人喰いマンション - ヴィジター・イーター - その3


「リスハが核の場所を分かれば手っ取り早いんだがな」

《さすがにそれはちょっと無茶な注文ね》


 エントランスを見回しながら、所長さんが口にする言葉に、リスハちゃんが苦笑したような声色で返事をする。


 建物の中は、放置されてた建物って感じ。

 エントランスから伸びる廊下の窓は、一部は割れ、一部は開け放たれている。


 だから、風そのものは通るからか、埃っぽさは少ない。

 でも、近くの畑や荒れ地から砂埃は大量にはいってはきている感じ。


 それのせいで、髪の毛ゴワゴワなりそうでやだなぁ……。

 風が強い日に畑の近く通ると、髪の毛すごいことになった記憶が無数にある。


「いくつかの会社が入っていて、ここで一括案内していたようだな」

愛染あいぞめ損保ってテレビでCMとかやってる会社ですよね」

「チャム・ユニーも有名だぞ。ペット用品などを作っているところだ」

「あ、聞き覚えあります」


 などなど、結構な有名な会社の事務所として使われていたようだ。


「何で使われなくなったんですかね?」

「建物そのものの管理人、氷徳ヒトク氏が亡くなったんだ。

 相続人はおらず、あとを継ぐ者もいなかったらしいな」

「オフィスビルなのに、個人でやってたんですか?」

「住居にはしたくなかったそうだ。

 なので管理会社に依頼して管理しつつ、オフィスビルとして運営することになったらしいんだが……自分が死んだり、行方不明などになった場合は、取り壊すようにしたいと、生前から言っていたようでな」

「……それ、その氷徳さんとやら、厄介ごとが発生するコト前提のような感じしません?」

「同感だ。

 そして、氏が亡くなったので、利用している会社には出て行ってもらい、最後に取り壊そうとしたのだが――その時点で、どうにも怪異が発生していたようだ」

「怪異が取り壊すのを妨害したせいで、放置されていまに至る……と?」

「ああ。そんな感じだな」


 そのままホラースポットになって、入り込んだ人が行方不明になるような人喰いマンションに至った、と。


 経緯を聞くと、建物が壊されるのを嫌がっただけのようにも感じちゃうな。


「人を行方不明にする能力……正体は分からないが、探っていくしかないんだよな……」

「所長さん?」

《先生、もう核を壊して終わらせたくなってるでしょ?》

「それが一番ラクだからな」

《わお。脳筋発言》

「調査は好きだが推理は苦手だ。しないに超したコトはない」

《いつもいつも最後は腕力でも過程は推理力発揮してるじゃない結局》


 茶化すようなリスハちゃんに、私は思わず笑ってしまう。


「まずは一階。東側の廊下を歩くか」


 エントラスを見て回っていても怪奇現象らしきモノも発生しないので、歩き回ることにしたようだ。


 廊下の途中で、扉を開けて中を覗く。

 机とかは撤去されているのでガランとしているけど、ここに棚とかパーテションとかもいっぱい並んで、ギッシリしてたんだろうなぁ……と、テレビとかで見かけるイメージと雑に重ねる。


 人がいれば賑やかで活気があって手狭な部屋も、モノが無くなり人もいなくなれば、何とも寂しいがらんどうだ。


「隣と繋がっている部屋もあれば、ない部屋もある……か。

 オフィスとしては繋がっている方が便利そうだが……」


 そう口にしてから、所長さんは私を見た。


「どうしました?」

「いや、能力は使っているのかと思ってな?」

「あ」


 そうだ。使おう使おう。


「今、使いますね」


 そうして私の目に、過去の音が文字として映りだす。


「…………」


 ……最初に飛び込んできた文字に、思わず胡乱うろんになった。


「怪奇スポットってえろ騒ぎ会場を兼ねてるんですか?」

《勝手に進入して勝手に騒ぐ奴らって、基本的にホラーマニアか、怖いもの知らずのイケイケウェーイな連中のどっちかだしね》


 何やらリスハちゃんの言葉が冷たい。


《前者はともかく、後者は建物や見えないモノに対する敬意ってヤツがないのよ》

「まぁ、何となく分かるかなぁ……」


 もしかしたら所長さんが購入する前の有守原アリスハラビルにもそういうのが入り込んでいたのかもしれないなぁ……。


「ほかには何かあるか?」

「うーん……」


 私とリスハちゃんのやりとりがひと段落したところで、所長さんが訊ねてくる。


「なんか打撃音とか、グシャとかビシャって文字もちょっと見えるの恐いんですけど……」

「犯罪の温床のようになってるようだな。とっとと怪異を片付けて取り壊した方が治安の為になりそうだ」

「同感です」


 さらに周囲を見回していると、なんとも妙な音を見つけた。

 日常的にはあまり見掛けない擬音な気がする。


「二つ先の扉のところ……周囲の音とはちょっと違うデザインの文字がありますね。ここからだとよく分からないんで、近づきたいです」

「わかった。だが警戒はするぞ」

「はい」


 私一人だとトタトタと駆け寄っちゃいそうだけど、所長さんがストッパーになってくれるのはありがたい。


「……バァンって感じ音ですね。ちょっと触ってみます」

「いつくらいの音だ?」

「んー……ここが棄てられてからの音だとは思いますけど……」


 手を伸ばして、触れる。

 完全な情報は手に入らないけど、音の発生源とか状況とかは漠然と分かる……。


「え? これ、鉄砲の音……?」

「なんだと?」


 所長さんが訝しんだ次の瞬間――


 バァンという音が聞こえてきた。


「……ッ!」


 思わず身を竦ませる私を抱き寄せるようにしながら、所長さんはしゃがみ込んだ。


「銃声だったな。どこからだ。

 俺たちを狙っているのか? それとも別件か?」


 心臓がバクバクしている。

 お化けとか不可思議現象とかに対する覚悟はあったけど、さすがに銃声はない。


 撃たれた大怪我しちゃうとか、撃たれたら死んじゃうみたいなことばかりが頭を支配して、それ以外が考えられない。


 完全にビビって動けなくなっている私の頭上から、所長さんの鋭い声が聞こえてくる。


強みの強気は無敵な強みパワー・オブ・パワー!」


 直後、バァンバァンと複数回の銃声が聞こえてきた。

 所長さんはレオニダスさんを呼び出すと何かに向かって拳を振るう。


「弾けッ、レオニダスッ!!」

「ひいぃッ!?」


 視界の外で繰り広げられる何かに、私は頭を抱えて小さくうずくまる。

 怖い……なんか、虫の時とは比べものにならないくらい怖いんだけど……!


「奥の部屋かッ!」


 所長さんは地面を蹴って、一つ先の扉を開け放つ。


「……誰もいない……のか?」


 置いてかれた――というほど離れてはないんだけど、なんか一人にされるのすっごい怖いので勘弁してほしい。 


 私は慌てて立ち上がり、所長さんの近くへ行こうとした。

 すると、すぐ側の扉がゆっくりと、だけど確実に開いていく。


 扉が……勝手に?


 まずい!

 そう思って声を上げようして――


(あ、あれ? こえ、でなくない?)


 怖くて声が出ないというよりも、出させて貰えない感じ。

 虫にたかられた時にも似た、かなしばりに近いもの。


 こ、こんな時に……!


 誰かが、私の肩を抱く。

 誰かが、私と肩を組む。


 ……その誰かが、私の目には映らない。


 息づかいが聞こえる。温度を感じる。だけど、何も見えない。

 部屋の中へと連れて行かれる。足が勝手に動く。


(まずいまずいまずい……!

 所長さん! リスハちゃん! 気づいて……!!)


 馴れ馴れしい感じ。

 見えない誰かは、間違いなく男。

 それも、個人的にはあんまりお近づきになりたくないタイプ。


 リスハちゃんの言うところのイケイケウェーイ系っぽい雰囲気。


 それを感じるのに、私を部屋の中へと連れ込む男たちの姿は透明なまま――透明と言うよりもまるで存在感がない。だけど私は触れられている。意味が分からない。


 何かが私と重なる。

 何かが私と一致する。


 そう感じた瞬間、私から意識以外の自由が急速に失われていく。


 身体が勝手に動く。

 汚れた床に腰を落とす。


 お尻は床に着かないように。

 ややつま先立ち気味で、膝を立ててる感じ。

 端から見ると両足合わせてアルファベットMに見えなくもないしゃがみ方。


 身体が硬いせいでこの体勢めっちゃキツいんだけど、私の身体を操るだれかはそんなことお構いなし。絶対、筋肉痛になるから止めて!


 そのまま左右の透明人間のどこかをさする。

 物欲しそうに、いとおしそうに……。


 いや待って!

 これは相手が透明どころか存在感ゼロ人間が相手でも色々とシャレにならないんだけど……!


 あと足痛い。腰痛い。はやくこの体勢やめて!


 手が勝手に動く。

 何もない空間を摘み、何かをゆっくりと下に下ろす。


 右手だけじゃない。

 左手でも同じ仕草を別の方向にする。


 両手の上に細長い何かが乗る感覚。


(あああああ、考えたくもないんだけど……!)


 能力を発動する。

 目に見えてくる音は、ようするにそういう音の群れだ。


 その音を再現するように身体が動く。

 服が、勝手にはだけていく。


(待って待って待ってッ!)


 またこういうのが相手なの……ッ!?

 身体が勝手に動くから余計にイヤなんだけどッ!!


 私の胸中の嘆きなど当然無視されたまま、目には映らぬ何かに向かって、私の身体は舌を伸ばし始めた。


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