第21話 自白させた

 場所は王立学園から離れた廃墟。

 王宮の地下で厳重に保管されていた青い薔薇を握り締めるアーミィ・イエストロイ公爵令嬢は、言われた通りに一人でこの場所に出向いた。


「マ、マリキス様。私です、アーミィです」


「お前一人か?」


「……はい」


「例のものは持ってきたんだろうな」


 暗闇の中で唯一、光輝く青薔薇が照らす先で人影が揺れる。足音を反響させて、フードを目深に被ったマリキス・ハイドが現れた。


「良い子だ。水の魔術の適性があるのは嬉しい誤算だった。それに黒薔薇と青薔薇の知識もな。さぁ、それを寄越せ」


「その前にお聞かせください。本当にマリキス様は好きな人を奪われたのですよね?」


 アーミィの震える声にマリキスは鼻を鳴らして肯定とした。


「そうだと何度も言っているだろう。お前を認めてやれるのはオレだけなんだから、オレの言葉だけを信じていればいいんだ」


「……そうですか」


 ためらわずに歩み寄ると、マリキスはアーミィの手から青薔薇を奪い取った。


「これであの女も終わりだ。ついでに王都に住む貴族、大臣共も一網打尽だ。王族にまで手を伸ばせなかったのは残念だが、内乱が勃発するのは時間の問題だろう。すでに隣国で青薔薇の買い取り先も決まった。これでこの国も終わりだな」


 アーミィは涙を流しながら、マリキスの元を去る。


 自分が転生するよりも前にこの世界で何が起こったのか知らず、ただゲームの世界に転生したのだから自由に生きられると思ったアーミィは突発的に推しであるマリキスの元へ向かった。


 最初は面会することもできなかったが、公爵令嬢であることをほのめかし、金で看守の一人を買収した彼女は短時間だけマリキスと言葉を交わした。


 その結果、アーミィはマリキスに嘘をつかれた。


 自分は無実の罪で投獄されている。

 自分から好きな人を奪い、陥れた男に復讐したい。そのために力を貸してくれないか。

 何もできないなんて言わないでくれ。あなたは女神だ。

 オレをここから出してくれ。頼む。


 そんな言葉をいくつも投げかけられた。

 

 いくらゲームの知識があったとしても転生して間もないアーミィはマリキスの言葉を鵜呑みにしてしまった。


 学園に戻されたアーミィは謹慎中にも関わらず、ゲームの知識を用いて女子寮を抜け出し、偶然出会った名も知らぬ臨時講師の教え通りにイミテーションドロップを作成。魔力の知覚まで出来るようになった。


 絶対に会えないと思っていた前作の攻略対象であるマーシャルに水の魔術を習い、マリキス様の言った通り私は何でもできるのだ、と自信をつけたアーミィは遂に知識を披露してしまう。


「黒薔薇には死の呪いがあります。治療法は青薔薇だけ」


 これは『ブルーローズを君へII』をプレイしていなければ知り得ない情報だ。


 当然、マリキスは知らなかった。

 この話を漏らしたことで、マリキスは監獄ユティバスを脱獄後に南の孤島で黒薔薇を採取し、王都で無作為にバラなくという暴挙に出た。


 もちろん、リューテシア・ファンドミーユには必ず渡すつもりだった。手に入らないのなら、死をもたらすことで彼女の最後の男になろうとしたのだ。


 そして、ブルブラック伯爵には黒薔薇の呪いと妻殺しの真実を突き付けて精神的に追い詰めるつもりだった。


 これでマリキス・ハイドの復讐は果たされたように思えたが、またしてもアーミィ・イエストロイの口添えによって計画変更を余儀なくされた。

 唯一の治療法である青薔薇が王宮の地下に保管されていた、と聞いたからだ。


 アーミィに再び王宮へ忍び込み盗んで来るように指示を出し、今日この場所でマリキスは青薔薇の受け渡しを要求した。


「これでオレの勝ちだ」


「どこからどう見ても負けだが、余の勘違いであるか?」


「っ!?」


 暗がりだった廃墟の外壁が破られ、陽の光が差し込む。

 マリキスを中心にして、彼を囲むように配置されている王国騎士団と魔術師がなだれ込んだ。


 それらを率いているのは次期国王ルミナリオ王太子である。


「謀ったな、アーミィ!」


「違う。アーミィ・イエストロイは俺の指示に従ったんだ」


「……ウィルフリッド……ブルブラック……ッ!!!!」


 見せつけるようにアーミィの肩に手を置いたのは、マリキスから愛する女性を奪った男の息子。愛する彼女の面影を持つリューテシアをも奪っていった憎き相手だった。


「嘘をつくな! その女も同罪だ。いや、オレよりも酷いぞ! オレを脱獄させて、青薔薇を盗み出したんだからな!」


「気づかなかったか? 彼女は二重スパイってやつだ。この件は全て俺が彼女に頼んだ」


「あはは、あははははは。お前の入れ知恵か、ウィルフリッド・ブルブラック。お前という奴は本当にオレをイラつかせるなッ!!」


「俺は判決を下せない。でも手を下すことはできる。これでいいだろ、ルミナリオ」


 ただの伯爵の息子であるウィルフリッドには何の権限もない。しかし、罪人に罪を自白させることはできる。


「うむ」


 静かに頷くルミナリオは大きく息を吸い込み、低い声で告げた。


「マリキス・ハイド、貴様を国家転覆こっかてんぷく罪で極刑に処す。連れて行け」


 二年前の卒業式の時とは違い、乱暴に拘束されたマリキスの手から青薔薇が落ちる。


「青薔薇がっ! オレの青薔薇がッ!!」


 しかし、それはガラスのように砕け散り、風に流された。


 マリキス・ハイドは過去の記憶を消し去られている。

 だからこそ、奇跡の魔術師であるウィルフリッド・ブルブラックの意思によって青い薔薇を自在に作り出せることを知らなかった。

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