未来予血の筆記具 - ブラッド・ライナー - その2


 本校舎の裏庭。

 ベンチは置いてあるし手入れはされているんだけど、なんか鬱蒼としていて、ジメっていて、ちょっと人気のない場所だ。


 私と綺興ちゃんは今そこへ来ている。


「それで、何がヤバかったの?」

「血の色をした妖精っぽいのがいたの。それが綺興ちゃんの足に絡みついた」

「人を転ばせる怪異?」


 この中庭は密談にはぴったりだ。ここなら、多少怪異や能力の話をしても聞き耳を立てる人は少なそう。


「違うと思う……血が欲しいから綺興ちゃんを転ばせる的なコトを言ってたし」

「血が欲しいから転ばせる?」

「うん。綺興ちゃんが転べば予知が事実になるとかなんとか」

「マジかー……」

「私もマジかー……って思ったけど……」


 直前にそういう話をしていたんだ。

 そこで血の色をした妖精が現れて、血を求めて、予知がどうこう言っていたなら、もうほとんど答えのようなモノだ。


「予血ペン。誰かが使ってるってコトだよね?」

「そうだと思う。そして予知ペンの正体は――」

「その血の色をした妖精……」

「うん。いくつか気になるコトはあるけど、十中八九は」


 綺興ちゃんが頭を抱えながら天を仰ぐ。


「手に入れたら使ってみようとは思ってたけど、マッチポンプかよー……」

「綺興ちゃんはそこを嘆くんだ」

「本当に予知してくれるなら、ちょっとお試しくらいはしたいじゃない?」

「まぁわからなくないけど……今使っている人が死んだりしたらー……とはならない?」

「手にした奴が勝手に破滅しようとも、正直わたしには関係ないなーって」

「そこはドライなんだね」

「自分とか友達とか家族とか? その辺りに影響が出てくるなら、ちょっと話は変わってくるけどさー」


 ふーむ……。

 綺興ちゃんの考えはともかく、私はどうだろう。

 

 予血ペンを使っている人をどうしたいのだろうか。


 助けたい……?

 いや綺興ちゃんほどじゃないけど勝手にすればいいって思うな。


 懲らしめたい……?

 それをする理由もないかな。別に何かやらかしているワケでもない。


 腹立たしい……?

 あ、これはちょっとあるな。綺興ちゃんがケガしそうだったし。


 ……あ、なるほど。私の感情的にはこれが近いのか。


「持っている人はともかく、私は予血ペンを叩き割りたいかも」

「おっと。存歌にしては過激」

「他人にケガをさせてマッチポンプを作るって何か腹立つし。

 あ、これだと持ち主も同じかな。他人がケガする予知を見てるのに、抗う気ゼロっていうのもなんだかなーって」


 うん。これもあるな。

 事前に、綺興ちゃんが転ぶって予知がされてたなら、多少は警戒して助けてみようとか思わないのか……みたいな。


「……そっか。これが探偵さんの言ってた、後天的に超能力とか手に入れると調子に乗る奴が多いって奴か」

「いやな予感しかしなくなる言葉だね……」

「本当にね」


 ともあれ、綺興ちゃんも私と一緒に予血ペンを探してくれることになった。


 それはそれとして、何かあった時の為に武器を見つけておいた方がいいかな?

 この裏庭に使えそうな音とかあったりして――


 ……あー……人目つかない場所だもんね。

 そういうお盛んなカップルとかいたんだね……。


 それにしても結構、絶倫っぽいな。そんな感じのフォントと音だ……。


 しかし最近、そんな音ばっかり見てる気がするよ……。


「どうしたの存歌?」

「ここ、独りの時に来たらダメな場所っぽいなーって」

「どういうコト?」

「性欲お化けみたいなのがいるっぽい? 襲われちゃうかも」


 実際は人間だけど、この方が綺興ちゃんも近寄らないでくれるはず。


「……わかった。近づかない」


 もちろん。私も今後は近づかないことにする。




 さて、密談の結果として――自習の予定は変更だ。

 お互いに次の授業の時間まで、一緒に学校内で予血ペンを探すことになった。


 ・

 ・

 ・


 まぁ、ペンはもちろん、持ち主も見つからなかったんだけど……。

 いやこれ、冷静になってみると探すの無理では?


 ・

 ・

 ・


 そうして、現在十七時半頃。

 授業を終えて食堂へとやってきた。


 帰ってどこかで食べてもいいんだけど、なんかもう面倒なのでここで夕飯。

 幸いなことに、ここの食堂は二十一時までやってるんだよね。

 なんでも、夜は教授や事務員さんたち向けでもあるんだとか。


 そこはかとないブラック感があるけど、まぁ徹夜で研究やら実験やらみたいなこともあるらしいし。気にしないでおこう。


 お昼時と違ってガランとしてるんで、席を取っておく必要はない。

 カウンターで卵綴じカツ丼とサラダを受け取り、トレイに乗せて、適当な席へと腰をかけた。


 結局、探しても見つからなかったんだけど、ペンの持ち主って、お昼の時点だと食堂ココにいたんだよね。

 そうじゃないと、綺興ちゃんが転ぶという事実を確認できないワケだし。


「……あ、そっか。それなら」


 あのぴろぴろという音と文字は特徴的だ。

 能力で確認する時間を今日の昼頃にして、私は食堂を見回す。


 すると、ちょうど私が座っていた辺りにぴろぴろの音が踊っている。


「お昼にこの辺りに座っていた人――が、わかったら苦労しないか」


 そんなことを思いながら、隣の席の周辺に踊るぴろぴろという文字に触れた。


 血血血血血血血血血あの女気づいてた

 血血血血血血血血血あの女見ていた

 血血血血血血血血血あの女殺さなきゃ

 血血血血血血血血血予知しよう予血しよう

 血血血血皿血血血血女の破滅が君の幸せ

 血血血血血血血血血をちょうだい予血するよ

 血血血血血血血血血襲ってみよう犯してみよう

 血血血血血血血血血なぜか君の女になるよ

 血血血血血血血血血そして君は幸せになれる

 血血血血血血血血血ところで皿って字を混ぜてみた

 血血血血血血血血血それに何の意味があるの

 血血血血血血血血血特に意味はないよ


「…………タゲられてるじゃん」


 いや、どう考えても私だよね。狙われてるの。

 それと皿って、破滅がどうこう言っている妖精が混ぜてたよね。


 しかし『犯せば君の女になる』ってどういうことだろう。


 どっちにしろ、そんな予知がされたら、持ち主はどう考える?

 いやどうもこうも、他人がケガするかもしれない予知を聞いても、傍観するような人だしな……。


 まずいぞ、これー……。

 カツ丼食べたらとっとと帰ろう、うん。


 自分なりに精一杯の速度でカツ丼を食べて、お水をグイーっと一気のみ。


「よし」


 ドンと音を立てる勢いで、空のグラスをトレイに乗せた。

 トレイを返却口に戻し……綺興ちゃんとは合流予定がないので、大丈夫か。


 ……いや。Linkerにメッセージは入れておこう。


 内容は……そうだな。


《妖精たちに私の存在がカン付かれている》

《予知を利用して私に危害を加えてくるかもしれない》


 ……で、いいかな。

 なんか心配かけちゃうんだけど、入れておいた方が何かあった時に対応してもらいやすくなるはず。


 さて、あとは無事に帰れるかどうかだな。

 しばらくはちょっと学校くるの怖くなっちゃうけど、仕方ないか。


「あ、君」

「はい?」


 そうして食堂から出ようとする私に、男の人が声を掛けてくる。


「カツ丼食べてたよね?」

「え? あ、はい……?」


 その人は長身で結構イケメンだ。

 ただ何だろう。チャラそうというか、何人も女の子ひっかけてそうな感じ。完全な偏見だとは思うんだけど……。


 まぁ実際のところ、彼がどういう人格でどういう人物であるかは重要じゃないんだよね。


「なら、君が運命の人だ」

「頭大丈夫ですか?」


 思わず素で返答しつつ、私は目をすがめて彼の周囲を見る。

 彼の周囲を飛び回るぴろぴろという音と文字。そして飛び交う妖精たち。


 どうやら私は、妖精たちの攻勢開始前に逃げることを失敗したようである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る