【書籍化決定】巻き込まれて召喚された限界OL、ギルド所属の【魔物解体嬢】として奮闘中〜ドラゴンですか?もちろん捌けます!〜

水都ミナト@【死にかけ公爵】配信中

第一部

第1話 明日のプレゼンどうしよう

「んー! 終わって……ないけど終電がなくなるから店じまいにしよう」


 グッと伸びをしてカチコチに固まった肩周りの筋肉をほぐした私は、誰に言うでもなく呟いた。


 会社支給のノートパソコンの電源を落とし、デスクの上の資料を集めて真っ黒なリュックに詰め込む。新卒の時に買ってまだ2年目だというのに、すっかりくたびれてしまったリュックは私自身を表しているみたい。

 最後にノートパソコンを突っ込んで、ジャッとチャックを締める。悲しいかな、この子には帰宅後もまだまだ付き合ってもらわねばならない。


「お疲れ様でした!」


 間も無く日が回るというのに、オフィスにはまばらに人影が見える。先に撤収する私を恨めしそうな目で見ながらも、「お疲れさん」と手を振ってくれる先輩社員の皆さん。みんな目の下には年季もののクマが刻まれている。かくいう私も似たようなものなんだけど。


 おっと、急がなくては電車に間に合わない。

 私はペコリと頭を下げてオフィスを飛び出した。


 カツカツと早足で廊下を進みながら、脳内で帰宅までの流れをシミュレーションをする。

 信号に引っ掛からなければ駅前のコンビニで、最近見つけた免疫アップのドリンクと夜食を買っても終電に間に合いそうね。

 そうと決まれば急ぐしかない。


 駅徒歩10分の道のりを裏道を通って急ぎ足で歩けば5分で駅前に出れる。

 帰ったらサッとシャワーを浴びて、目を覚ましたら明日のプレゼン資料の仕上げをしなくては。


「はぁ、今日も徹夜コースだわ」


 短大を出て2年。

 すっかり社畜と化した自分自身を自嘲しつつ、駅への道を急ぐ。


 高校は調理師科のある学校を選び、大人になったら祖父の店を手伝う夢は、祖父の病気を契機に儚く散った。



 蓮水紗千ハスミサチ、21歳。独身。彼氏なし。

 焦茶色の瞳は母譲り。父譲りのサラリとした黒髪は肩まで伸ばしているけれど、たいていポニーテールにまとめている。特別美人ってわけでもないけど、そこそこ整った顔立ちをしてると思う。

 幼い頃に事故で両親を失った私は、唯一の肉親である祖父に引き取られて育てられた。

 祖父は小さな定食屋を営む料理人で、常連客に愛され、ほっと一息つけるような温かな料理を作る人だった。

 子供の頃からよく店の手伝いをしていた私が、そんな祖父に憧れて料理人を目指すのは必然だったと思うの。


「大きくなったら、紗千サチがおじいちゃんのお店を継ぐからね!」


 そう息巻いて料理の勉強ができる高校へと進学した。

 けれども、祖父は病気を機にあっけなく店を畳んでしまった。

 後から聞いた話だけど、常連客がついてくれていたとはいえ、経営は一杯一杯だったらしい。

 病床に臥せった祖父は、まもなく両親のいる天の庭へと旅立ってしまった。


紗千サチ、手に職をつけるのもいいが、今の世の中、大学は出ておいた方がいい。大学に出て、企業に就職して、いい人を見つけて、笑顔溢れる家庭を築くんだよ。じいちゃん、少しだが学費のために貯金をしているから、そのお金を使って大学に行きなさい」


 祖父がいなくなり、身寄りのない私は一人で生きていくことを決意した。

 とにかく生活のためには働かなければならない。夢を追う心の余裕も、金銭的余裕も無くした私は、祖父が残してくれたお金でせめてもと短大に進学し、運よく受かった中小の広告代理店に就職した。


 ところがその会社がとんだブラック企業だったのだ。


 サービス残業は当たり前。大手に比べると実績も経験も浅い中小企業ということで、身を粉にした営業活動で獲得してきた案件は、どれもこれもひどいスケジュールの仕事ばかり。やってもやっても終わらない。手持ちの仕事が片付く前に次の仕事が舞い込んでくる。定時で帰れたのだって、入社初日ぐらいだったはず。

 まだまだ入社2年目の若手だというのに、身も心もボロボロな限界OLとなってしまっている。


「っと、危ない危ない、ここを曲がるのが近道なんだよね」


 考え事をしていて、危うく道を間違えるところだった。

 乗用車がすれ違うことができないほどの車幅の道をずんずん進んでいく。

 この2年で見つけた駅までの最短ルートは、街灯の少ない薄暗い細道も含まれる。急ぎ足なのは電車に間に合わせるためだけではなく、暗い夜道を早く脱出したい気持ちも理由として含まれている。


 この通りを抜ければ駅が見えてくるはず。

 そう思いながら足を動かしていると、駅方面の前方から一人の人影が近づいてきた。


 シルエットからして女性。

 ジジ……と点滅を繰り返す街灯に照らされたその人は、ブレザー姿で学生鞄を背中に背負った女子高生だった。スマホを手に俯いて歩いているけれど、学習用アプリか何かをしているのかな? 夜風に乗って彼女が呟く英単語が耳に流れ込んでくる。


(受験生かな? こんな時間まで大変ね……お互い頑張りましょう)


 彼女の姿に、終わらない仕事に追われる自分自身が重なり、思わず心の中で激励してしまう。

 そんな女子高生との距離はぐんぐん縮まり、やがて私たちはすれ違った。

 すれ違いざまにチラッと目に入ったスマホ画面には、やはり英単語が並んでいる。


 改めて、「頑張れ」と心の中で呟いた時、パァッと白い光が弾けるように周囲が明るく照らされた。


「まぶし……! 何なの?」


 眩しくて思わず目を眇めながら、状況を確認しようと辺りを見回す。

 光源はどうやら足元らしい。

 下を向くと、道路には光の紋様が浮かび上がってクルクルと回転している。文字のようにも見えるが、見たことのない言語ね……

 円形のそれは、女子高生を中心に広がっている。


 光はどんどん強くなり、やがて私と女子高生の2人を包み込んでしまった。意識も遠のいていき、立っていられなくなってきた。


「なんなの、これ?」


 私の呟きは闇夜に吸い込まれるように消えて行き、身体が引き寄せられるような感覚に襲われて――


(明日のプレゼン、どうしよう)


 薄れ行く意識の中、最後にそんなことを考える私はやっぱり根っこからの社畜なのだろう。


 自嘲しながら私は意識を手放した。

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