人恋いマンション - ヴィジター・ガーダー - その10


 能力舎の核に名前を付けて、それからいくつかのお願いをした。

 それらを快諾してくれたので、私は振り返る。


「あ、置いていかれちゃった」


 そりゃあ黙ってきびすを返しちゃったしね!

 自業自得といえば自業自得なので、素直に一人でみんなのところに帰ろうと思います。


 そうして私が二階の部屋の近くへ行くと――


「リスハッ!?」


 綺興ちゃんの声の悲鳴のような声が聞こえてきた。


 私は慌てて廊下を駆けて、部屋に飛び込む。


「綺興ちゃん! リスハちゃん!」


 すると、リスハちゃんの姿はなく――だけど、鉄パイプのようなモノを持った見知らぬおじさんがいる。


 ともあれ、これってどんな状況?


「誰? 何が起きているの?」

「リスハがそいつに殴られて消えちゃった……!」

「なんだ? もう一人いたのか?」


 おじさんがこちらに向く。

 ……さっき、玄関で見た人に似てる気もするな。


「敵意の強い人はこのビルに入れないらしいんだけど」

「凶器を持ってなきゃ入れたよ。このパイプは中で拾った」


 ああ、もう!

 人恋マンションヴィジター・ガーダーのガバガバセキュリティ!!


「あの消えたガキは何だ?」

「言うと思う?」


 こういう駆け引きみたいなの、正直苦手!

 あと、おじさんが怖い! ぶっちゃけお化けや怪異より怖い!


 だけど、おじさんがこちらに注目しているなら、上手く振る舞って釘付けにするしかない……はず。


 何が正しいかわかんないけどね!


音の在処はかつての叙情コミック・サウンド・メトリック


 この部屋にある使えそうな音を探す。

 どうしてこう――私自身がピンチの時に近くにある音が、えっちな音ばっかりなのか、神様に問い合わせたいところだけど、今は捨て置く。


「可愛い顔して肝が据わってるな、お嬢さん」

「虫の化け物や、勘違いクソ男、さらには透明人間……怪異や化け物の類に押し倒されたり操られたりで貞操の危機に陥ったのは一度や二度じゃないですから」

「それはそれでどうなんだ?」

「真顔でツッコミやめてくれません? 地味にクるんで」


 そういえば私って、怪異が絡むとだいたいえっちな目にあってるな。何かの呪いかな?


「まぁともかく。そんなワケで多少は、ね。

 恐怖に対して一歩踏み出すくらいの勇気は、持ってます」


 音を一つ掴む。

 その音を目で見えなくても、掴むという動作が必要になる以上は、目ざとい人からすると、どうしても気になるんだと思う。


「お前、今何を掴んだ?」

「虫とかですよ」


 誤魔化し方としてはかなり苦しいのは自覚している。

 だけど、これ以外に言いようがない。


「お前、この建物の怪異を操れたりするのか?」

「…………」


 近いところまで見抜かれた。

 ……可能な限りは誤魔化していかないと。


「まるでおじさんはこの建物の怪異について知ってるみたいですね。

 この建物で死んだ人を食べてるのっておじさんですか?」


 訊ねると、おじさんから表情がスコンと抜ける。

 あれ? もしかして選択肢ミスった?


「どうやってそんな考えに至ったか知らねぇが、お前も喰われたいようだな」


 おじさんが完全に私をターゲットにした次の瞬間――


「うおおおお!」

鷸府田シギフダさん!?」


 男の人が背後からおじさんにタックルをした。


「うお……この!」


 たたらを踏むおじさん。

 直後、鉄パイプを構えなおして――


「過去の音と一つになれッ!」


 それが鷸府田さんに振り下ろされるより先に、私はおじさんに音を押しつける。


「あふん」


 次の瞬間、おじさんは白目を剥きアヘ顔になって、その場に崩れ落ちた。


 私の能力を知っている綺興ちゃんが訊ねてくる。


「……どんな過去の出来事を押しつけたの?」

「この部屋に残ってた、ガンギマリ絶頂している中毒者の感覚?」


 正しくは射精音らしきものだけど、口にはしない。

 したくない――ともいう。


「目が覚めた時、このおじさんの正気残ってるのかしら?」

「元々正気だとは思えないけど」


 見下ろしながら二人でおじさんを見下ろしていると――


「二人とも危ないッ!」


 鷸府田さんの声に私たちが顔をあげる。

 直後――


「ぐあッ!?」


 鷸府田さんのうめき声が聞こえてきた。


「もう一人いたのッ!?」


 周囲を見回そうとして、私のほっぺたを何かが強打した。


「……がっ!?」


 身体が浮く。

 地面に転がる。

 受け身がとれない。

 何が起きた?

 ほっぺたが痛い。

 顔が痛い。


 倒れちゃったから床しか見えない。


「あぐ……」

「存歌ッ!」

「テメェも黙れッ!」

「……ぁ」


 か細い綺興ちゃんの声と、ドサっと倒れる音。


「綺興ちゃ……ぐぅぁッ!」


 立ち上がろうとしたら頭を誰かに踏みつけられた。


 痛い。

 痛いけど、そんなことより綺興ちゃんを……!


 無理矢理に立ち上がろうとすると、足がどく。

 この隙に――と思ったら、勢いよく頭を踏み直された。


「……!」


 目が回る。チカチカする。ズキズキする。


「多少怪異を味方にできるからって、調子のってんじゃねーぞガキ!」


 お腹の蹴り上げられて、ゴロゴロと身体が転がっていく。

 自分で止められない。止めたくても身体が動かない。


「あ、ぅあ……」


 声が出ない。

 お腹がくるしい。気持ち悪い。

 頭がいたい。ぐるぐるする。


「君!」

「残りのバカどもも動くなよ!

 転がってる女どもの手当なんてしようと思うな!」

「こんなところを探検しようなんて企画しなければ……」


 どこからか鷸府田さんの声が聞こえてくる。


 それは違う。

 別に怪奇スポットを巡ることは悪いことじゃない。

 いや、悪いこともあるかもだけど……だけど、少なくとも、今するべき後悔はそれじゃあないと思う。


 そう言いたいけど、声が出ない。

 少なくとも、このビルに関しては……悪いのは……それを利用している……人、たち……だ、から……。


 やば……瞼が、かってに……。


 そこで、ふっと私の意識はとぎれた。

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