生存と実在
アプフェルが居なくなった翌日。
「お願いします。うちの犬が泥棒に攫われたのです。
どんな財産よりも孫にとっては宝なのに奪われたのです。
どうかただの犬と思わず探して下さい」
「我々も同情致します。
しかし警察は犬探しの探偵ではないのですよ、ご老父」
「そんな!」
アプフェルが居なくなって一ヶ月。
「また魘されているわ。
可哀想に、リーザ。大丈夫よ。
アプフェルがあなたを残したままで気が済む物ですか。
悪いワイルドハントの男を出し抜いて帰ってくる」
「ああ。あの子はきっと帰ってくる。
おじいさまとおばあさまも、ここの町の人もみんな探しているんだ。
きっと見つかるよ、きっと生きているよ。だからお眠り。安心してお眠り。
いい夢を今度は見るんだよ」
アプフェルが居なくなって二ヶ月。
「今度の犬はどうでしたか?」
「似ても似つかない黒犬だったよ」
「そう……」
「それより新聞を買ってきたんだけど、ここのセルビアの記事」
「……暗殺?なんてことを」
「新聞では、でも戦争にはならないってある」
「局地戦か、大きくなってもオーストリアがフランス・ロシアと対立するだけ……。
でもドイツへの風当たりがまた強くなりそうですね」
「ああ。最近変な右翼連中が幅をきかせて困ってるのに、また……」
アプフェルが居なくなって三ヶ月。
「リーザ、大事な話があるの。聞いてちょうだい」
「アプフェルは……。アプフェルなんだが、全然全く見つからないんだ。
お前が見た泥棒。ああ、うん、そうだな。
ワイルドハント。ワイルドハントなんだが、探すのが難しくなりそうなんだよ。だからしばらく、探せそうにないんだ。
いつ、探せるのか、か。
明日は無理だよ。明後日も、多分できない」
「いいえ、ヘルマン。誤魔化すのはやめましょう。
いい、リーザ。私たちの祖国ドイツと英国が喧嘩を始めたの。
だからおじい様とおばあ様にも、いつ探せるかわからない。
リーザ、いい?我慢してちょうだい。喧嘩が終わったら、喧嘩が終わるまで、いいわね?
泣かないで、かわいい子」
「すぐに終わるよ。1年か半年の我慢だ。
アプフェルは賢い。大丈夫。
生き延びてる。大丈夫」
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