第33話 異形種種族王会議

 ヴォルトは一人暗く長い道をカツカツカツと音を鳴らしながら歩ている。

 手には長く黒いステッキを持ちピカピカにみがかれた黒い靴を履いて先へ進む。

 機嫌が良いのか道は暗いというのに彼が踏むステップはかろやかだ。


 少し歩く。すると光が現れ彼の視界がひらける。

 彼の目に映ったのは巨大な円卓と、蒼白く透けた神秘的な女性であった。


「む。来たか」

「先日はありがとうございました。エルムンガルド殿」


 彼女は精霊女王エルムンガルド。


 そして異形種種族王会議が、——始まる。


 ★


「今日は気合いが入っとるの」

「最近は調子がいいので」


 ヴォルトが椅子に向かうと自動で動く。

 カツカツカツと音を鳴らしながら椅子まで行くと腰を落とす。

 ステッキを横に置き顔を上げる。


 ヴォルトにエルムンガルドと呼ばれた女性は長く緑色の髪をした豊満な胸を持つ女性だ。瞳は蒼く宝石のようで耳が長くとがりエルフ族のそれと似通っている。

 服は白い。また頭には草や花で作られたかんむりがあり、異様なプレッシャーさえ放たなければ「聖女」と呼ばれても納得がいくだろう。

 彼女がプレッシャーを放つもヴォルトは気にしない。周りをくるりと見るとエルムンガルドに聞いた。


「他の皆様は? 」

「欠席じゃ。ウルフィードは氏族をまとめるのに忙しいらしく、他の者はいつも通り」

「ウルフィード殿も大変な様子で」


 軽く顎に手をやり苦労のえない友人を思った。

 しかしながらヴォルトも種族王。

 いざという時はウルフィード同様に苦労しなければならないのだが、今は他の事に気をまわしている。


「そう言えばこの前からわらわの所に麦を買いにきとるが何か面白い事でもあったのかの? 」

「ええ、実は——」


 ゆっくりとヴォルトにエルムンガルドが向く。

 整った顔は崩れないが最近のヴォルトに興味がある、といった雰囲気を出していた。

 それを感じ取ってかヴォルトはエルムンガルドの問いに答える。


 最近あった出来事を饒舌じょうぜつに話す姿を珍しい物を見るような目で見ながらエルムンガルドは聞く。

 エルムンガルドのヴォルトに対する印象は落ち着きのある男性だ。

 しかし彼女のヴォルトのイメージが崩れるほどに次々と言葉を口にしている。


 余程仲間に最近のことを話すことが楽しいのか、途中精霊獣ソウの話やその契約者エルゼリアの話になるとエルムンガルドの瞳に好奇こうきの光が宿ったのだがヴォルトは気付かない。

 どんどんと話は進み、いつの間にか先日の所にまで話が追い付いた。


「なるほど。お主は今パン工房をしとるのか」

「ええ。毎日が楽しくてたまりませんよ」


 エルムンガルドは表情のない骸骨顔がほころぶのを幻視する。

 それを嬉しく思いながらも彼女は彼女で近況報告をした。

 といってもエルムンガルドの日常に変化はない。

 変化という変化といえばヴォルトが彼女の元に訪れる回数が激増したくらい。

 よって彼女の近況報告はすぐに終わった。


「しかしここに来る者も減ったのぉ」

「仕方ありません。自由奔放ほんぽうな方が多いので」

「そういっても定期的に来ているのがわらわとヴォルト、あとウルフィードくらいというのはちと寂しすぎやしないかのぉ」

「代替わりもございますし……ワタクシからはなんとも」

「生きているとわかるだけでも良しとするかのぉ」


 異形種の種族王というのは種族をまとめる者達の事である。

 しかしながら彼らはほとんどが気ままに動いている。

 ヴォルトは森に隠れ住むような形で過ごしていたが、エルムンガルドのように農園や麦畑を運営していたりするものも存在する。

 つまりヴォルトの麦の仕入れ先は精霊女王エルムンガルド麦畑、ということになる。


 エルムンガルドの話も終え異形種種族王会議お茶会は進む。

 二人だけだと話のネタは少ない。

 よって必然的にエルゼリアの話となった。


「しかし不死族でも楽しめる食べ物か。作った者に興味があるのぉ」

「竜型の精霊獣を契約精霊ペアにしたお方で、とても楽しい方ですよ」

「そうか。しかし竜型とは珍しいのぉ。プライドが高くヒトと契約するような精霊獣じゃないんじゃが」

「それも人徳じんとくかと」

「もしくは餌付えづけされたか」


 エルムンガルドが言うと二人は笑う。

 彼女の言葉で何か思い出したのかヴォルトが「そういえば」と続けた。


「なにやらみょうなスープを作っておりましたぞ? 」

「妙な、とは? 」

「ソウ殿がいうには飲むと力がみなぎるようで……。私にはわかりかねますが」


 ヴォルトが言うと「ふむ」と顎に手をやり考える。


 ソウが飲んでいるエレメンタル・スープは未知のものである。

 エルゼリアは、——苦労しながらではあるが――普通に作っているがこの世に生まれた新しいもの。

 味もさることながら精霊の力を増幅させるというとんでも効果を持っているこの料理は、無論エルムンガルドが飲んだことあるはずない。


 悠久ゆうきゅうの時を生きる精霊女王も知らない料理。

 彼女は不死族の様に飲食をすると体からこぼれ落ちるということもなく普通に食事をとる事ができる。

 よってヴォルトよりも一層エレメンタル・スープの事が気になった。

 しかし精霊族の頂点である彼女は通常種のように動き回る事は出来ない。


 ――飲んでみたい。しかしあまり動くのはよろしくない。


 彼女が移動した結果自然環境にどのような影響が起こるか彼女自身もわからない。

 彼女は精霊族の頂点。

 そして自然災害そのものといっても過言ではないのだから。


「力が漲るおかげかソウ殿の力も凄まじく、あの荒廃こうはいした土地を回復させておりましたぞ。流石最上位に位置する精霊獣、といった所でしょうか」


 ヴォルトの言葉を聞きエルムンガルドは不思議に思い考える。


 彼女はヴォルトがいる場所は知っている。

 しかしながら訪れたことは無い。

 どのような状況かは聞いているが「土地を回復させるほど」とは、と思う。

 

 自然を操る彼女は不思議に思う。

 幾ら鉱山があるからといっても祝福を受けた土地で作物が育たないということはない。

 祝福を受けた後に汚染されたり呪いを受けたりする場合は別だが、ヴォルトの話を聞く限りだとそうではないと考えている。

 ならば何故作物が育たないのか。


 そこで彼女は思い出す。


「あ」

「どうなさいました? 」

「……いや何でもない。今回はこのあたりにしておこう」


 エルムンガルドが立ち上がる。

 ヴォルトは「時間が来たのか」と思い席を立ち一礼し、彼はそのまま来た道を帰った。


「興味深いのぉ。ちと遊びにでも――」


 言いながら元夫が犯した失態に気付き溜息をつきながら彼女はその場から消えていった。

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