潔癖汚染 - ブリーチング・マリスエル - その7


「どうにかする手段が見え始めたし、どうにかしよう」

《記憶が消し飛んでる影響かもだけど、アリカがどうにも、うちの所長を思わせるぶっきらぼう喋りになってる気がする》


 その辺は自覚はないけれど、本来の私からズレが生じているというのはあるかもしれない。

 だけど、まぁ……それだって結局は――


「変かもしれないけど、あいつ倒せば直るでしょ、たぶん」

《まぁそうね》


 ――目的を達せれば全部解決する内容だ。


「白いほど、穢れがないほどチカラを増す。それは別にケッペキ様やお姉さんだけの特権じゃあない」


 ウルズはたぶん、その影響でかなり強くなっている。

 私自身がある程度の漂白をされた結果として、ウルズが強化されているのは間違いない。



 私の態度や様子が、ふだんと違うというのも、恐らくはウルズとしての人格や感覚が、漂白された本体の存在を繋ぎ止めるべく、隙間に入り込んだ結果だろう。


 今の私は、音野 在歌であると同時に、本当の意味で開拓能力ウルズそのものでもある。


 ……気がする。たぶん。


 ともかく。

 今のウルズなら、普段は出来ないことも出来る気がするんだ。


 自分と能力の境界線が曖昧なのもそうだし、潔癖であるほど強さが増すというルールの中、私の大部分が漂白されている。

 だからこそ、そのルールを利用して、本来出来ない能力の使い方をするのも可能になっているはずだ。


 握りしめた音を、直接接触せずに押しつける。

 その為に必要なのは、飛び道具だ。あるいはそれを発射する機構。


 鉄砲とか弓矢とか。


 そういうイメージをすれば、ウルズの右手にそれが現れる。

 グリップ部分は鉄砲で、銃口は拡声器のような変な道具。


「この部屋に残る、音の痕跡を弾にして、打ち込む」


 一年以上前。

 ココに残っていた音の記録。


 その音の発生源であるお姉さんにその音を打ち込めば、その音の出した時の近い状態を再現される。


《それはいいけど、ケッペキ様が向かってくるぞ!》

「別に問題はないです」


 動きは遅いし、軽く記憶を消されるくらいなら問題ない。


 私はケッペキ様を無視して、倒れているお姉さんに向けて、弾に変えた音を放つ。

 それはケッペキ様の横を通って、お姉さんの脇腹あたりに突き刺さった。


 物理的な威力は皆無。

 けど、当たった部分から全身に、音を発した時の状況が再現されていく。


「あ。ああ……やだ、やめて……これ、このかんじ……だめ……」


 お姉さんが涙目になって、恥ずかしそうに全身を朱に染めて震え出す。


「なんで、きゅうに……こんな、がまんが……できない……だめぇ……」


 どうやら上手くいったようだ。

 お姉さんには悪いけど、その弾の影響で盛大に部屋を汚してもらう。


「ううっ、トイレ……せめて、トイレに……」


 その様子に、ますますケッペキ様が慌てたようだ。

 私をどうにかしようと、こちらへと急ぐような様子で向かってくる。もっとも大した速度ではないのだけれど。


「どうしたのケッペキ様。

 お姉さんを漂白するの? それとも私を攻撃する? どっちでも構わないけど?」


 私がそう煽ると、ある程度まで近づいてきていたケッペキ様が私を睨む。

 ややして、ケッペキ様は意を決したように、その目を文字通り輝かせた。


 五つの瞳が同時に白く輝き、私に向けて一斉にビームを撃ってくる。


《アリカちゃん!?》

《アリカ!!》


 避けたら後ろにいる男性たちに当たっちゃうから、私は敢えて全身でそれを受け止める。


 そして、わたしの、うちがわにある、いろんなものが、ふきとんで、まっしろにそまっていき――


 わたしは、すべてがかんぜんに、しろくなるまえに、うるずの、ひだりてから、おとをのうみそへとうちこんだ。


 バチンという音と共に、頭から爪先にかけて、強烈な静電気を浴びせられるような痛みが走る。それによって私の意識と記憶は復元される。


 完全に復元されるものではないけれど、自分の名前と能力の名前と使い方、そして今ここにいる私の目的。それだけは絶対にウルズが私の脳髄に刻み込んでくれる。


「!?!?!?」


 なにやらケッペキ様が戸惑った様子を見せている。

 よし、殴ろう。


 ウルズの右手で握っていた拡声器型の銃を消すと、代わりに握りこぶしをつくって、わざわざ近寄ってきてくれたケッペキ様をぶん殴る!


 ガツンという衝撃を右手に感じると同時に、右手から何かが吹っ飛んでいく感覚が広がっていき――また、わたしは、しろくそめられていき……。


 バチン。全身に強烈な静電気が走ったような感覚と痛みで、自分を取り戻す。


 目の前にはよろめくケッペキ様がいる。

 身体の一部が凹んでいるから、誰か――というか、私が殴ったんだろう。


 五つの目を白黒――白白? まぁどっちでもいいか――させて困惑しているので、色々チャンスな気がする。


「せっかく目の前でパニクってるんだから、殴るッ!」


 思い切りウルズの拳をたたき込む。

 さすがのケッペキ様もたえられなかったのか、錐揉きりもみしながら吹っ飛んでいく。


 次の瞬間――私の拳から、頭へ全身へ、大事なものが消し飛ばされて、白く染められていく感覚に襲われる。


 しろく。そまる。そまる。そまる。そめられていく。ぜんぶわすれて。きれいに。

 でも、もんだいは、ない。ぜんぶわすれるまえに。すべてのけがれをうしなうまえに。うるずのひだりてで。


 バチン。私は何度だって、自分を失い、そして自分を取り戻す。


「はぁ……さすがに、何度もやるの、きっついな」


 これで何回目だか分からないけど、多用するのはだいぶマズいかも?


「ぐったりしてるけど、倒し切れてないか」


 それでも、良い感じのパンチをたたき込めた。

 記憶が連続してないというか、繋がりが断続的なせいで実感は薄いけど、二発はたたき込んだっぽいからね。


 もう一発殴るか? そう思った時、どこからともなく聞こえてくる女性の悲鳴のような声に足を止める。


《ちょっと!? アリカは何をやってるの!?》

《ビーム受けた時と、殴った時と、記憶を消し飛ばされる度に、左手に記録してある音で自分の記憶を取り戻してるんだ。

 そんなの、毒蛇に噛まれながら血清を打ち続けて耐えてるようなモンだ。続けてると絶対にロクなコトにならねーぞ!》


 どこからともなく聞こえてくる女性たちの声。

 心配してくれてるみたいだから、私の知り合いなんだろう。


 そして、懸念は概ね正しいと思う。

 これを繰り返し続けると、ケッペキ様やステージ影響が終わったあとに、私が元に戻れる可能性が下がっていくような気がするし。


 でも、そこは問題じゃない。

 全てを覚えていた時の私が何を考えていたかは定かじゃ無いけれど、ケッペキ様は絶対に倒さないといけない相手で、あそこの白いお姉さんは絶対に助けないといけない相手だと残しているんだから。


「確かにずっと続けるのは危険だけど、たぶん……もう血清を打つ必要はないかもしれないですよ?」


 そう言って、私はお姉さんを示す。


「やだぁ、みないで……みないでください……なんでとまらないの……ずっと、でちゃって……」


 恥ずかしさで完全に泣いてしまっているお姉さんの股からは白い液体がずっと垂れ続けて、床に水たまりを作りながら色がっている。


 あれが、何かといえば、ケッペキ様に白くされてしまっている……ええっと……うーんと、お花を摘みに行く時のお水……あ、そう! お小水だ。


 どう言い回しを取り繕っても、どうにもならない気がする……。


《概念的には確かに穢れね》

《確かに概念的には穢れだけどさぁ……。

 腹パンされてゲロ吐かされて、挙げ句に漏らさせられるとか、踏んだり蹴ったりだな鷸府田ちゃん……さすがに同情するぜ……》

「仕掛けた私が言うのもなんですけど、申し訳ないとは思ってますよ?」


 それはマジだ。

 私の背後にも人の気配があるので、見世物にしてしまっているようで本当に申し訳ない。


「それに、打ち込んだ音って……その、独り遊びしてる時の音だったから、本当はそっちを垂れ流してもらうつもりだったんだけど……」


 そっちはそっちで、半年以上も禁欲してたんだから、衝動的にはかなり大きいところはありそうかなって理由。

 それで、この瞬間だけでも歯止めが利かなくなってくれるなら、穢れと煩悩で、かなりケッペキ様が弱体化するのでは? くらいの感じだったんだけど……。


《アリカのピンチ逆転手段ってエロ系じゃないといけない縛りでもある?》

「うーん、記憶がなくて分からないけど、絶対に不可抗力! 断固、不可抗力!!」

《……どっちもエグい羞恥プレイなのは間違いないけどな!》

「くさなぎせんせぇ……スマホごしにまんざいしてないで、たすけて、くださいよぅ……ぜんぜん、とまるけはい、ないんですからぁ……」


 本気で助けを求める懇願に、草薙先生と呼ばれた女性が少し黙り込んでから、ややして私に尋ねてくる。


《あれ、いつ止まるの? キミの能力を解除すれば止まる? 正直、彼女が新しい性癖の扉を開いたりしたら、それはそれで大変そうなんだけど》

「止まるまで止まらないと思いますよ。何せ半年近くため込んだやつなんで」

《どういうコト、アリカ?》


 問われて、少し思案してから答えた。


「ええっと、記憶が曖昧ではあるんだけど、この部屋って半年前あたりから音の気配が希薄化してて、トイレやお風呂の音に関しても同じっぽいじゃないですか。

 それってつまり、そこで音が発生した出来事が一切起きてないんですよ」


 たぶん、記憶が消し飛ぶ前の私もそこを疑問に思ったはず。

 そうすると、必然的に湧いてくる問題がある。


「やだぁ、なんで、こんなに……とまらないの……ぅ。

 ぅぅ……なのになのに、なんか、妙なきもち、よさというかなんというかあってぇ……なんか、こわいぃぃ……」


 ならば、半年間――トイレどうしてたのかな、と。


「それって、ため込んだものが漂白されて存在が消えてたってだけだと思うんです。

 食事もしてなかったようなので、大きい方はほぼないんでしょうけど、小さい方はずっとため込まれて……溜まったら漂白されて余白が生まれて……その結果です。

 途中から、水分も摂取してないのであれば、ため込む量も減ってたと思いますけど」


 その答えはこれだ。


《ようするにそれって、ケッペキ様が汚いモノの存在を隠すコトで誤魔化してたって話?》

「そうなんですよね。潔癖症から生まれたケッペキ様なんて言っても、やっているコトは上から布をかぶせたり白いペンキ塗りたくって、汚れを誤魔化してるだけ。実際は、目に見えなくなってるだけで、塵も埃もいっぱいだと思います」

《なるほどねぇ、つまりそrrrr……ぶつん》


 急に、女の子の声がブレて消えた。


《あー……アリカちゃん。キミのスマホが、鷸府田ちゃんの作る池に沈んだみたいだけど?》

「スマホってなんです?」

《……そっか。記憶戻ってから悲鳴をあげて泣き叫ぶコトになると思うけど、まぁ今はいいか》


 なぜか、草薙先生から呆れた声が帰ってきた。

 スマホ――記憶が消し飛ぶ前の私にとっては、そんな大事なモノなんだろうか。



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