困っている人を見かけたら? ☆12☆
リーズはシュエから大樹へと視線を移す。大人数で囲まないといけないくらい太い幹に、さわさわと風になびく枝。風の動きに合わせて揺れている葉。時折、葉が落ちる。その葉も風に乗って遠くまで飛んでいるようだ。
「――何年くらいの大樹なんでしょうね」
「さぁ? そもそもこの世界の暦も知らんしのぅ。わらわは父が勧めた世界に決めたから、知っているとしたら……」
「陛下、ですか。なるほど、それであまり強くない悪鬼(あっき)の世界に来たんですね」
納得したようにリーズが呟く。本来、竜人族は自分が好きな世界に飛んで旅をするものだが、家族から溺愛されているシュエは違う。どこが一番安全なのかを先に調べ上げてから、彼女に『この国が良いと思うよ』と教えたのだ。
「わらわたちに太刀打ちできない悪鬼がいる世界なら、食も楽しめんしのぅ!」
「基準はやっぱりそこなんですね」
「当然じゃ。美味しいものは世界を救うぞ、たぶん」
「世界を救うおいしいものってどういうものですか……」
肩をすくめるリーズに、シュエは「わからん!」と豪快に笑った。リーズから少し離れ、くるりと身体を彼に向けると腕を上げて天を指す。
「いろんな世界のいろんな味を楽しみたいのじゃ!」
「……成人前の旅で回れる世界はひとつだけですよ」
「成人後なら許されるか?」
「……陛下たち次第ですかね」
成人後にもっと世界が見たいと旅立つ竜人族は多い。自分たちの世界を巡る竜人族もいる。寿命が長いため、同じ場所にずっといるのは飽きるから、ところころ世界を変えて旅する者もいた。
シュエが覚えている範囲でも数人知っている。ほぼ家族からの伝聞ではあるが。そして、この旅が終わってから成人するまでの間に、家族の考えが変わるかどうかを考えて、彼女はゆっくりと息を吐いた。
「なかなか難しそうじゃの……」
「大人に近付けば近付くほど、溺愛ぶりが勢いづきそうですね」
「なんというか、溺愛されるのが『普通』だったから気にしてなかったのじゃが、兄上たちはどんな感じに育ったんじゃ?」
シュエがリーズに尋ねると、リーズは当時を思い出そうと目を閉じて「そうですねぇ」と顎に指を掛けた。
そして一言、
「放任主義でしたかね?」
と、答えた。
家族の顔を思い浮かべながらも、シュエは首を傾げる。自分に思い切り構って来る家族が、三人の兄を放任していたとは思えずに眉間に皺を刻むと、目を開けたリーズが彼女の眉間を軽く突いて、「皺になっちゃいますよ」と心配そうに言葉にする。
「全然、想像ができないのじゃが?」
「旅立つときなんて、どこに行くかも興味なさそうでしたよ」
「そうなのかっ? 父上も母上も?」
「ええ。シュエだけです、この待遇。といっても、私も知っているのは第三皇子のときだけですが。上のおふたりは私より年上ですし」
「ああ、そういえばそうじゃった……」
一番上の兄は二百五十歳、二番目の兄は二百三十歳、三番目の兄は百六十歳だ。
「確か、第三皇子のときは五十歳で旅立っていましたから。十年くらいで戻ってきましたけど」
「知らんかった。旅立った世界の話ばかり聞いていたからのぅ」
「シュエが生まれたときはお祭り騒ぎでしたよ。シュエのご家族は本当……なんというか、賑やかな方々なので」
自分が生まれたときなんて覚えていない、とシュエが唇を尖らせると、リーズは「覚えている人がいたら奇跡ですよ」と笑った。だが、その目はあまり笑っていない。
一体自分が生まれたときに、どんなお祭り騒ぎになったのか興味を持ったシュエは、あとでルーランに聞いてみようと頭の片隅に入れておいた。
「……それにしても、わらわたちに興味があるのなら、声を掛けてくれたら良いのにのぅ」
「『よそ者』にはなかなか声を掛けられないのでは?」
「むぅ」
面白くなさそうに唇を尖らせるシュエの姿を見て、リーズは肩をすくめた。ちらちらとこちらを
興味があるのなら、素直に近付いて来ればいいのに。とシュエが村人たちをじぃっと見つめると、村人たちはさっとその視線を逸らしてしまった。
ぼんやりと周りを見渡しているとルーランが近付いてきた。
「なんじゃ、もう終わったのか?」
「ええ。簡単な鍵をつけただけですもの。それにしても、ここまで見つめられると王宮のお茶会を思い出しますわね」
「どういう意味じゃ?」
「――他人を恐れるのは、その人のことをよく知らないからですわ。彼らはわたくしたちのことを知りませんから、恐れるのも当然でしょうね。まぁ、わたくしの美貌の前では、恐れは感じないようですが」
くすくすと鈴を転がすように笑うルーランに、リーズはゆっくりと、大きなため息を吐いた。
「確かにルーランは美人じゃからな! 見惚れる者が多くても不思議ではなかろう。わらわだって思わず見惚れてしまうからのぅ!」
口を大きく開けて笑うシュエに、ルーランは目を丸くしてぎゅっとシュエに抱きついた。
「もーっ、どうしてこんなに可愛いのですかっ! いつだって頼ってくださいね!」
「うむ、いつも頼りにしておるよ!」
きゃあきゃあとはしゃぐシュエとルーランの姿を見ながら、リーズはもう一度、大きなため息を吐いた。
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