ワイルドハントの黒妖犬
からっ風文庫
序章
『ワイルドハントがやってくる。
嵐の王がやってくる。
黒い手下に黒い馬、地獄の軍勢引き連れて、なにかをゾロゾロ探してる。
ワイルドハントがやってくる。
嵐の王がやってくる。
朝になったら暖炉の側で、黒いワンコロ見つけたら、嵐は終わりだ去っていけ』
まだキリスト教がヨーロッパ各地で異教だったころ、その布教を目指して
居候暮らしも3年目に入り、秋の大きな嵐の季節の備えを住民たちと協力しながら手馴れた手つきで修道士がこなしていたとき、耳慣れない
後進のために記録を残すことも大切な役目だった彼は、一息つけるときにその子どもに声をかけた。
「さっき歌っていた、ワイルドハントってなんだい?」
嵐が近い曇天を何かを探してキョロキョロと子どもは見回すと、指を指し示した。
その方向に居た空飛ぶ軍団を、のちに彼はその興奮のままに羊皮紙に書き綴った。
やがて彼の報告書は1冊の写本としてまとめられ、後世にワイルドハントを伝える役割を果たしたのである。
写本はこのように伝えている。
『私を含めた大勢の人々がワイルドハントが狩猟をするのを目撃していた。
彼らは稲妻を操り、空を駆け、恐ろしい血のような光る眼を持った黒犬を傍に連れていた。
彼らが何故、なんの目的で狩りを行うのか、神のみがご存知なのだろう』
石炭の煤が世界を覆っていた時代があった。
1914年のロンドン。
あの頃は夜の霧が死人の肺に残った息のように、病を運ぶと信じられていた。
今となれば迷信甚だしいことだろう。
大衆が無邪気な熱狂と信頼を科学に寄せ、魔法が迷信となったばかりなのだから仕方がないのかもしれない。
この科学と人々の蜜月は、第一次世界大戦によるかつてない大殺戮を科学が可能にしたことで終わりを告げる。
1914年4月29日の朝。
老夫婦が、朝食の前に祈りの言葉を口にする。
「主よ。今日もまた、この食事を恵み給うたことを感謝します。私たちの体を潤し、心を満たすこの恵みに、深く深く感謝申し上げます。アーメン」
次いで孫娘がアーメンと唱える。
この子は五歳のエリーザベト。
まだ祈りの言葉を祖父母と一緒に暗唱するのは難しい。
「リーザ、よく言えました。さあ、最後におまえのお母様に祈りましょうね。そうしたらご飯よ」
祖母のマルガレーテがエリーザベトに微笑む。
ポットから立ち上る湯気のように柔らかな笑みを、夫のヘルマンと共に孫娘に向ける。
そしてエリーザベトが群青色の瞳を閉じて、額に組んだ手をくっつけたのを確認すると、夫妻も同じように目を閉じて黙祷をする。
静けさがあたりを包む。
故人が亡くなって久しい、落ち着いた静けさだ。
ポットのお茶が蒸れて飲み頃になったころ、マルガレーテは目を開け、そしていつもの教訓を孫娘を思って伝える。
「お前の母親のイルゼは社会主義に染まり、処刑をされた。
貧しい人のためにばかり心を砕いて、わたしたち家族のことは鑑みてくれなかった。お前は大事な人のことを一番に考えられる大人になるんだよ」
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