36 ハル様を止める
不満タラタラのままハル様を見やると、彼はセル様の上着から盗聴魔法が掛けられた部品をぶちっと千切った。そして部品に向かって話しかける。
「陛下、ワイアット殿下。ペペはやはり聖獣で間違いないようです。伝承の通り、『
盗聴していたのはハル様だけではなかったらしい。王様とワイアット殿下は、エリック殿下の悪巧みを知ってさぞかしショックを受けていることだろう。
ハル様はいくつか報告をした後、急に暗い声で呟くように言った。
「ワイアット殿下……弟をよろしく頼みます」
緩慢な動作で部品を地面に落とし、気絶しているエリック殿下に近づいていく。そして剣の柄に手を伸ばし……
――ギィィン!
ハル様が振り下ろした剣は、私の翼に弾かれて鋭い閃光を放った。や、ヤバかった。翼がバッサリ切られたらどうしようかと思ったけど、私の体はなぜか剣を弾くらしい。
攻撃を防がれたハル様がゆっくりと顔を上げる。
「ペペ。邪魔をするな」
「ック……クァァッ……」
(こっ、怖いよお。ハル様のこんな顔、初めて見た……!)
ハル様の顔にはなんの表情もなかった。生きている人間とは思えないほど冷たく凍りついた表情だ。悔しさも怒りも感じない。ただ、エリック殿下を殺すという強い意志だけが伝わってくる。
(でもここで
私の気持ちが通じたのか、セル様と親ビンもエリック殿下を庇うように立ち塞がった。
「勝手にエリック殿下を殺しちゃ駄目だよ! 議会で裁判しないと!」
「ウォォン!」
「おまえ達まで……。そこを退きなさい。下衆を始末するから」
「っう……やだっ! どうしてもエリック殿下を殺す気なら、その前に僕を殺してよ!」
セル様の足はガクガクと震えていた。お兄さんの本気の殺意を目の当たりにして、相当なショックを受けたんだろう。でも負けてたまるかと両手を広げて立っている。
弟の言葉を聞いたハル様は深いため息をついた。
「馬鹿なことを言うな、おまえを殺せるわけがないだろう。……頼む、そのクズを始末させてくれ。そいつを殺すのは俺の悲願なんだ。おまえだって二度も殺されかけたんだぞ」
「エリック殿下を殺したあとはどうする気なの? 『谷底行き』になるつもりなの!?」
「……おまえは何も心配しなくていい。おまえが成人して公爵家を継げるようになるまで、ワイアット殿下が後見人になってくださるだろう」
「自分はやりたい事やって、僕を置き去りにするつもりなのかよ!? 兄上のバカ! 僕がたった一人で幸せになれると思ってんの!? 僕を孤独にするぐらいなら、今ここで殺してよぉ!」
悲痛な叫びだった。とうとう我慢できなくなったのか、セル様は顔をくしゃっと歪めて号泣している。弟の涙を見たハル様は呆然とし、俯いて「すまん」と小さく呟いた。なんだか私まで泣いてしまいそうだ。
それまでじっと私たちを見ていたプロクスがのしのしと歩いてきて、ハル様に顔をすり寄せて悲しそうに「グォッ」と鳴くと、ようやくハル様は剣を収めてくれた。
「……悪かった。おまえ達の気持ちを完全に無視していた……。こんな下衆のために、人生を棒に振るわけにはいかないよな」
何気に酷いことを言ってる。この会話、王様にも聞こえてると思うけど大丈夫なんだろうか。
(うぅ、眠い。我慢してたけど、もう限界かも……)
ハル様は収納魔法から縄を出してエリック殿下を縛り、盗聴魔法の部品に向かって何か言っている。もう殺すのは諦めてくれたらしい。そんな様子を見ている間にも、私の目蓋は落ちてきそうだ。
大口を開けてぐあっと
(ぎゃあっ、落ちるぅ!)
「ペギャーッ!」
「っと……。おまえは本当に謎な生き物だな。成鳥になったかと思えば元に戻るなんて」
私を難なく受け止めたハル様が呆れた口調で呟く。そうですね、自分でも謎です。首を傾げる私にハル様はそっと顔を寄せ、蕩けるような笑顔で囁いた。
「弟を守ってくれてありがとう、聖獣よ。心から感謝する」
「ペギャハァ……ッ!」
その顔は反則です。もう昇天しそうです――。
意識が徐々に薄れて、だらしない顔のまま眠りに落ちた。せめてくちばしは閉じておけば良かった。
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