第7話 魔女 表


 筆が止まらない私である。


 宿に戻った私は筆を執って三日三晩、物語世界に没頭した。


 魔法学校では得難い経験ができた。

 魔法技術を間近で感じられてたおかげで、だでさえ有り余っていた創作意欲も鰻登りである。


 ここで一つ、私が新たに書き上げた物語の簡単なあらすじを紹介しよう。


 今度の舞台は魔法技術の発達した魔法都市だ。

 すべてが自動化された世界。魔法使いたちは労働の必要がなくなり、ひたすらに快楽を享受するようになる。


 世代を経るにつれて最低限の魔法を操る者さえ減り、ついにはその都市から魔法使いは一人もいなくなった。


 なにせすべて自動化されている。

 自分で魔法を使う必要がないのだ。


 だが、そんな都合のいい世界はいつまでも続かない。

 ある時、魔法都市の根幹を担う魔法陣がほつれた。

 その瞬間、都市の全機能が停止した。


 都市は大混乱に陥った。

 民衆は口々に早く直せと叫ぶ。

 しかし、復旧は進まない。

 知識のあるものが誰もいないからだ。


 絶望の底に叩きつけられていた人々は、ひとつの望みに賭けた。


 魔法都市の郊外に廃棄場があった。誰も寄り付かない不浄の地だ。

 そこに一人の少年が住んでいた。

 彼は誰もが魔法から興味を失った中、唯一魔法の研究をしていた。


 彼はひたすらに魔法を学ぶことの重要性を訴えていた。

 だが、享楽に溺れた都市の住民はそれを煩わしく思い、彼を声の届かない廃棄場に追いやったのだ。


 都市の中枢に呼び出した彼に、住民は魔法陣の復旧を命じる。


 心優しい彼は懸命に試みるも、そのあまりの難解さに骨を折る。

 幾度となく諦めそうになる。

 しかし、復旧できなければ命はないとまで言われた。


 投げかけられる心無い言葉と蔑視。

 責任感と憎しみの板挟みにされながら、彼は孤独な戦いに身を投じる――。


 ――稀に見る傑作であった。

 人の持つ愚かさと弱さ、そしてその奥にあるほんの小さな気高さ。

 それらが織り成す人類の繁栄と衰退の物語である。


 どこに出しても恥ずかしくない出来栄えだ。

 自信をもって我が処女作を超えることができたと断言できる。


 思い出すのは故郷を出奔した日の出来事。

 己の無力、そして本当の物語を知らぬこの世界の甘さを知り、必ずや劇的な成長を遂げることを誓った。


 今がその時であろう。

 私は数々の経験の果てに、一片の後悔もない素晴らしき物語世界を紡ぐに至ったのだ。


 今なら自信をもってあの商人に読ませることができる。

 私の成長を見せつけてやりたかった。


 だが、彼の所在は不明である。

 故郷にはいまだ行商として訪れているやも知れない。だが、私に帰るつもりはさらさらない。

 であればまずはこの王都の住人に私の物語世界を堪能させてやろう。


 あの目敏い商人のことだ。

 いずれその存在に気が付いて感涙に咽び泣くことだろう。


 私はその様子を想像してほくそ笑みながら久方ぶりの食事を摂った。


 さて、どのようにして王都に広めるか。

 少しばかり悩んだが、食堂で食事をしていると近くの卓から興味深い話が聞こえた。


 食堂はかつての地獄を思い出してあまり好いてはいなかったが、たまには苦境に身を置くのも悪くはない。

 天啓を得た私は街へと繰り出した。


 向かった先は歓楽街の中央である。

 憎き受付嬢のいる冒険者ギルド本部前の広場だ。


 そこは相も変わらず露店で賑わっていた。

 大半が冒険者向けの商品で埋め尽くされている。携帯食料や装備品が主だ。中には魔道具店まであった。


 ロマンタのバザールのように出店することも考えた。

 当時は一向に売れなかったが、あれは私の力不足が大きな敗因であった。

 事ここに至り、頂へとさらに歩みを進めた今の私であれば即完売は間違いなし。翌日には王都中に広まるであろう。


 だが、この広場にはそれよりも手っ取り早い方法が転がっている。


 広場の一角に露店のないスペースがあった。

 人だかりができている。私はその有象無象を掻き分けて先頭へと躍り出た。


 そこでは、派手な衣装を身に纏った美丈夫が、弦楽器を奏でながらうたを歌っていた。


 吟遊詩人である。

 それがこの広場だけでも何人もいた。


 各地を練り歩きながら詩を吟ずる奴らの人気は御覧の通りである。

 専用の空間を設けられ、それに気をよくして意気揚々と歌っている。おひねりの数もなかなかのものだ。ご満悦に自己陶酔しているその表情が気に喰わない。


 だが、私はその文句を飲み込んだ。

 この奴らの中から一人に、私の物語を吟じる名誉を授けるつもりなのだから。


 特に選別の必要はない。

 吟遊詩人なら誰でもよかった。


 なにせこの王都では吟遊詩人もまた空前のブームであるのだ。

 もとより一定の需要を博していたが、どうにも昨今の小説文化に便乗しているらしい。


 御覧の通り、吟遊詩人というだけで客が寄ってくる始末。

 これほど物語を広めるに適した伝道師もそう居まい。


 私は目蓋を閉じて詩に集中する。

 美丈夫の顔に腹が立つのだ。


 効率を求めて吟遊詩人を選んだが、ここに来た理由はもう一つある。

 吟遊詩人の詩というものを聴いてみたかったのだ。


 吟遊詩人の歴史は長い。

 国や地域によって様々な流派があるらしい。その洗練された技術は称賛に値する。

 弦楽器の音色と組み合わせて語られる韻文は私の感情を掻き立てた。


 しかし、私はあることに気が付いた。


 私はどこかでこの詩を聴いたことがある。

 だが、私が吟遊詩人を見たのはこれが初めてだ。故郷の村は辺境にある。吟遊詩人が巡行に来ることもなかった。

 どうにも奇妙だった。


 はて、何かの小説だろうか。


 私は懸命に思い出していた。だが、無情にも詩は進んでいく。

 そして決定的な言葉が聴こえてきた。


 ――竜騎士。

 

 その瞬間、私はすべてを思い出した。

 この吟遊詩人、私の処女作である『竜騎士の冒険譚』を歌っている。


 それを自覚した瞬間、私はむず痒さに耐えられなくなって人だかりから飛び出した。


 今もなお怖気が走る。むき出しの二の腕を擦った。鳥肌が立っている。

 背中から心臓を一突きにされた心地だった。


 だが、広い王都だ。そういうこともあるだろう。

 こんなことでいちいち挫けていられない。目くじらを立てるほうが愚かというもの。


 苦渋を飲みながら寛容な心でそう納得する。そして次なる吟遊詩人の元へと向かった。

 そこでも『竜騎士の冒険譚』は歌われていた。


 その次も、その次も。

 どいつもこいつも同じものばかり歌っていた。


 気が狂いそうだった。

 こいつらに創作者としての誇りはないのか。ふざけるな。私は声を大にして叫びたかった。叫んだ。観衆に白い目で見られた。


 そもそもの話。

 この広場に集う吟遊詩人の皆が皆、同じ題目を歌ってなお集まる観衆にも問題はある。


 『竜騎士の冒険譚』は我が処女作である。

 確かに他の凡作に比べればマシではあるだろう。

 だが、それでもマシ程度だ。


 より素晴らしい作品は山ほどある。由緒正しい王国文学や新進気鋭の小説群。有象無象の中にも輝く物語は確かに存在する。


 にも拘らず、彼らは『竜騎士の冒険譚』にこんなにも縋っている。

 いまだにこの世界は本当に素晴らしい物語を知らないのだ。


 あまりに愚昧。言葉を失くす。私は哀れみすら抱いた。

 早急に救ってやらねばならん。

 それこそが今の私に出来る、この衆愚への最大の手向けだろう。


 随分と疲弊してしまった。精神的にも体力的にも。

 私はベンチで一息ついて、他の吟遊詩人を探した。


 当初はただ伝道師たり得ばよかった。

 だが、恥もプライドもない連中に我が傑作を託すことはできない。

 こぞって『竜騎士の冒険譚』を歌う連中は願い下げだ。


 しばらく広場を練り歩いたが一向に見つからない。

 新たに歌い始めた連中も『竜騎士の冒険譚』のどこかしらの一編を歌っている。

 馬鹿の一つ覚えである。その節操のなさに私は呆れた。


 この王都の吟遊詩人は『竜騎士の冒険譚』に侵されつくしてしまったのか。

 途方に暮れて諦めかけたその時、広場の隅に佇む一人の男を見つけた。


 しばらく観察してみたが、観衆は皆無。

 聴くものは誰一人としていない。

 しかし、奴は歌い切って見せた。

 実に哀愁が漂っていた。健気に礼をする姿が虚しい。


 そしてそそくさと後片付けをすると、広場を去っていった。


 人気はないようだが、私はそこに吟遊詩人としての誇りを見た。

 軽々な流行に負けず、己の信念を貫き通す。

 我が傑作を託すならこれくらいでないといけない。


 私は足早に去るその背中を追いかけた。


 その男は歓楽街を抜けて路地裏へと入っていった。

 日中とはいえ、人通りの少ない裏道だ。貧民街も近くにある。あまり治安はよくないだろう。

 そんな中を私は臆せず突き進んだ。


 しばらく歩くと、男が空き地で腰かけていた。

 随分とくたびれた雰囲気だ。覇気がない。お世辞にも美丈夫とは言えなかった。これでは人気が出ようはずもない。


 だが、この男の成功は約束されている。

 なにせこの私に選ばれたのだから。


 話しかけてまずは身の上を聞いた。

 詩人としての歴を尋ねると、まだ半月にも満たないと言う。


 新進気鋭の詩人であった。その割には随分とくたびれているが。

 重ねて訊くと、男は情けなくもさめざめと泣きだした。


 どうにもこの男は妻子持ちらしい。

 つい先日まで普通に働いていたが、勤め先が急に店仕舞いをして働き口を失ったと。


 だが、男には大黒柱たる責任があった。

 家族のためにも懸命に新たな働き口を探したが、頭も悪い、腕っ節もない。そんな中年を雇ってくれるところは皆無であった。


 仕方なく日雇いや冒険者の手伝いで食いつないでいるが、今のままでは到底持たない。

 かくなる上は、一念発起して吟遊詩人としてのし上がろうと考えた。歌が特技だったのだ。


 しかし、吟遊詩人は水ものにすぎない。成功するなど夢のまた夢である。

 今日まで芽は出ず、無意味に弦楽器の演奏技術だけが向上していった。


 挙句の果てには家族にも仕事を失ったことを告げていないとのたまう。


 今は次の仕事までの空き時間で、万に一つでも家族にバレないようにこの路地裏で時間を潰しているらしい。


 何と情けない。

 無様な無精髭が悲涙で濡れる様子のなんと見苦しい事か。


 だが、これくらいどん底の方が馬車馬のように歌を広めるだろう。

 試しに歌も聴いたが、他の吟遊詩人と比べても遜色はなかった。陶酔した笑みを浮かべてないだけこちらの方がマシまである。


 早速、私は我が物語を託すことにした。

 困惑する男から弦楽器をひったくって、少しだけ弦をかき鳴らす。子気味の良いメロディーが響く。


 楽器など生まれて初めて触る。だが、簡単な音色を奏でることができればそれでいい。

 詩が素晴らしければあとはどうとでもなるだろう。


 そうして私は歌い出した。

 気分は一世を風靡した吟遊詩人である。

 無学なこの男でもわかるように、韻文調にしたためつつも明快に歌い上げた。


 大袈裟な身振り手振りも交える。

 民衆の愚かさ、青年の嘆き、揺れ動く心。

 私が持ちうるすべてを使って表現した。


 すると、物陰からこちらを窺う子供の姿を見つけた。

 薄汚い白いロープを身に纏っている。おそらく、この辺りに住んでいる貧民の子どもだろう。興味本位で覗いていたのだ。

 以前にスラムでも似たような経験があったため、すぐに見当が付いた。


 時に、子どもの感性というのは鋭く、そして正直である。


 我が物語が素晴らしいのは前提である。

 だが、子供に対してはどうであるか。

 詩として広めるのであれば若年層にまでウケなければならない。


 子どもの情報網というのもバカにはできない。子ども同士で広まるばかりか、その親世代にも話は行くだろう。じわじわとその版図が広がる様子が目に浮かぶ。

 ここはひとつ、この子供を試金石として素直な反応が見たい。


 私は子どもにも意識を向けて歌を続けた。


 その時間は存外に楽しかった。

 今まで歌というものには縁がなかったが、随分と晴れやかな気持ちになる。演奏付きというのもあるだろう。感情が高ぶった。


 男にも、潜んでいる子供にも、私の気持ちは十全に伝わったのだと確信できた。

 気が付けばあっという間に全編を歌い切っていた。


 男が感嘆の声を上げている。拍手喝采だ。しきりに称賛の言葉を上げている。

 だが、あいにく中年の意見には興味がない。

 私はそれを手で制して、物陰に潜む子供へと歩み寄った。


 警戒させないように努めて笑顔を浮かべる。

 子供は繊細だ。驚かせないように目と目と合わせる。十分に配慮しなければならない。


 どうだ、面白かったか――。


 私は万感の笑みを期待した。

 それが当然であると確信していた。


 だが、違った。

 子供は私の顔を見つめると、まるで死神に鉢合わせをしたような壮絶な表情を浮かべた。

 そして声にならない悲鳴を上げると、凄まじい逃げ足で路地裏に消えていった。


 疾風迅雷である。いつかの己を想起する。

 そのあんまりな反応に私は呆然とした。


 そこまで酷い演目だったのか。

 人見知りというにはあの表情は壮絶すぎた。絶対に何かしら、私に瑕疵があったとしか思えない。


 男は下手な慰めの言葉を言っていた。

 肩に乗せられた手を払う。

 この愚鈍な中年では感じ取れなかった機微を、あの子供は察したのだろう。


 物語は申し分ないはずだ。

 やはり、私そのものが良くなかったのであろう。

 我が物語を穢すのはいつも己自身だ。


 スラムを出奔した時から変わらない己の愚かさに、私は密かに落ち込んだ。

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