お姉さんからのアドバイス
ネット専売ブランド『
一部の女子から絶大な支持を受けているそうで、客層を選ぶ分野でありながら売り上げは好調らしい。
その会社を取り仕切っているのが、目の前にいる黒さんだという。
以上、スマホで軽く調べた結果である。
「ちなみに
「うわっ、すげぇ!?」
黒さんに見せて貰った画像には、普段よりも明らかに気合いの入った地雷系を身に纏ってポーズを決めている鴉庭さんが写っていた。
なるほど……こういう仕事をしていたから撮られ慣れてたり、泣く演技が上手だったりしたようだ。
「あの子が学校に着て行ってる地雷系も、我が社のデザイナーが作った試作品でね。学校で着て行くついでに宣伝して貰ってるのさ!」
「商魂たくましい……」
「言っとくけど強要したことはないよ? 漆ちゃんが
「そこは疑ってないんで大丈夫ですよ」
闇姫と呼ばれる所以になった地雷系をずっと着続けているのだから、イヤイヤではなく好きで着ていることくらい分かっている。
俺の返答に気分を良くしたのか、黒さんはニコリと気の良い笑みを浮かべた。
「改めて妹を助けてくれてありがとね。キミのおかげで、最近の漆ちゃんはとっても楽しそうだよ」
「そんな。俺の方こそ鴉庭さんには感謝してもしきれないです!」
恐縮だとばかりに返すと黒さんはケラケラと笑う。
「あっはは真面目だねぇ。そう言って貰えるとウチも嬉しいよ。これからも仲良くしてあげてね?」
「は、はい。もちろん」
背筋を正しながら首肯する。
しかし黒さんはジッと俺の顔を見つめるだけで何も言わない。
な、なんだろうか……?」
「黒さん?」
「あぁゴメンね。漆ちゃんってあまり人に興味持たないからさ、ヒーロー君のどういうとこが気に入ったんだろうって考え込んじゃってた」
「それ、実を言うと俺も気になってるんですよね。どうしてなのか黒さんは分かりますか?」
「んん~……分かると言えば分かるけど、そこはキミ自身が知るべきことだと思うよ」
「そうですか……」
どう見てもはぐらかされてしまった。
これ以上は追及しても教えてくれなさそうなので、大人しく引き下がるしかない。
「今度はこっちが聞いてもいい?」
「は、はい。良いですよ」
「キミは漆ちゃんをどう思ってるのかな?」
「えっと……」
直球な質問にどう答えたものか逡巡する。
恋愛的な意味ならまだ分からないとしか言えないが、そうでない意図で尋ねられたとしたら単なる自爆だ。
答えあぐねる俺の様子を前に、黒さんは苦笑しながら手の平を合わせる。
「聴き方が悪かったね。単純にヒーロー君から見た漆ちゃんの印象を教えてくれたら良いよ」
「印象……」
方向性を告げられ、改めて逡巡する。
俺から見た鴉庭さんの印象……。
「周りに流されない強さがあってどんな時でも冷静沈着な人、ですかね。あぁいう風になれたらいいなとは思います」
「ふんふん」
「ただ時々……何を考えてるのか分からなくて、凄まじいくらいに距離を詰められるのはちょっとビックリします」
「あんまり表情変わらないからねぇ」
率直な印象を口にしてみたが、黒さんから特に否定されなかったのは概ねは間違っていないらしい。
「漆ちゃんは小さい頃から周りが目を離せないくらい綺麗だったからねぇ。男子からちょっかい掛けられるわ、女子からは嫉妬されるわで苦労してきたんだぁ」
「……目に浮かびます」
高校生の今でも周囲から特別視されているので、当時の光景が容易に想像出来る。
小さい頃の鴉庭さんの写真とかも見てみたい気はするけれど、きっと当人はいい顔しないだろう。
そんなことを考えながら話の続きに耳を傾ける。
「あ、素顔みたことある? マスク取るの恥ずかしがるからウチでも仕事以外じゃ滅多に見れないんだけど、めぇぇっっちゃ可愛いんだよ?」
「何度かあります。普段から隠されてる分、外した時のギャップが凄いんですよね」
「でしょ~? 分かってるねぇ。けどまぁ表情がほとんど変わらないモノだから、お人形さんなんてあだ名まで付けられたりしてたっけどねぇ。ぶっちゃけ負け惜しみにしか聞こえないんだけどさ」
しかもね、と黒さんは続ける。
「あの子って興味が無いことにはとことん無関心だからさ。元の気質もあるけど目に見えて仲の良い友達とか居なかったんだよ。ヒーロー君は強い子だって言ったけど、正確にはあぁなるしかなかったのさ」
そう語る黒さんの目はどこか懐かしむような慈しみを帯びていた。
妹の成長を間近で見続けた姉の彼女だからこそ、当時の状況に思うところがあったんだろうか。
「そんな時に痴漢から助けてくれたキミと仲良くなったもんだから、お姉ちゃんとしてはビックリしたもんよぉ」
「それはなんというか、すみませんでした」
「あっはは。なんで謝るのさ。こっちは感謝してるんだから、美少女と仲良しになったぜイェイ! くらいの返事で良いんだよ」
「そんな楽観的になれそうにないです……」
冗談めかして笑う黒さんにいまいち賛同出来なかった。
もっと俺の容姿が優れるなりしていたら、そんなことも言えたんだろうけど無理なモノは無理だ。
しかしそうなると気になることがある。
「その、鴉庭さんってどうして地雷系を着るようになったんですか?」
「おんや? もしかして深い事情でもあるって思った? 安心して。あれはいつも男に声掛けられて辟易してたから、地雷系を着れば男避けになるんじゃないって薦めたらハマっただけだから」
「あ、そうだったんすね……」
思っていたよりも単純な理由だった。
でも地雷系を着てない鴉庭さんって想像しても違和感しかないので、俺も相当に見慣れてきてるんだなと実感する他ない。
そうして話し込んでいると、ブブッとポケットに入れていたスマホが揺れた。
取り出してみれば鴉庭さんからメッセージが来ており、もうすぐ夕食が完成するとのことだった。
早速それを黒さんに伝えるべく顔を向ける。
「黒さん。夕食が出来るみたいです」
「お~! お腹ぺっこぺこだったんだぁ。待ちくたびれたよ」
俺もだいぶ空腹を感じていたので丁度良かった。
スタジオを出てリビングに向かおうとする直前、クイッと制服の袖が引かれる。
振り返ったと同時に、目の前に何かが飛び込んで来て思わず驚嘆の声を漏らしてしまう。
「うわっ!? え、なんですかこれ?」
「ん~ウチの名刺。せっかくだからヒーロー君にあげるよ」
「い、いいんですか?」
まさかの贈り物に困惑を隠せない俺に、黒さんはカラッとした笑みを浮かべる。
「実はメンズ向けのパンクファッションの企画があってさ。もし良かったらヒーロー君にモデルをお願いしたいなぁと思ってね。興味があったらその番号に連絡したまえ」
「お、俺がモデル!? む、無理ですって!」
思わぬ誘いに対し反射的に断りを口にする。
いや絶対に無理だって。
緊張してぎこちない表情しか出来ないのが明らかだ。
ブンブンと首を振って拒否するが黒さんは、前屈みになって下から覗き込むように睨んだまま人差し指で俺の顎を突いてきた。
うわ、身長差と姿勢のせいで仄かな膨らみがチラッと見える……!
咄嗟に視線を逸らしたが、黒さんは特に気にした素振りを見せずに口を開く。
「なぁんでやる前から無理って決めつけんのさぁ。ウチ、社長だよ? 本当に見込み無い子を誘うほど、自分の人を見る目が節穴のつもり無いんだけど?」
「け、けど俺にモデルなんて務まりませんって!」
「う~ん話して分かってたけど、見た目に反して自信が無いんだねぇ」
「っ」
悩ましげな面持ちで告げられた言葉に、堪らず胸が締め付けられた。
自信が無い……それは何も間違っていない。
だって高校デビューする前の俺は、周りに流されるだけのオモチャだったから。
ましてや過去の秘密を脅しにされて屈したように、変わった気でいて何も変わってないのだから尚更だ。
そんな有り様でどうやって自分に自信を持てば良いのかまるで分からない。
鬱屈した思いから顔を伏せていたら『じゃあさ』と前置きして黒さんは続ける。
「考え方を変えてみなよ」
「考え方?」
「そ。ちゃんと出来る自信が無いからモデルをやらないんじゃなくて、自信を持てるようにモデルをやるんだってね」
「それは……」
とんだ詭弁じゃないか。
そう思ったものの、口に出なかったのは心の片隅で納得してしまった自分がいたからだ。
思考の隙を衝くように黒さんは腰に手を当てながら言う。
「さっき漆ちゃんの印象を話してた時、すっごい憧れてますって顔してたよ? あの子みたいになれたら良いなって思ってるんでしょ?」
「うっ……」
「だったらまずは後ろ向きな理由じゃなくて、前向きな理由で物事を考えなくちゃ。そうじゃないとせっかくのチャンスを逃しちゃう」
「で、でも失敗したら……」
「心配しなくても、人生って取り返しの付く小さな失敗の連続なんだよ。その中のたった一回目で挫けてたら先が思いやられるぞぉ~?」
おどけるような声音で俺の額を突いて来る。
言い返せずに立ち尽くしている間にも黒さんは明るい笑みで言った。
「本当にダメな失敗が分かってるなら大丈夫だよ。大事なのは失敗しないことじゃなくて、失敗を繰り返さないこと。それさえ出来ればあとは成功しか残ってないでしょ? 自信っていうのはそうやって積み重ねた結果なんだから、後でいくらでも付け足せる。少なくともウチはそれで稼いで来たんだよん」
「黒さん……」
屈託の無い笑みで告げられた言葉に胸が打たれる。
正直、ここまで言われてもモデルを受けるかどうか決めかねている。
言葉一つで変われるなら誰も苦労しないだろう。
──でも、切っ掛けにはなる。
ちょっとだけ前向きに捉えてみて良いかもしれない。
そう思えることだけは出来た。
「……考えて、おきます」
「んむ! よろしい。急かすつもりはないけど、諸々の都合があるから出来れば早めに返事くれると嬉しいなぁ」
「はい、頑張ります」
「あっはは。いい顔になったねぇ」
そうして保留こそしたが、重い空気にならずに話を終えた。
黒さんは鴉庭さんの姉だけあって人の背中を押すのが上手い。
大人になるならこんな風になりたいと思える人に会えたことは、この家に来て一番良かったことだろう。
そんな感想を浮かべながら、鴉庭さんの待つリビングまで足を運ぶのだった。
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次回も明日更新!
頑張るぜぃイェイ。
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