発明で富豪になると言ったじゃないか。私は怖い。怖くてたまらない。


 穏やかな砂浜で君が微笑んだ気がした。その微笑みが暗闇に溶けていく。



「やめてくれっ!!」


 ナラが目覚めたのはベッドの上だった。そばの椅子にはマッドDが腰掛けている。


「目覚めた途端大声を出すな。頭蓋骨一部陥没の怪我だったんだぞ。アオイも思い切りやりやがって」


「アオイはどうした!?教えてくれ。無事だと言ってくれ!!」


「…死んだよ。アオイは破損エリアを艦から切り離した。破損エリアは、その後爆発。アオイが付けていたバイタルメーターも爆発した」


「ぁあああっ!ああああぁ!!」


 暴れ出したナラにマッドDが迷いなく麻酔弾を撃った。


「暴れても犠牲になったクルー達は帰ってこない。お前は艦長として、彼らの死を悼み、教訓とすべきだ。どの艦も完全無欠ではないとな。そして、傷ついたクルー達の心と体が癒え艦が元通りになったら、また調停の任務に出るんだ。それがSHANTIの、艦長の役目だ」


 薄れていく意識の中で、ナラはマッドDの厳しい言葉を聞いた。

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