第2話:innocent!【その女は止まらない】
始業式の記憶はほとんど無い。
新しく生徒会長に就任した女子生徒が演説で「前生徒会長の逮捕という不祥事」だとか何とか言っていたが、対して気にもならない。
ただ
隣で
とにかく記憶を掘り起こすが、鶴城ユキという女子生徒なんて知らないし、来翔は正直に言ってしまえばこれ程好みのタイプの女子を忘れるわけがないと思っていた。
そして何より、自分の童貞が何処に行ったのかが気になっていた。
エロ画像にエロ動画。コンテンツ溢れる現代ならムスコのお友達はいくらでも見つかる。
だが来翔のムスコには嫁は居ない筈であった。
少なくともムスコが【婿入り】した記憶など欠片も無い上に、死んでも忘れないという自信が来翔にはあった。
クラスメイト(九割男子)からの追及はあったが、存在しない記憶を語る事はできない。
来翔は全てをはぐらかしている内に時間が経過した。
学校が半日で終わったので、もう放課後。
現在来翔はどうなっているのかと言うと。
「俺は無実だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「事実だよー!」
町の中で追いかけっこ。
絶対に獲物を逃さないと言わんばかりの鶴城ユキから、必死に逃げていた。
なおユキの身体能力が妙に高いせいか、来翔は辛うじて逃げられている状態である。恐らくもうすぐ追い付かれて喰われる。
「逃げなくてもいいじゃん!」
「童貞誘拐犯から逃げるなってのが無理な話だろうが!」
「純愛だったよ!」
来翔は心の中で「記憶に残らない純愛があってたまるか!」と叫んだ。
ちなみに何かを知っていそうな拓真は、いつに間にか姿を消していた。探すより先にユキが襲撃してきたので、来翔は恨み言を吐く瞬間すら無かった。
「せめてボクの話を聞いてよ!」
「ムスコの危機なんだ! 交渉決裂!」
「そのムスコさんで愛の交渉はしたのに?」
「冤罪だ!」
そう叫びながら来翔はスマホを取り出し『Skill Editor』を起動する。
学校のような公共施設では常に『アプリ能力無効化装置』が稼働しているが、今はもう校外。
素晴らしきかな超能力共存社会、多種多様な能力はいつでも日常に居てくれる。
今こそ逃走に向いた能力が目覚める時。来翔は使用可能な能力を確認して……
「なにも無いじゃねーか!」
元々『Skill Editor』は滅多に使わない主義の来翔。
今アプリに入っている能力は「弁当を温める能力」と「飲み物を冷やす能力」だけである。
アプリを切ると、来翔のスマホには真っ白な名無しのアイコンが出ていたが、全く気にしている場合ではなかった。
「んもー! こうなったら」
後ろでユキが何かを言っているが、来翔にそれを気にする余裕はない。
今はただ、自由と童貞を取り戻すために駆け抜けるのみ。
人通りの少ない住宅街に足を踏み入れた、次の瞬間であった。
目に見えない質量が、来翔の身体を掴んできた。
「なっ!?」
持ち上げられているせいで、身動きが取れない。
来翔は必死に身体を動かすが、全て無駄に終わる。
間違いなく誰かが使ったアプリ能力だ。
ユキを疑う来翔であったが、少し意外な犯人がすぐに姿を現した。
「すまないね。義妹に頼みは無下にはできなくてね」
凛とした雰囲気を纏う、黒髪の女子生徒がスマホを片手に立っていた。
制服とリボンの色で、来翔と同じ聖園高等学校の三年である事がわかる。
いや、それだけではない。来翔は彼女の事は知っていた。
「えっと、生徒会長?」
「……そうか。やはりそうなんだな」
何故か悲しそうな表情になる女子生徒。
彼女は聖園高等学校の生徒会長である、鶴城
「てか義妹って……あっ、同じ苗字!」
「そうだよ。私とユキは戸籍上姉妹だ」
「だったら妹の暴走をと止めんかい!」
「暴走か……暴走、なのだな」
微かに顔を伏せる桃香。
拓真もそうだったが、来翔は何か強烈な違和感を抱いていた。
「トーカさん、ありがとう!」
「げっ、追い付かれた」
「安心したまえ高杯。今日の追いかけっこはコレで終わりだ」
「おい待て、今日のってなんだ痛ッ!?」
アプリ能力で持ち上げられていた身体が、急に離されてしまい、来翔は地面に落ちてしまう。
それを心配そうな様子で近づいてくるユキであったが、来翔はすぐに後退ってしまった。
「そんな逃げ方しなくていいのに」
「逆に逃げない理由が無いだろ!」
ジリジリとユキから距離を取る来翔。
そんな彼を見て、桃香は一つの質問を投げかけた。
「高杯……本当にユキの事を覚えていないのか?」
「だから知りませんって! 初対面、俺無実!」
来翔の返事を聞くや、桃香は無言でユキに視線を向ける。
何かが伝わったのか、ユキはどこか寂しそうな様子で小さく頷いた。
桃香はただ一言「そうか」と呟いて、自分を納得させるかのように拳を握りしめた。
「……ユキ、今日は帰ろう」
「トーカさん」
「気持ちは十分に理解している。だが今はダメだ」
桃香の言葉が響いたのか、ユキは渋々といった様子で小さく頷いた。
桃香に連れて行かれるように、その場を去るユキ。
だが立ち去る前に一度、来翔の方へと振り返った。
「……また明日」
その声が、あまりにも悲しそうだった。
ただそれだけで、来翔は何かを言い返す気力が削がれてしまった。
同時に、彼女達の方にも何か事情があるのではないかと察してしまったのだ。
「なんなんだろうな」
来翔は今の自分が抱いている気持ちが、この上なく不思議であった。
今日初めて会ったはずの女の子であるにも関わらず、鶴城ユキという女子が悲しむ事が心底「嫌だ」と感じていたのだ。
突発的な感情とは到底思えない、まるで魂に染み付いていたような感情であった。
「なにか、忘れてるのかな?」
そんな気がしてしまう。
だが来翔には『何を』忘れているのか、見当すらつかなかった。
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