竜神様の嫁取り

朏猫(ミカヅキネコ)

第1話

「おまえもそろそろ嫁をもらったらどうなんだ?」

「せめてそのくらいの甲斐性はないとなぁ」


 うるさい。言われなくてもわかっている。


「出来損ないでも嫁くらいはもらえるだろう?」


 酒の席での言葉だと聞き流していたが、さすがに「出来損ない」という言葉にはカチンときた。言った奴をひと睨みすると、その隣で杯をあおっている奴が笑いながら口を開く。


「見た目ははな垂れ小僧でも、人なら嫁になってくれるさ」

「はな垂れ小僧とは無礼だろう!」


 思わず怒鳴り返してしまった。すると「そういうところが小僧なんだよ」と次々に笑いが起きる。


「人の嫁をもらうのは古臭いという神もいるが、我ら竜神は人と交わってこそ神通力が増すというもの。昔は生贄という形で定期的に嫁をもらうことができたが、いまは我らのほうから積極的に嫁取りにいかねばならん。わかっているのか?」

「……わかっています」


 さすがに最年長者に怒鳴ったりはできないが、ため息をつく姿には腹が立った。


(誰も彼もが一番下だと侮りおって)


 たしかに五十年そこそこしか生きていないのだから、ほかの竜神たちから見れば小僧のようなものだろう。それでもわたしだって成人した立派な竜神だ。だから嫁取りの話も出ているわけで、酒の肴におちょくられるのは腹が立つ。

 あちこちで「小僧がどんな嫁を取るのか楽しみだ」と笑い声が起きるなか、「そんなに慌てなくてもいいさ」という声が聞こえてきた。


「あなたはたしか……」


 隣で杯を傾けているのは、ここより南にある辰咜山たつたやまに棲む竜神だ。「名は何だったかな」と考えていると、赤い眼がちらりとわたしのほうを見る。


「嫁取りは時期が来れば自然とそうなる。竜神にとって嫁取りは必然だからな」

「そうなんですか?」

「俺は千年近く生きているが、嫁を取ったのはほんの少し前のことだ」

「千年、」


 それは最年長の次に長命じゃないか。さぞやすばらしい神通力を持っているに違いない。そう思って改めて姿を見てみるが……何と言うか、あまりパッとしない印象だ。

 褐色の顔つきはそれなりだが、適当に整えたのであろう髪のせいかくたびれて見える。それなのに着物だけはパリッとしていて、それがさらに珍妙に見えた。


(もしかして、着物は嫁が用意したのだろうか)


 ふと、自分の着物に視線が向いた。竜神の集まりは着物だと言われ、三十年ほど前に仕立てたものを今日も着ている。自分では悪くないと思っているが、古臭く見えるこの着物が若輩者に見せているのかもしれない。


(こういうものは嫁に見立ててもらうのがよいのだろうな)


 竜神を慕う嫁の見立てなら、もう少し立派に見えるのかもしれない。それに嫁を取れば一人前になった証にもなる。これまであまり真剣に考えてこなかった嫁取りだが、いい頃合いかもしれない。


「あなたはどうやって嫁を見つけたんですか?」

「いわゆる生贄だ。俺のねぐらの周辺では、竜神に嫁という名の生贄を差し出すのが慣わしだったからな」

「やはり生贄が一番か……」


 今日集まっている竜神のほとんどが生贄を嫁に迎えている。しかしいまの時代、竜神に生贄を捧げる風習が残っている土地などほとんどなかった。わたしが誕生した土地は古くから人が住んでいるが、そんな場所でさえ古来からの風習は廃れてしまっている。


(我らはもはや昔話や神話といった世界の存在でしかないのだろう)


 そんな存在を心から敬い畏れる人などいないに等しい。これでは生贄を探しても見つからないに違いない。


「生贄で嫁取りをするのは難しいだろう。だから俺の話は役に立たないぞ」

「わかっています。しかし生贄以外で嫁取りとなると、最近の人の女は気難しいと聞くので気が乗らないのが本音です」

「あぁ、俺の嫁は女じゃない」

「……は?」

「男だが気立てがよく歌がうまい。それに柔肌なうえ顔も愛らしい」

「はぁ、そうですか」


 なんと、嫁は女でなくてもよいのか。それは知らなかった。それなら一気に選択肢が広がるが、いざ男の嫁をと考えても想像できなかった。


「なんだなんだ、本当に嫁取りをするのか?」

「嫁を取ればはな垂れ小僧も卒業だな」

「いやいや、小僧の嫁になろうという女はいないかもしれないぞ?」


 またもや馬鹿にするようにあちこちで笑い声が上がった。最年少の竜神ではあるが、そこまで馬鹿にされるいわれはない。それにわたしにだって目をつけている女くらいいる。


「うるさい。わたしにだって嫁候補の一人や二人くらいはいるぞ!」


 啖呵を切る形になってしまったが、実際二十年ほど前に見初めたかわいい子がいるのだ。しばらく見に行っていないものの、あの子も人の世では大人と呼ばれる年齢になっているはず。


(それなら嫁にしても大丈夫だろう)


 出会ったその日に「お嫁さんになる!」という返事も取りつけてある。まだ幼子だったが竜神であるわたしとの約束だ。忘れていたとしても、あのときの返事を言霊として縛れば何とでもなる。


「そうだ、あの子を迎えにいけばいい」


 そうと決まれば善は急げだ。手にしていた杯を膳に戻し、すっくと立ち上がった。

 すると、男の嫁を娶ったという竜神から「まぁ、がんばれよ」と気の抜けた言葉をかけられた。それに小さく会釈をし、うるさい笑い声を背に宴席を後にした。

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