第30話 最強のアルス・イーテ

 とりあえずいつものようにギルドへと向かうと何やら盛り上がっているようだった。


「あの最強のアルスがこの街に来ているってのか!」

「ああ、前のエリアの闇に飲まれしモンスターの殲滅が済んだってんで今度はこっちに来ているらしい」


 どうやらこの熱狂具合はアルスと言う人物が原因らしい。

 そして、その名には聞き覚えがあった。


「最強……か」


 最強のアルス。俺が知っているその名にはそんな肩書は付いていなかったものの、最強であることに違いは無かった。

 何しろ、アーステイルのサービス開始から常にランキング1位で有り続けた存在なんだからな。


 プレイヤーネームは『アルス・イーテ』……アースウォリアーという片手剣と盾を使用する近接職を使って、数年間もトップナインの1位としての座を守り続けた存在。

 何度か戦ったことはあるが、あまりにも格が違った。ステータスや装備だけで片が付く話じゃなかったなあれは……。


 あれはゲームの全ての仕様を完璧に把握していないと出せない動きだった。いや、仮に把握していたとしてもかなり無理があるかもしれない。1フレーム入力をあれだけ成功させるんだからなぁ。

 まるで精神が直接ゲームに繋がっているみたいだ。いやそんなことはあるはず無いけども。

 そんな化け物じみていたプレイヤースキルを彼は持っていた。だからこそ無敗で有り続けたんだ。


 思えば彼の使うアースウォリアーも良くも悪くも特徴の無い職業だったから、誰にでも扱いやすいってのも中々あれだったな。

 多くのプレイヤーに『可能性』を見せたのは、PVPだけじゃなくアーステイル全てにおいて良い影響を与えていた。


 つまるところ、アーステイルにおける全PVPプレイヤーの憧れの存在であり、PVPに限らずアーステイルをプレイしている者ならばその名は聞いたことがあるくらいだった。

 完全にアーステイルという作品における象徴やアイドルのようなものとなっていたのかもしれない。


 そんな彼が今この街に来ているんだって?

 

「……絶対に会うしかないじゃないかそりゃぁ」


 誰もが羨み崇め奉るような憧れの的だぞ。会いたくない訳がない。

 ということでこちらから出迎えようじゃないか。


 確か闇に飲まれしモンスターを殲滅しているって言ってたな。となるとこの街のギルドに来るのも時間の問題のはず。

 それならここで待っているよりも正門からここに続く道にこちらから行った方が……。


「おお! アルスが来たぞ!!」


 ……ま、まあ向こうから来てくれたのなら何も問題は無いし。

 あれ、けどなんか妙な感覚だな。まるで俺の魔力がもう一つあるような……。


「なあ、アンタが最強のアルスなんだろ!? 是非俺たちのパーティに……!」

「どうやったらそこまで強くなれるんだ!? 何かコツとか教えてくれよ!」


 ああ駄目だ。人が多すぎる。近寄ることすらできない。

 ならこっちが先に受付の方へ行ってやる……!


「……すまない。私はモンスターを狩らなければいけないんだ」


 そう言うとアルスは人の群れを掻き分けながらギルドの受付へとまっすぐに向かった。

 何と言うか想像と違うと言うか、思ったよりもたんぱくなんだな。

 PVPランキング1位を守り続けたってんだからてっきりもっと承認欲求の化け物と言うか、性格が終わっていてもおかしくないと思っていたが……。


「闇に飲まれしモンスターの依頼はあるか?」

「えっと……今はありませんね」

「そうか」


 感情の読み取れない表情と声でアルスはそう返した。

 何というか、レイブンとはまた違う危うさを感じると言うか……何と言えば良いんだ。

 レイブンはシンプルに覚悟がガンギマリしているだけなのかもしれないが、彼の場合はもはやモンスターを狩ることしか考えていない機械と言うか何と言うか……。


「ここら辺りのモンスターはだいたい白姫さんが討伐してまわすからね」

「白姫?」

「ええ、ここスターティア周辺を拠点にしているゴールドランクの冒険者です。あ、ちょうどそこに」


 受付嬢は俺の方を見て手を振った。


「彼が?」


 アルスはそう呟いたと思えば俺へと向かって一直線に歩いてきた。


「君が白姫であっているか?」

「え、ええそうですけど……」


 相変わらず感情が読めない。表情筋が死んでいるのではなかろうか。


「俺はアルス。アルス・イーテだ。闇に飲まれしモンスターを狩り続けている。それで、君はどうして闇に飲まれしモンスターを?」

「ああ……まあ俺もプレイヤーなので」


 どうやら俺がプレイヤーだと言う事には気付いていないようだから耳元でこっそりと伝える。

 にしてもまったくと言って良い程に認知されていないのか。うーん、まあこちらに来る直前にようやっとトップナインになったくらいだしな……。


「ああ、そうか。君が8人のうちの1人か。それなら俺と目的は同じなのか」

「まあそう言う事になりますね」

「ならこの世界を救うために一緒にモンスターを狩って欲しい」

「あー、それがですね……」


 最近起こっている空間の歪みのことをアルスに伝えた。彼には悪いが、今はこちらの方が気になるんだよな。


「……元の世界に戻りたいのか?」

「それは、まあそうですね。少なくとも俺は、出来るなら元の世界に帰りたいとは思います」

「そうなのか。皆世界を救うことが最優先なのだと思っていた」


 これまた感情の読めない顔でそう言うものだから困っちゃうな。

 とはいえ恐らく悪意がある訳では無いんだろう。ただデリカシーとかそういうのが無かったり純粋過ぎるだけで。


「……アルスさんは元の世界には未練とかは無いんですか?」


 こうなって来ると気になってしまう。彼が元の世界でどんな人生を送っていたのか。

 あまり詮索するのは良くないのだろうが、ここまで異質な人物像だと気になってしまう。


「俺か。俺には未練はない」


 はっきりと言い切ったよこの人。


「そもそも俺にはアーステイル以前の過去は無い」

「え、それはどういう……」


 何だろう、なんかの比喩か何かだろうか。

 アーステイルに出会うまでの人生に価値無しみたいな?


 ……いや、今までの彼を見ている感じだとそう言う言い回しをするタイプの人間じゃないよな。

 一体どういう意味なんだ。 


「じゃ、じゃあご家族とかは……」

「家族とは何だ?」

「えっ」


 なんだなんだこれはなんなんだ?

 俺は試されているのか?

 そういうキャラを貫き通しているのか素でそうなのか何か深い闇があるのか、もう俺にはわからねえよぉ……。

 

「生まれの親と言う意味では、俺にとっての家族はアーステイルということになる」

「それはまたどういう……」


 また何か凄いことを言い始めたぞ。


「俺は……」

「おい、大変だ! 街にヤミグモスの群れが迫っているぞ!」

「な、なんですってぇ!?」


 突然ギルド内に響いた叫び声によって残念ながら会話は打ち切られてしまった。

 彼、何か重要なことを言おうとしていたような……。不味い、重要な真実を伝えるのをこれでもかと後回しにするな高校がアップを始めてしまう。


 それにしてもヤミグモスか。確かゲームにおけるヤミグモスは大型の蜘蛛と蛾が混ざったような魔物だったな。この世界でも同じだとしたら……。

 いや想像はしたくない。俺は虫が嫌いなんだ。大型の虫とかヤバイ終わってるし、カブトムシかクワガタムシになって出直して欲しい。


「ヤミグモスか」

「……戦うしかないんですかね」

「ああ、世界を救う前に人や街が滅んでしまっては困るからな。……君は来ないのか?」


 うーん、足が行きたくないと駄々をこねているよ。

 ……いや、行かなきゃ不味いよな。白姫としての名に泥を塗ることになってしまう。これからの活動をするうえでそれは困る。


「行くしかない。ないのかぁ……」


 絶対的に気持ちは乗らないが、今の俺には行くと言う選択肢しか与えられてはいなかった。

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