第18話 閉会

「梟俊。他に議題は?」

「いいえ。ありません」


 本日の四方会議は、これで終了といたします。


 梟俊がそう締めくくると、白琳はそのまま真っ直ぐに扉まで歩いていく。翡翠もその後を追い、腰をあげた梟俊も彼女たちに続いた。


「反対意見を押し切って会議を強制終了させるたぁ、これはちと横暴なんじゃねえのか!」

「明日の宮廷会議でも九卿がこぞって異を唱えるでしょう。その場合どうするおつもりですか!」


 背後から怒声が飛んでくる。

 白琳は立ち止まり、彼らを振り返った。


「元より九卿の方々全員が和平に賛同してくれるとは思っていないわ。けれど、彼らにもこの戦には国益が何一つ無いことを説諭し、ひたすら人民と物資を費やし続けた先にあるこの国の惨状を想像してもらえれば、少しは考えも変わるとわたしは信じています」


 それに、と白琳は冷えた双眸を僅かに細めて言う。


「もう一度聞きますが、あなたたちは己の矜持を守るためなら民を犠牲にしても良いと、そう思っているのね?」


 その威厳は、かつては大人しくか弱い公主だった白琳からは感じられないほどで。

 蒼鷹と鶖保は、初めて彼女に対し畏怖を覚えた。


「もしそうであれば、人道にもとり、民を単なる戦の道具としか考えていない悪徳官吏だとわたしは認識しますが」

「くっ……!」


 鶖保はぎりっと奥歯を噛み締める。


「随分とまあ偉くなったもんだな。あの内気な公主様がまさかここまで変わるとは思いもしなかったぜ」


 肩を竦めて引きつった笑みを浮かべる蒼鷹に、白琳は警戒を崩さぬまま厳格な面持ちで彼を静かに見据えた。


「どれだけ執拗に異議を申し立てたとしても、陛下のお気持ちは変わりません。その分貴殿らに対する心象が悪化する一方ですぞ。己の名誉を失わないためにも、もうこのあたりで控えた方がよろしいかと」

「老いぼれが! いとも簡単にほだされやがって!」

「それでは、明日の朝また」


 蒼鷹の暴言を意に介さず、梟俊は白琳に目配せする。

 白琳は頷くと、扉を開けてくれた翡翠に礼を言って梟俊と共に会議の間を後にした。


「陛下!」


 鶖保が呼び止めようとするも、今度こそ振り返ることなく颯爽と立ち去っていく。

 

 ばたんと扉が閉まった音が残響した空間には、放心状態になった御史大夫と舌打ちして屈強な拳で円卓を叩く太尉だけが取り残されていた。

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