ビヨンド・ジ・エンド

奥州寛

1 エンド

第1話 端街(エンド)にて

――



 人生は意外と何とかなる。


 それなりに長い放浪生活で得た真実は、いろんな場所で役に立つ。


 例えば五〇歳を過ぎて「使い捨て」にされた爺さんを慰める時とか。

 あるいは女に詐欺まがいの事をされて素寒貧になった男を笑う時とか。

 もしくは原生生物が大挙してこの端街(エンド)に押し寄せてきた時とか。


 俺は欠伸をしつつ、空調のない事務所で新聞を開いている。


 砂と岩しかないこの地域は、昼は暑く夜は寒い。空調が無いのは致命的だが、ここではそんな高級なものは無いのだ。


 新聞の一面に書かれた「『ノア』修復進捗五〇%達成、一方でテラフォーミング進捗率は変わらず」という文字が非常に恨めしい。折れ曲がったブラインドの降りた窓を見ると、防ぎきれない日光が隙間を縫って差し込んでいた。


 人類は、この星(エルシル)に歓迎されていない。


 それは垂線上に第三の月があると、旧世代型の動力が動作不良を起こし停止する事や、テラフォーミングしなければ暮らしていけない気温と大気組成、そのテラフォーミングが進んでいるというのに全く衰えを見せない原生生物など、枚挙にいとまがなかった。


 それに対処するため、人類は不時着した移民船を中心とした中心街(セントラル)を作り、そこで「市民」が暮らす事になり、そこに入りきらない「使い捨て」は中心街の外、端街(エンド)でその日暮らしを行っているという訳だ。


 端街は中心街から溢れてきた人や物で生計を立てており、その暮らしは貧しいものだった。そんなところで俺は何をしているかというと、いわゆる便利屋という奴だ。この仕事は存外実入りがよく、そのお陰で俺はこの都市でいっちょ前に事務所を構えられている。


 しかし――。俺はもう一度欠伸をしてから、顔に新聞を載せて背もたれにふんぞり返る。今日は一段と暑い。依頼を探して足を動かすよりも、依頼が舞い込んでくるのを待つ方が楽そうだ。


 そう考えると、俺は本格的に昼寝をする準備を始める。


――バイル。

「うおあぁっ!?」


 突然頭の中で声が反響して、俺は椅子からひっくり返った。聞こえ始めてから随分経つが、やはりいきなり話しかけられるとびっくりしてしまう。


――まだ夜まで時間がありますが、眠ろうとしてませんか?

「ケイ……いいんだよ、こないだでかい仕事しただろ、今は『果報は寝て待て』だ」


 周囲に誰もいないことを確認してから、俺は声の主――ケイに応える。


――なるほど、言葉は知っていましたが、実際に寝る必要があるのですね。


 そう話しながら「彼女は俺の身体から染み出してきた」


 ケイ――可塑性の黒い粘液の塊が、彼女の姿である。それは俺の身体の三割ほどを担当していて、生命維持装置の役割も兼ねていた。


「おい――」

――誰も来る予定が無いのなら、出ていても問題ないでしょう?


 そう言って、彼女はコールタール状の身体を震わせる。長い付き合いで、その動きが人間の形態をとる準備であることを、俺は知っていた。


 ケイとの出会いは数年前までさかのぼる。「使い捨て」となってすぐの仕事で、俺は死んだ。その時俺は原生生物であるこいつと共生することで蘇ったのだった。


 共生関係になってしばらくは不便もあったが、実際慣れてしまえばそこまでイラつく事でもない。同居人がいるだけ、そう考えれば便利だともいえる。


「というか、俺の中にいたほうが楽なんだろお前」

――たまには外に出ないと、不健康なバイルの中に居たら健康に悪いですし。

「へっ、言いやがる」


 人間の女性に似た姿をとったケイと軽口を叩きあっていると、事務所の端末が着信音を響かせる。俺は待ってましたとばかりに受話器を取り、努めて明るい声で応対する。


「はい! 毎度ありがとうございます。バイルです」

『……随分元気そうだな』

「うげ」


 だが、端末の先にいる人間――ウィルの声を聴いて、俺はテンションを露骨に下げた。


「なんだよ。またタダ働きか?」

『そう言うな、今回は中央街の中枢直々の依頼だ。上手く行けばルートを作れるかもしれん』


 若く、神経質そうな声はそう言って話を始める。どうやら俺に拒否権は無いらしい。


『墜落時に紛失していた「ノア」の中枢端末起動キーが見つかった。現在「ノア」は休眠状態にあり、テラフォーミングの効率も、自己修復機構も本来の三割ほどの速度で稼働している状態だ。キーさえあれば、人類はより早くこの星を本星と同じ環境にすると共に、本星への帰還も叶うだろう』

「へぇ、それはすごい……んで、なんで俺なんだ? そういうのは中央街で編成された正規部隊の仕事だろ」


 椅子に座り直して電話口の相手に問いかける。今まで違法すれすれの仕事しか持ってこなかった人間が、こんなまともな仕事を持ってくるはずがなかった。


『察しが良いな、クライアントは「正規部隊が到着する前に」これを奪取しろということだ』


 つまり、キーの所有権を中央に握られる前に自分のものにしたい。という目的か。


「しかしわからないな、キーの使用は誰にとってもプラスだ。だとすれば、影響力の拡大以上に敵を作るだろう。あまり賢い選択とは言えないが」

『バイル……「使い捨て」はそんな事を考える必要はない』


 そう言われてはお手上げである。俺はわざとらしくため息をついてから了承の意を示した。


『報酬は成功が確認され次第支払われる。期待しているぞ』


 返事を待たずに通信が切れる。全く、この仕事も一筋縄ではいかなそうだな。


――バイル。期待を掛けられているようでよかったですね。

「最後にとってつけただけの言葉にそんな意味はねえよ。分かったら身体に引っ込め」


 ケイにそれだけ言って、戻って来やすいように右手を持ち上げる。彼女はずるずると体内へ戻っていき、最後には痕跡も残さず消えていた。


――読者の方へおねがい


 お読みいただきありがとうございました。この作品はカクヨムコンに参加しています。カクヨムコンは異世界ファンタジーや現代ファンタジー、異世界恋愛が強い状況で、その中で戦っていくためには皆様の助力が必要不可欠です。


 もしよろしければ、作品ページから+☆☆☆の部分の+を押して★★★にしていただけるとありがたいです。


 では、よろしくお願いします。

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