第14話 えびを揚げてみた

 ある日、王宮からの帰宅途中で騎士のディードと王宮魔術師のマーシャルと出会った。


「よぉ、フリッド! 今、帰りか? よかったら一緒に飲みに行かないか?」


「やぁ、ディード。いいねぇ。ただ今日はダメなんだ。明日ならいいんだけど」


「なんだよ、またリューテシア嬢か?」


「そういうことだ」


「あなたの奥様愛は今に始まったことではありませんからね。では、明日にしましょうか」


「助かるよ。俺もアーミィとの件を聞きたかったんだ」


 マーシャルは「あぁ……」とどことなく嫌そうな顔をしてから頷いた。


 その日の夕方。

 帰宅すると甘い香りが屋敷内に充満していた。


「おかえりなさい、ウィル様」


 奥の方からとてとてやってきたのは、オーブンミトンとエプロンを身につけたリューテシアだ。


 家庭的な一面を全面に押し出した姿に意識が遠のきそうになってしまう。


 リューテシアに案内されたリビングルームで待っていると、焼き菓子と紅茶のセットが準備された。


「ストールのお礼です。お口に合うと良いのですが」


「合うに決まっているよ。いただきます」


 綺麗に並べられた焼き菓子をひとつまみして頬張ると、優しい甘みとふわふわの食感が口の中に広がった。


「うまっ! 天才だよ」


「良かった」


 以前は苦手だった甘い物や紅茶も今では好きになった。こうして一緒にティータイムを楽しめるようになったのも全部リューテシアのおかげだ。


「いただいたストールはずっとでも身につけていたいのですが、あちこちで同じ物が欲しいと言われてしまって」


「そっか。とんでもないことになっちゃったね。まぁ、良い時に使ってくれればいいから」


「ありがとうございます」


「そうだ、リュシー。今夜、いいかな?」


「あ、はい。もちろんです」


 夕食後、料理長に断ってキッチンを使わせてもらった俺は貴重とされる油を使って、とある食材を揚げた。


 完成した料理といただいたお酒。そして以前購入したグラスを持って寝室へ向かう。


「お待たせ。どうしても食べたい物を作ってたんだ。リュシーも絶対に気に入ると思うから食べてみて」


 今日はリューテシアとの晩酌の日だ。だから、ディードとマーシャルのお誘いを断るしかなかった。


 あの雑貨屋でグラスを買ってから一週間に一度は二人で寝る前にお酒を飲むようになった。


 そして俺がどうしても食べたかった物とはエビフライだ。


 この前、仕事で漁港に行って、新鮮な海老を見てからエビフライが頭から離れなくなってしまったのだ。


 この世界に転生して以来、揚げ物には縁がなかったわけだが、遂に手を出してしまった。


「これはなんというお料理ですか?」


「エビフライ。そのままでもいいし、ソースを付けても美味しいよ」


 ソースはいつもの食卓に並ぶものをいくつか拝借してきた。


 不思議そうに眺めていたリューテシアはフォークをエビフライに突き刺し、ゆっくりと口の中へ。

 サクッという小気味良い音を立てられれば、よだれがこぼれそうになる。


 先に勧めたのを少し後悔したくらいだ。


「……美味しい。美味しいです。世の中にこのような食べ物が存在するなんて」


 口元を隠し、驚嘆の声を上げるリューテシアに大満足の俺もエビフライにかぶりついた。


 カリカリの衣と弾力のある身が絶妙なバランスで最高に美味しい。

 そこにいただきものの酒を流し込めば、ぐうの音も出ない。


「最高だ」


 二人してハフハフ言いながら揚げたてのエビフライを深夜に食う。


「なんだか悪いことをしているみたいです」


 背徳感は最高のスパイスだ。

 しかし、健康と美容のためには良くない。


 それにこんなにも美味いものを独占してしまうのはダメだ。


 まだ使用人たちも寝ていないだろう。

 俺は立ち上がり、普段から使うことのないベルを鳴らしてみた。


 チリンッ。


 これまでに一度も鳴ったことのないベルの音色。

 ドタドタと廊下を走る音が近づき、とんでもない勢いで扉をノックされた。


「ウィルフリッド坊ちゃん! 何か緊急事態でございましょうか!!」


 確かにこれは緊急だ。

 早くしないと冷めてしまう。


「全員をダイニングへ。人数分の取り皿とグラスの用意を」


 ポカンとする執事やメイドを他所に先にキッチンに向かった俺とリューテシアはエビフライを切り分けて、ダイニングルームに向かった。


 そこには集められた使用人が集結しており、重苦しい緊張感が漂っている。


「まぁ、座ってよ。これを食べてみて欲しい」


 主人からの命令に渋々従った使用人たち。

 彼らの前に置かれた取り皿の上に、切ったエビフライを置いていく。

 リューテシアはグラスに酒を注いで回ってくれた。


 まだ未成年の子にはジュースを注いでくれるから、使用人からも愛される奥様なのだ。


「坊ちゃん、奥様。これはいったい?」


「まぁまぁ。何を言わずに食べてくれ。俺たちからの日頃の感謝の気持ちだ」


 執事、メイド、フットマン、コックなどは全員がエビフライを食べて、同じリアクションをした。


「こ、これは!? 革命が起きてしまいますぞ」


「そんな大袈裟な」


 とは言ったものの、料理長までも目をひん剥いているとなるとあながち嘘ではないらしい。


 やはり海老を油で揚げるという行為は日本人特有の感性なのだろう。

 日本製のゲームの世界なのに不思議な話だ。


「ウィルフリッド坊ちゃん、是非作り方をわたくしめにご教示ください」


「いいよ。あ、でも食べすぎ厳禁ね。絶対に太るから」


 この日から我が家では夕食にフライが出るようになった。


 リューテシアに贈ったストールと同じで、問題になると厄介だから門外不出という約束の上で成り合っているメニューだ。


 やっぱり俺は余計なことをしない方がいいのかもしれない。

 そんなことを考えさせられる一件となった。

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