異世界作家創世録

望丸。

第1話 物語 表


 この世はクソであるとは私の言葉である


 私は片田舎の百姓の家に産まれた。先祖代々続く由緒正しき百姓である。しかし、その実態と言えば朝から晩まで畑をいじって一日を終え、夜は安酒を呷って赤ら顔。それを生まれてから死ぬまで繰り返す。なにが楽しいかまるで分らない。つまらないことこの上ない人生である。


 齢十と少し。生家に見切りをつけた私は畑以外の生きがいを探した。芸事、勉学、喧嘩。なんでもよかった。だが、この村にはそんなものすらない。我が村は端から端まですべてが百姓ときた。みな朗らかな笑みを浮かべて一日中畑でしゃがみこんでいる。それ以外の人種は見たことがなかった。


 この村は仕事をするためだけに生まれてきたような人間ばかりである。皆同じ顔をしていた。まるで働きアリのようであった。不気味である。


 そんな現実が嫌でよく空想に耽っていた。頭の中でならなんだってできるのだ。村を飛び出して大冒険に出るもよし、迫りくる魔王の恐怖から人類を救うもよし。空想は誰にも止められないオアシスであった。ただ、そのためによく仕事をほっぽって木陰で休んでいたものだから、家族からは穀潰しと煙たがられていた。


 空想を手元に残しておきたくなった。ただ、詩人のように語り聴かせるだけでなく、いつでもどこでも見える形にしたかった。その手段として私は物語を紙にしたためることを選んだのだ。


 私は片田舎の百姓の生まれであるから、当然、読み書きはからきしである。都には学校なる教育機関があるそうだか、こんな辺鄙な村に教育なんて言葉はない。我が村に生まれ出でたものは物心ついたころには働き始める。とても勤勉な事である。クソくらえと叫びたかった。叫んだ。やかましいと兄弟に殴られた。


 ゆえに我が道を突き進む決意をした。まずは独学で文字を覚えた。教材は村にやってきた商人から買った幼児向けの絵本である。駄賃は親からくすねた。少々心は痛んだが、これも我が大願を成就させんとするため。父よ、許せ。


 学びは楽しいものであった。絵本の文字が擦り切れるまで読んだ。徐々に文字を覚え、私の世界を表現することができる日が近いと考えると胸の奥が熱くなった。数年の歳月をかけ、私はおぼつかないながら読み書きを会得した。


 栄光への道は一点を除いて順調であった。日々の労働が邪魔だったのだ。故に、私は仕事をサボった。当然である。我が大願に比べれば家業など些末事であった。親兄弟がどんなに罵ろうと私にはなんの痛痒も与えられない。こんなことで心は折れないのである。


 ある時である。とうとう家族に見限られた私は家を追い出された。持ち物といえば着の身着と後生大事に抱えていた本のみ。なんたる薄情者ものか。憤慨した私が生家に戻ることはなかった。


 その日から路上生活は始まった。と言っても、我が村は小さい。みな顔見知りばかりである。翌日には私が勘当されたことは村中に広がり、心配した村人が様子を見に来た。私は午前中に食べられる野草を摘む傍ら、幼き頃から可愛がってくれる爺婆から食料を貰い、なんとか生きながらえた。


 紙とペンを買った。本格的に物語を書くためである。駄賃はかつての生家からくすねた。しかし、ヘマをしてバレてしまったため、兄弟から袋叩きにされた。私は手に入れた紙の束を胸に掻き抱き、断腸の思いで懲罰を受け入れた。


 紙を手に入れた翌日から私の闘いは始まった。己の頭の中に根付く世界をひり出す作業である。これは楽しくも辛かった。


 産みの苦しみというものなのか。思い出すことがある。幼き頃、今は亡き母は言っていた。お前を生むときはたいそう腹を痛めた、と。当然である。私は凡人と比べて頭の出来が違うのだから、頭のサイズも違うであろう。苦労するのは当たり前であった。


 当時は鼻で笑い飛ばしていたが、そのツケが今になって回ってきたのだろう。執筆は難産の連続であった。まず書き方がわからない。頭の中にあるイメージを文字に落とし込むのは至難であった。それもまた当然である。赤子一人産むので地獄の苦しみと言う。なれば、頭の中にある世界をひり出す作業はもはや無間地獄に等しい。


 書いては消してを繰り返し、紙がダメになれば丸めて捨てる。もったいないことこの上ない。だが、私は私の世界に妥協をしたくはなかった。薄汚れた紙に書いて文字が読めないなど言語道断である。そんなことはお天道様が許しても私が許さない。


 紙が無くなれば馴染みの商人に紙を買いに行った。もちろん、その度に駄賃は生家からくすねた。そしてバレては袋叩きにあう。ひと月に一回、商人が来るたびに繰り返していた。まったく、兄弟たちも懲りないものである。私を囲う暇があったらお得意の畑いじりに精を出していればいいものを。しだいに親兄弟も呆れ果てたのか、駄賃をくすねても何も言わなくなった。


 それからしばらく、辺鄙な農村の一角では毎夜カリカリとペンが走る音がするようになった。物語の産声が奏でるメロディである。


 眠れぬ夜が続いた。村の隅で細々と息をして、食事と睡眠以外のすべての時間を執筆に費やした。懊悩の連続であった。己の不甲斐なさに涙を流したこともあった。だが、それでも筆は止めなかった。


 そしてついに完成した。処女作である。文句なしの傑作である。私は完結の文字を刻み込んだ時、興奮のあまり狂喜乱舞した。朝陽が顔を出したばかりの刻限。明朝のことである。当然、見かねた兄弟に怒鳴られたが、有頂天に達した私を止められるものは誰もいなかった。


 私は出来上がった興奮のまま、顔見知りの商人に我が物語を託した。彼には長年世話になった。彼がいなければこの大傑作も生まれなかったであろう。故に、真っ先に我が世界を甘受する名誉を与えたのだ。彼は完結への賛辞を残すと、物語片手に帰路についた。


 翌日のことである。彼は興奮した様子で私のもとに詰めかけた。


 曰く、面白かった、と。


 当然である。そう言って、さも当たり前のような顔で頷いたが、内心は歓喜で渦巻いていた。私は私のために物語を紡いだが、それでも他者に認められるのは気持ちがいいものである。

 私は思わず口角が吊り上がるのを抑えられなかった。


 興奮のまま身振り手振りを繰り返しながら彼は言った。


 この物語を都に持ち帰ってより多くの人々に読ませたい、と。


 逡巡の果て、私はそれを許した。

 物語を紡いだ当初の目的は手元に見える形で私の世界を作り上げることであったが、せっかく生み出した物語である。我が傑作もより多くのものに認められるほうが物語冥利に尽きるというものだろう。


 可愛い子には旅をさせよという言葉もある。物語は私にとって頭を痛めて産んだ我が子も同然であった。


 私は商人に物語を持ち帰ることを条件に流布を許可した。見るものが見れば感涙を流すこと間違いなしの大傑作である。

 私はこのつまらない世界に大革命を起こしたのだと確信した。


 そのまま日々は過ぎ去った。しばらくは傑作の行方が気になって眠れぬ日が続いたが、それもひと月と持たなかった。果報は寝て待てとも言う。私は今一度精進に耽ることにして、手慰みに筆を執った。


 あの商人が村に来た。

 来訪して早々、なにやら興奮した様子で私を呼び出した。


 彼は言う。

 私の物語がさるお方に見初められ、そして大絶賛を受けたという。そして今、都は私の物語を中心として空前の物語ブームである。ひいては、私を都に招待したい、と。


 これもまた当然の結果である。私は鼻高々でしたり顔をしていた。その手には製本された我が傑作を持っている。表紙にはドラゴンに跨る騎士の姿が美麗な絵で描かれていた。竜騎士というやつである。我が物語に絵がついた。その事実に私は有頂天であった。


 商人から本を受け取る。かなり上等な作りである。そこらの木っ端とは違う、間違いなく高級品だとわかった。


 うっとりと眺めた私は、久方ぶりに我が物語に耽った。どれどれ、と。あの時の私はどのような物語を書いていたのだっけか、と。


 読み始めた瞬間、違和感が走る。しかし止まることなく読み進める。気持ちが悪い、むかむかとした感覚が腹の底で蟠る。


 そうして読み終わった時、私は全身に身の毛もよだつような感覚を覚えた。


 それは、凄まじいまでの羞恥心である。


 なんだこれは、と。私は商人に詰めかかった。


 彼は答えた。お前の本だが、と。


 そうだ。彼は何も間違っていない。物語はなんの手も加えられず、私の紡いだ通りだった。所々に挿絵が加わり、臨場感に溢れた仕上がりだ。文句はない。


 だが、その肝心の物語が問題である。


 あまりに稚拙であった。あまりに見ていられない文章であった。どこを見ても粗しか目につかない。現実感がない。構成が甘い。誤字が目立つ。数えあげればキリがなかった。


 何たることか。こんな程度のものが世間に受け入れられたというのか。

 私は絶望で頭が真っ白になった。


 私は己の物語のあまりの偉大さに、大絶賛されるのは当然であると考えていた。


 否。

 否である。


 この程度のものが大傑作なわけがない。私はもっと凄まじいものを書ける。その確信がある。自負がある。


 だが、世間はこれを受け入れた。

 なぜか。


 それは世界が娯楽を知らないからだ。

 面白いということを知らないのだ。


 ゆえに、面白いということに免疫のない世界はこの程度のもので満足する。

 私は私の実力で認められたのではない。

 世界の甘さゆえに許されただけなのだ。


 耐えられなくなって、私は駆け出した。

 商人の静止など聞こえなかった。


 こんな程度のものでいきがるなど烏滸がましすぎる。己が恥ずかしかった。そして何より屈辱であった。


 私はもっと素晴らしいものを書ける。

 否、書かなければならない。


 私にあるのは空想のみである。母はなくした。家族も捨てた。手元に残るのは愛用のペンと着の身着、そして我が愛すべき物語《愚息》である。


 私から想像の世界をとったら何も残らないであろう。


 私は書き続けなければならない。この程度で満足してはいけない。できるわけがない。


 決心を固めた。

 旅に出よう。私は終生の作家である。それはもはや変えようもない。


 そんな偉大な存在が住むにはこの村は狭すぎる。住処に戻ると、私はすぐさま支度をして、村の出口に向かった。思い出すのは艱難辛苦ばかりであったが、私も人の子である。相応に感傷には浸る。特に食を支えてくれた爺と婆には感謝しかない。私は彼らの家がある方向へ一礼した後、粛々と村を出た。


 向かう先は都である。私はそこで経験を詰む。


 物語《愚息》を読んだ時、真っ先に思ったことがリアリティの欠如であった。そして展開のボキャブラリーの狭さ。片田舎の妄想豊かな愚か者が書いたとひと目でわかる稚拙さであった。


 ゆえに、私は都にて様々な経験をつもう。このような辺鄙な村ではできない経験をたらふく平らげ嚥下する。そうしてそれらを我が物語の糧としよう。


 そうして私は旅に出た。

 若い女の一人旅である。相応に危険はあろう。しかし、私はその全てを私は受け入れよう。


 すべては我が物語、我が世界のためである。

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