人恋いマンション - ヴィジター・ガーダー - その13


「い、今……お前、銃弾を弾いて……いやそれよりも、誰だお前!?」

「うちのバイトが世話になったようだな」


 混乱しながらも誰何すいかするお巡りさんに、所長さんは淡々と告げる。


「怪異探偵をしている者だ」


 片手をズボンのポケットに突っ込み、もう片方の手を首に当てコキコキと鳴らしている姿は、普段からは想像できないくらい不遜な態度だ。


「このがだいたいの種明かしをしてくれたようだからな。俺はその後始末にきた」


 もしかしなくても……これ、所長さん怒ってる?

 そりゃあ、勝手に飛び出してきて、リスハちゃんを戦闘不能にしちゃった上に、私も大怪我しちゃってるけどさ!


 ……いや、怒られポイントしかないな?


「あいにくと始末するのはこっちだ! バイトと一緒に死ねよ探偵ッ!」

「パワーオブパワー」


 お巡りさんが所長さんに向かって銃を連射する。

 だけど、所長さんは冷静にレオニダスを構えーー


「じゅ、銃弾が宙で止まった……?」


 その全てを弾くのではなく、受け止めた。

 ふつうの人には、開拓能力像ヴィジョンは視えていないから、空中で銃弾が止まったように見えるんだろうけど。


「さて、彼女を撃った分と、今の連射。その銃にはあとどれだけ弾が残っている?」

「く、クソッタレがぁぁぁぁぁ~~……ッ!!」


 お巡りさんは再び銃を構える。

 だけど――


「遅い」


 所長さんは素早く踏み込むと、自分の拳とレオニダスの拳を重ね、お巡りさんの顔にたたき込んだ。


「ぶべぁっ!?」


 お巡りさんんは勢いよく吹っ飛び、部屋の扉をぶちこわしながら、廊下の壁に激突する。


 同時に、私は青ざめる。

 慌てて叫んだ。


「待ってヴィジター・ガーダー!

 ステイ! この人のは不可抗力! わざとじゃないの! 許してあげて! ステイ!」


 焦って声を上げる私を見ながら、所長さんは心底から不思議そうな顔を向けてくる。


「どうした、急に声を上げて」

「所長さんがッ、ここの怪異の人を殺す条件を満たしちゃったからッ、かばってるんですよッ!」

「む。すまん。それは俺の落ち度だ」


 さすがに理解すると神妙な顔をしてくれる。

 ヴィジター・ガーダーが動く気配もないから、私も一安心だ。


「ところで、名前が判明したのか?」

「付けました」

「誰が?」

「私が」

「君が叫んだコトで俺が殺されないところをみると、説得可能物件か」

「もう説得もだいたい終わってます」

「キミは俺の想像以上に怪異探偵として優秀なのかもしれないな」


 やった! 所長さんに褒められた!


「ここの怪異が人を殺す条件は?」

「建物に大きな傷を付ける、あるいは悪意で傷を付けようとコトです」

「……なるほど。確かに俺が悪いな」


 小さく息を吐くと、所長さんは天井の方へと視線を向けた。


「すまないヴィジター・ガーダー。知らなかったとはいえ、キミを傷つけた。彼女の言葉に従い、俺を攻撃してこなかったコト感謝する」


 そして、改めて私を見た。


「ひどい怪我だな。少し見せてくれ」


 所長さんは私を床に座らせると「応急処置だ」――と、テキパキと手当をしてくれる。


 だけど、その途中――


「クソ! テメェら!!」


 廊下でのびていたはずのお巡りさんが、鬼のような形相で部屋の中へと入ってきた。


 反射的に私はウルズを呼び出す。

 同じように、レオニダスを呼び出した所長さんは驚いたように私を見た。


 それに、私は笑みを返して、すぐにお巡りさんへと視線を向ける。


「本当に探偵か? 怪異を操って美味しい思いをしてるんじゃねぇだろうな?」


 その顔は怒りと嫉妬と……まぁあんまり愉快なモノじゃない。

 だけど、こちらを同類扱いはして欲しくないな。


 私がちょっとイラっとしていると、探偵さんが私の手当を続けんがら、淡々と答える。


「探偵だよ。

 この建物のように怪奇現象というのは実在している。そして同時に怪奇現象を人知れず解決して回る怪奇現象を専門とした怪異探偵というのも実在しているんだ。それが我々だ」


 応急処置を終えたのを確認すると、所長さんは立ち上がってお巡りさんの方へと身体を向けた。


「その怪奇現象の専門家から見ても解せないコトはある。

 ここの怪異は人を殺すが、人を消すコトはできない。では消えた人々はどこに行ったのか――という点だ。出来れば教えて欲しいが、可能かな?」

「…………」


 お巡りさんは所長さんを睨むだけで答えない。

 それならそれでいいや。私には見当がついているから。


 私は立ち上がり、スカートの埃を軽くはたいてからお巡りさんを見た。


「お巡りさんが答えないなら、私が代わりに答えますね」

「小娘……」


 うあ。怖!

 すっごい顔で睨んでくる!


 だけどまぁ、横に所長さんがいるから大丈夫大丈夫。


「裏の雑木林。そして、畑」

「ん? 雑木林は分かるが、畑もそうなのか?」

「綺麗なうねが出来ていて、さも種を植えたばかりような雰囲気を出してますけど……畝の中に死体を埋めてますよね?」


 昼間感じた違和感の正体。

 あの畝、なんていうか綺麗すぎる気がしたことだ。


「雑草がないとかはまぁ当たり前なんですけど……それにしても、人が入ってくるのを拒絶してるくらい綺麗だったので。

 周囲が畑に囲まれている場所で、畝のように土を盛って、その盛り土の中に死体を埋めておけば、少なくとも周囲の目は誤魔化せますよね」


 いつまで経っても作物が育たないことに疑問を抱く人も出てくるかもしれないけれど……。

 地域振興で殺人やらかしているような人たちだからなー……。


 どこまでグルなのか分かったもんじゃないし。


「ふむ。なるほどな……雑木林にばかり捨てていると、いずれ死体が溢れるとでも思って、畑に切り替えた……と、いったところか?」

「…………」

「所長さん。付け加えるなら、私たちを――いえ、このビルで人を襲っている理由も想像できますよ」

「ほう。聞かせてくれるか?」

「ようするに話題性が欲しかったんですよ。

 怪異が実在するビルであろうと、人の噂なんてすぐに廃れるモノ。

 だからこの町の人たちは、定期的に心霊スポットを見に来た観光客をこのビルに案内して襲う。

 私の友達もそうだし、しぎ……明城シガタキさんもそうですけど……この手の人たちってダメって言っても夜に肝試しとかするので。

 夜に行くなと言ったのに進入して怪異に消されてしまったというていにするコトで、新しい噂として利用してきたワケです。

 実際に怪異に殺さたのであれば遺体を運んで。怪異が発生しないなら、今回のように襲いかかって証拠隠滅しつつ遺体を運ぶ。

 そんな感じだったんだと思います」


 所長さんは、ふむ――と小さく息を吐くと、お巡りさんに向き直る。


「彼女の推理は当たっているかどうか確認したいんだが、答えられるか?」

「…………」


 鋭い視線を向ける所長さんに、お巡りさんはゴクリと唾を飲む。だけどすぐにすっとぼけた顔をして答えた。


「どうだかな。オカルト現象で人が死んだだけなら、原因不明の事故死だし、姿をくらましたなら原因不明の行方不明だ。問題にはならねぇだろ」

「なるほど。一理ある」


 私がムッとなっている横で、所長さんは小さくうなずく。

 だけど、そんな所長さんに対して、全くの第三者の声が反応した。


「確かに一理あるが、無理もある」

「誰だ!?」

「県警の者だよ」


 現れたのはスーツ姿にオールバックのイケメンだ。

 細身で長身で、細いフレームのメガネを掛けた色白の人。

 イケメンていうよりも、美人の方が近い気もする。


 手を後ろで組んで偉そうに歩いてくる姿は、ちょっとイケ好かないけど。


「け、県警……!?

 だが、だが……オカルト現象で人が死んだだけだぞ!」


 声を裏返しながらお巡りさんが叫ぶ。

 だけど、県警さんはやれやれと首を振りながら告げた。


「本当にオカルト現象で人が死んでいただけならな。

 それこそ貴方の言う通り、原因行方不明事件でしかない」


 一度そこで言葉を切り、軽く目を伏せる。

 なんとなく芝居がかった人だなぁ――とか思ったりして。


 ややして、県警さんは顔を上げると、お巡りさんへと刃物のように鋭い視線を向けて告げる。


「だが遺体を遺棄し、あまつさえ死人がでなくなったら観光客に手にも掛けていたというのであれば話は別だ。

 オカルト現象なんぞ眉唾だが、オカルト現象にかこつけた殺人であればそれは立派な事件だろう? 県警のオレにも出る幕もある」


 それはその通りだと思う。

 極端な話、ヴィジター・ガーダーが殺した人を隠すだけに徹されていたならば……いや、でもダメか。


 結局、そのうち雑木林や畑から骨とかが見つかって鑑定されて、悪事は暴かれていた可能性は大いにありうるし。


「何よりお前は今銃を握り、探偵が銃に撃たれた女の子を手当している。お前を逮捕する理由には十分な証拠が、オレの前に揃っているように思えるが?」


 ハッとしてお巡りさんが自分の手元を見る。

 うん。オカルトの話が広がりすぎててちょっとリアルが薄くなってたけど、リアルの証拠だけでも十分なんだよね。


「おい探偵。オカルト現象とやらはどうやって人を殺す?」

「手段は分からないが、動機なら分かっている」

「それは?」

「この建物は自分を傷つける者に容赦がない。悪意があるなら尚更だ」

「逆に言えば傷つけなければ敵と見なされないんだな?」

「ああ」


 所長さんがうなずくと、県警さんはフンと鼻を鳴らして振り向いた。

 そっちに視線を向けると、結構な数のお巡りさんが並んでいる。


「オカルトなど眉唾だとは思うが、念には念をだ。

 お前たち。聞いたな。中で倒れている者たちを運ぶ際に、十分な注意をして運べ!」


 指示を飛ばす県警さん。


 そこへ――


「ク……クソッタレ! まだ一発残ってんだよ!!」


 悪足掻きするようにお巡りさんは銃を県警さんへと向ける。

 次の瞬間、イヤな予感がして私は叫んだ。


「殺しちゃダメ!」


 私の声が響いた直後、銃声が響く。


「ぐううううう……」


 撃たれたのは、銃を構えていたお巡りさんだ。

 手を打ち抜かれて血を流している。


 どうやらヴィジター・ガーダーが自分の意志で、お巡りさんを攻撃しようとしたようだった。

 なんとなく、そんな気配がしたんだよね。ただの私の直感だったんだけど。


「誰だ? 今、誰がヤツを撃った?」


 戸惑う県警さんに、私は告げる。


「ここの怪異ですよ。ここの怪異は、この建物で過去に起きた出来事を利用して攻撃してきますので」

「つまりこの建物で過去に銃撃があったと?」

「一秒前でも過去は過去です」

「……なるほど……」


 私の言葉に、県警さんがそれはそうだ――と納得しかけたところへ、だけど私は敢えて付け加えた。


「ちなみに怪異現象を確認した限り、薬物の売買と、それを利用した乱交、さらには銃撃戦もデータとして怪異は持っているようでした」

「情報源がオカルトであろうと精査する必要はありそうだ。その際には協力して頂けますか、お嬢さん?」


 睨むように問われ、困ったように探偵さんへと視線を向ける。


「彼女の学業に支障がでない程度なら、貸し出しましょう。報酬はいただきたいところですが」

「ふむ。警察としては報酬を出すのは難しいが、オレ個人が出す分には問題ないだろう。高級レストランでの食事などはどうかな?」


 高級レストランの食事……!

 ちょっと、気になっちゃう!


「是非」


 目を輝かせてうなずくと、とても困ったような顔で県警さんは所長さんへと言った。


「誘ったオレが言うのもナンだがな、探偵。

 このむすめ、色々と危なっかしくないか?」

「ああ。優秀さと人格は別問題だというのを実感している」


 え? 二人ともなんか酷くない?

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