第4話 ELFの少女

 防衛網を抜け、セキュリティゲートのハッキングを行ってしまえば、想像以上に静かな内部が広がっていた。



――暗いですね。


 確かに、防衛機構は稼働していたので、電源が落ちているということはない筈だが……


「恐らく点検用の照明がどこかにあるはずだ。道中にあれば利用させてもらおう」


 思考の海に沈みそうになるのを耐え、探索を開始する。


 この構造体は、脱落した外部ユニットにしてはかなりの大きさをしており、全て探索しきるには苦労するであろうことがうかがえた。


 まあ、俺は全部探索するつもりは無い。キーさえ手に入ってしまえば、それ以上を探す必要は無いのだから。


 内部を暗視ゴーグルと鹵獲ドローンのライトを頼りに探索していく。道は歪で、機械類がそのままむき出しで設置してある場所も複数あり、高温注意や感電注意のマークに加え、感染性廃棄物のマークステッカーがそこかしこに貼ってあった。どうやら技師など限られた人物しか入れない区画が脱落したもののようだが、一体どんな用途だったのか……俺には想像もできなかった。


――バイル。どうやらあちらが変電室のようです。

「ああ、早いとこ済ませよう。この構造体は気味が悪い」


 曇って内部の見えないシリンダーやカプセルが並んでおり、その中には何かの生物が標本として納められているような気がした。こうなってくると内部だけわざと電源を落としているようにも見えてくるが……一体中央端末の認証キーがなぜこんな場所に存在するのかが分からなかった。


 ケイの案内で見つけた変電室に入ると、案の定主電源は落ちておらず、防衛機構と何かの生命維持装置らしき電源のみが有効になっている。迂闊に全てを有効にするのは危険だと、俺の勘が言っていた。


「さて、何を動かせばいいのやら」

――とりあえず照明は付けても構わないのではないでしょうか?

「確かに」


 彼女の提案に同意し、照明の表記があるいくつかの電源を有効化する。するとすぐに部屋が明かりで満たされていき、塵の積もった床や機材が露わになっていった。


 照明が十分確保されたことで、俺は暗視ゴーグルを外す。ゴーグル越しではない視界は、たとえ構造体の無機質な色味だとしても、少しだけ鮮やかだった。


「少し見回ってから何を有効化するか決めるか」


 しばらく考えたが、今ひとつ決断できる材料が少ない。そういう訳で、俺は照明のついた構造体内部を歩くことにした。


 変電室から外に出ると、随分と印象が変わっていた。


 墜落後一〇〇年――それだけの歴史が感じられる程度に分厚い埃がシリンダーに掛かっており、内部がうかがえないのは当然だという納得感があった。試しに一つ埃を払ってみると、緑色の液体で満たされた内部に、何かの胚が浮かんでいた。


――食品培養ユニットでしょうか?

「だとしたら有効化しないでよかったな」


 一〇〇年熟成された生肉なんて生産されても困る。衛生的に大丈夫だとしても食えるような代物じゃないはずだ。


「なんにせよ、気になっているところがある。そっちを見に行こう」


 そう、俺はこの構造体の用途を探りに来たのではない。認証キーの回収に来たのだ。まさか物理鍵みたいな見た目はしていないだろうから、探すべきはここの重要そうなデータベースとなる。そういう訳で俺は、生命維持装置が有効化してある場所へ向かうことにしたのだった。


 防衛機構以外で有効化されていた区画はここのみで、間違いなく何か特別なものが保管されている筈だ。認証キーそのものは無いにしても、それに準ずる何かはあるはずだった。


 電源が落ちていて動作しないドアを金属カッターとケイの侵食で無理矢理切り開きつつ、構造体の奥へと進む。五枚ほど切り裂いたところで、生きているシステムにまでたどり着いた。


「……End point for Life support and Flight?」


 俺はドアに表示された文字を読み上げる。生命維持と飛行のための終端装置……? まあ確かに認証キーと関連がありそうな表記だが、周囲の状況とあまりにも繋がりが見えない。一体どういうことだ?


 疑問に思いつつドアに触れると、重々しく埃を巻き上げて左右にスライドする。内部には液体で満たされた巨大なシリンダーと、周囲にはいくつもの計器、そしてなぜかそこに不釣り合いな、古びた洋服コンテナがあった。


――このシリンダー。かなり大きいですね、多分バイルも中に入れますよ。

「入りたいかどうかは別としてな」


 ケイの言葉を適当に流しつつ、電源が有効化したままのモニターを確認する。この部屋はシステムが有効化されたままということもあり、埃一つ落ちていない。何か重要なものだということは察せられたが、「ノア」本体の認証キーがあるようには思えなかった。


 それでも確認したのは、単純に知的好奇心が刺激されたというのが大きい。モニターには「ELF No.025 Jehanne」という文字が表示されており、起動の認証を待っている状態だった。


「……」

――バイル?

「ああすまん、考え事だ」


 この星には第三の月があり、連続稼働されている筈がない。だというのに、この起動認証のみが生き残っていて、生命維持装置が有効化され続けているということは、この区画は不測の事態に対応する防衛機構と同じレベルの保護をされているということになる。だとすると、これを起動することはこの構造体にとって最優先事項ということだ。


「起動してみるか」


 俺は呟いて、モニターに手を伸ばす。


――大丈夫ですか?

「安全な見通しは立っている」


 俺は区画に入る時に見ていた文字列を思い出す。「End point for Life support and Flight」……大文字の部分だけ読むと「ELF」で、恐らくこの部屋はELFとやらを製造、保管しておくための場所なのだろう。


 俺は少し呼吸を置いてから起動認証ボタンをタッチする。するとモニターの画面が移り変わり、周囲の機材が声を上げて動き始めた。


――これは……

「食品製造プラントの駆動音に似ているが、少し出力が強いか?」


 ケイとそんなことを話し合っていると、シリンダーの中に胚が投入され、急速に成長していく。モニターにはいくつもの数字と「強制成長中」そして「高速学習中」の表示がある。


「っ……おいおい」


 胚が育つうちに、その形は見慣れた形へと成長していく。


 姿は猿に似ているものの体毛は無く、頭部に残るのみ。そしてその姿から徐々に変化し、俺たちと似た姿――人間へと変化していく。俺と明らかに違うのは、全体的に華奢なその体のつくりだろうか……


 俺が呆気に取られているうちに、その生命体は形を金髪の少女に変え、シリンダーが開かれるとその場にへたり込んだ。


「ケイ、何だと思う、これ」

――私に聞かないで下さいよ、バイルのほうが詳しいんじゃないですか?

「――」


 刺激しないように近づくと、少女は顔だけを俺に向け、感情の無い瞳で真っすぐ見つめてきた。俺は思わず足を止め、腰に差してある金属カッターに手を伸ばす。


「……認証完了。おはようございます」

「お、おう……?」


 警戒を続けていると、少女はそう言って俺に笑いかける。


「私はエルフ――End point for Life support and Flightの一人であり、ジャンヌと申します。以後お見知りおきを」

「あ、ああ……」


 全裸の少女はその姿を恥じる訳でもなく、俺に向かってどこか無機質な笑みを投げかけてきた。



――読者の方へおねがい


 お読みいただきありがとうございました。この作品はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは異世界ファンタジーや現代ファンタジー、異世界恋愛が強い状況で、その中で戦っていくためには皆様の助力が必要不可欠です。


 もしよろしければ、作品ページから+☆☆☆の部分の+を押して★★★にしていただけるとありがたいです。


 では、よろしくお願いします。

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