人喰いマンション - ヴィジター・イーター - その5
「結構、人入ってるんですね、ここ」
「ああ。宿泊客でなくても利用できるし、味もいいと評判らしいからな。
町の外からだけでなく県外からの利用客もいるらしいぞ」
「へー、それはちょっと期待しちゃうかも」
テン・グリップ・インの二階にあるレストラン『フラワーロード』。
中は広く、各席がかなりゆったりとしていてお洒落な雰囲気。
それでいて変に気取った感じはなくて、フランクに利用できそうな雰囲気が良い感じ。
ビュッフェ形式で、ドリンクバーには無いドリンクやアルコールは、スタッフさんを呼んで注文するスタイルだ。
私と所長さんは、ビュッフェ台に近い席。
お互いに好きなモノを持ってきて、ソフトドンリンクで軽く乾杯をしたところだ。
「所長さんはお酒飲まないんですか?」
「まだ仕事が終わってないからな。想定外のトラブルが発生した時に、酔っているワケにはいかないからな」
「なるほど」
所長さんはやっぱり真面目な人だ。
なら、私もお酒はナシにしておこう。
そのまま他愛のないお喋りをしながらご飯を食べ始め――
「ん~……! このローストビーフおいしい~……!」
柔らかいのにお肉の味はしっかりしてて、それでいてとろけるようで……。
一緒に飲むドリンクは赤ワイン――ではなく、ワイングラスに注がれた、赤ワイン風に仕上げたというブドウジュースだ。
「君は本当に美味しそうに料理を食べるな」
「そりゃあ美味しいんだから当然です! 美味しいモノは難しい顔して食べるモノじゃあないでしょう?」
「なるほど。一理ある」
フッと、あの優しい笑みを浮かべて、所長さんは山盛りのサラダを一口食べた。
あれだけ山盛りなのに野菜ばっかり……?
もしかして、ビーガン? いや、でも……蒸し鳥みたいのもいっぱい乗ってるな?
っていうか、ふつうにお肉の入っているアジサシカレーも食べてるから、違うか。
そんなこんなと、お互いに食べ進め、二皿目を持ってきた辺りで、所長さんが少しだけ真面目な顔をする。
「さて、改めてあの部屋の中で何があったか聞いていいかな?」
「あ、はい」
おかわりしてきたローストビーフを飲み込んでから、私はうなずく。
「助けてもらった時にも言った通り――」
突然、目に見えない気配もしない男たちに肩を抱かれ、部屋の中へと連れ込まれた。
その後は、身体が勝手に、気配のない男たち相手に遊ぼうとしはじめた。
場所が場所なので、下ネタ方面に行きそうなところをギリギリでボカしつつ説明する。
「身体の自由が戻ったのは?」
「所長さんがドアを開けた瞬間ですね」
「ふむ……部屋を閉め切るとダメなのか?」
「どうでしょう。部屋の前で私は捕まったワケですし」
「それもそうか」
条件はともかく、現象そのものがどういうモノかの推察はできているんだよね。
「ええっと、かなり推測混ざるんですけど……正体は、何となく分かってるんですよ。この現象」
そのことを口にすれば――所長さんは驚いたような顔をする。
「そうなのか?」
「これって、たぶんですけど……私の能力の上位互換あるいは同型亜種だと思います」
「……過去を再現しているのか」
「はい。この現象は、何らかの条件を満たすと、過去の出来事を人やモノを操る形で強制的に再現させられる。
意識までは乗っ取られませんが、抵抗を諦めたり、境遇を受け入れたりすると、意識まで乗っ取られて、人格まで再現されるんだと思います」
「どうしてそこまで分かった?」
「実際、諦め掛けた時に、自分の精神が別の何かに変質していくような感覚があったので……」
「俺が飛び込んだのはギリギリだったか」
「はい。助かりました」
欲を言えば、もう数秒早く助けてほしかったけれど――まぁそこは結果論なので口を噤みます。助かったことには間違いないし。
「体験した君に聞きたいんだが、この能力で人は殺せると思うかい?」
「間違いなく」
出来るか出来ないかでいえば間違いなく出来る。
「あんまり考えたくないんですけど……私が操られる直前に銃で撃たれたじゃないですか。あれもたぶん、再現能力の一部だと思います」
「なるほど。それなら発砲した犯人が見あたらなかったのも説明がつくな。
そして、過去に銃が使われる出来事があの建物の中で発生していて、それの被害者を再現させられるのならば怪我をする、か」
「現実での被害者は助かっていたとしても、能力による再現を受けた後、誰も手当してくれなかったら……みたいなコトはあまり考えたくないですけど」
「十分にあり得るが……その場合、不可解なコトが浮上するな」
「不可解?」
目の前で焼いて貰えたというランプステーキを、ナイフとフォークで上品に切り分けて食べながら、所長さんは少し難しい顔をしてうなずいた。
「なぜ人喰いマンションと呼ばれるようになったのか……だ」
「え?」
「過去の出来事の再現。それが人喰いマンションの怪異の正体であるならば、人喰いマンションと呼ばれた理由そのものと矛盾する」
「それはどういう……」
人喰いマンションの名前の由来って、中に入った人か帰ってこなかったってヤツだよね?
死んじゃえば帰ってこないワケだし、別に矛盾しないような……。
「ん?」
わたしのハンドバッグから、バイブ音が聞こえてくる。
「ちょっとすみません」
所長さんに断って、ハンドバッグからスマホを取り出すと、そこには綺興ちゃんの名前が表示されていた。
「綺興ちゃんから?」
……Linkerの通話モード?
「出て構わないぞ。周囲の迷惑にならないようにな」
私は所長さんにうなずいて、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
《存歌ッ、良かったッ! 出てくれたッ! 存歌ッ、助けてッ!!》
そうして聞こえてきた綺興ちゃんの声は、とてつもなく切羽詰まったようなモノだった。
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