第2話 娘が悪役令嬢だった
翌朝。
深呼吸して娘の部屋をノックした俺は許可を得てから入室した。
「おはよう、リムラシーヌ。少し話せるかな」
「はい、お父様」
すっと立ち上がったリムラシーヌは深く腰を折り、謝罪から話を始めた。
「この度は申し訳ありませんでした」
「謝ることはないよ。誰だって会ったこともない人と婚約させられるのは嫌だろ? ほら、可愛い顔をよく見せてよ」
頭を上げたリムラシーヌの顔はリューテシアにそっくりだ。
くりくりの大きな目とピンクブランドの髪。鼻筋は俺に似ているらしい。
「お父様を困らせるつもりはありませんでした。ただ、ルミナリアス様と婚約するのはダメだって」
「俺の大事な娘にそんなことを吹き込んだのは誰なのか教えてくれるかい?」
「それは、その……」
まるで背後に居る誰かに助言を求めるように視線と体を動かすリムラシーヌ。
その動きは昔から見慣れている。彼女が困っている時の合図のようなものだ。
「パパ」
そして、必ずと言っていいほど合図の直後に雰囲気が変わる。
同じ顔、同じ声。しかし、
「私はね、ルミナリアスと婚約すると破滅するの。だから拒否した。それだけなの。パパやママを困らせてやろうなんて考えはないんだよ」
うちの子は天才だと思っていた、というか今でもそう思っている。
剣術も薬術も、教えれば魔術だって使いこなすだろう。
そういう技術的なものだけでなく、この幼さで相手によって態度をコロコロ変える姿に驚いていた。
時に貴族令嬢のように優雅に、時に少女のようにあどけなく、そして時に小悪魔のように小賢しい。
六歳にしてこんなにも多くの顔を持ち、使い分けているのが俺たちの娘だ。
「破滅……?」
「そう。私はね、破滅したくないからルミナリアスと婚約したくないの。分かって、パパ」
破滅。
その二文字は今でも俺の頭の中から消えない単語だ。
それを何故リムラシーヌが知っているんだ。
これまで一度として口にしたことがないのに。……それとも気づかぬうちに言っていたのか。
「どういう意味かな? 何か知っているのかい?」
「んー、知ってるっていうか。教えられたっていうか。え? パパならいいんじゃないかな。きっと信じてくれるよ」
リムラシーヌはまるで隣に誰かいるように会話を始めた。
しかし、実際には俺と彼女しかいないからただの独り言にしか思えない。
「誰と話している?」
「あのね、パパ。信じてくれないかもしれないけど、私の中にはもう一人の私がいるんだ。ほら、変わって」
その一言を最後にリムラシーヌの雰囲気が一変した。
「お父様、私のことを信じてくれますか?」
窺うように見上げる目はリューテシアにそっくりだ。
さっきまでとは違い、自信のなさが浮き彫りとなった娘の手を取り、しっかりと頷いた。
「もちろん。つまり、リムラシーヌは一つの体に二人分の意識があるってことだよね」
こくりと頷く我が娘。
これまでひた隠しにしてきた秘密を受け入れられたことによる安堵からか、彼女のほっとした表情に思わず俺も笑みがこぼれた。
「ね、パパなら大丈夫って言ったじゃん。リムは心配性なんだよ」
「だって。こんなの普通じゃないよ。シーヌも最初は戸惑ってたもん」
コロコロと表情を変えながら、俺には見えないもう一人と対話を続ける我が子の姿に瞬きせずにはいられなかった。
どうやら、うちの娘は自分の名前を二つに分けて呼び合っているらしい。
貴族令嬢っぽいのがリム。自分の年齢を理解しているような言動が目立つ方がシーヌというようだ。
「こんなことを聞くのは酷だが、どっちが俺の娘だ?」
「「私」」
「じゃなくて。どっちがピロン! って音を聞いたんだ?」
これまでカーミヤ嬢、アーミィと二度も転生女に振り回された俺だ。
今更、自分の娘が転生者だったとしても驚きはない。
ごめん嘘。めっちゃ驚いているし、今すぐにでも部屋から逃げ出したい。
でもここで現実から目を背ければ、二度と娘と会話できないような気がしてしっかりと地に足をつけておくことにした。
「それなら私。目を開けたらママに抱っこされてて、隣でリムがおぎゃーって泣いてた」
なるほど、この大人びた雰囲気の方が転生者というわけか。
ただ、今回のパターンはまったく新しいものだった。
俺も
強いて言うならカーミヤ嬢だけは
しかし、今の話ではシーヌは生まれたばかりのリムラシーヌに転生し、本人と一緒に成長して六歳を迎えている。
「前世の記憶は?」
「分かんない」
「本当の名前は?」
「分かんない」
これまでのパターンであればこの子は前世で死亡している。俺とアーミィと同じだ。
つまり、向こうの世界に戻るべき肉体はないことになる。
「『ブルーローズを君へ』、『ブルーローズを君へⅡ』というゲームに心当たりはあるか?」
「あるよ。ここってスリーの世界って最初に言われたし、実際にリムラシーヌってキャラクターに転生しているんだってところまでは気づいた」
俺は急激なめまいに襲われて、立っていられなくなった。
壁に手をつき、片手で目尻を押える。
「でも、どうしてパパがそんなことまで知っているの? パパってこのゲームの登場人物なんでしょ?」
やめろ。頭が痛くなるから俺の娘の顔でそんなことを言わないでくれ。
「私ってこのゲームの悪役令嬢なんだよね。だから、破滅しないためにもルミナリアスと婚約するわけにはいかないんだ。パパがそこまで詳しいなら話が早くて助かる。ね、リム」
「げーむ? のことはよく分からないけど、お父様に言ってよかったね、シーヌ」
うん。とりあえず、娘に嫌われていなくて良かった。
でも、そっかー。
俺の娘、悪役令嬢だったかー。
遅れてくるどころか、フライングかよー。
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