第29話 ハイボール

 開店から15分。幼女魔王の来店から5分。


「ご主人サマ、魔王は来ていないデスカ?」


 暖簾をくぐって来たのは、青髪ロボメイドであった。

 ミニスカメイドで球体関節で、顔にラインが走っているタイプの、ロボメイド。


「……へい?」


 多分、知らない人であった。

 幼女魔王に用があるらしい。


「たいしょー」


 カウンター席、メニュー石板と漆黒のマントで顔を隠している、幼女魔王。


「わたしはそこには いません」

「魔王様ならこちらに」

「たいしょー!?」


 幼女魔王は経営者、もとい魔王である。

 仕事の連絡とかだったら大変なので、隠れるのは許さなかった。


「ヤッパリ」


 カチャカチャっと、肩に積もった雪を払う、ロボメイド。

 カウンター席に着席した。

 幼女魔王の隣で、椅子もガタっと寄せている。


「うぇ……」

「ご主人サマ。魔王は何を注文したのデスカ?」

「おみずとけんこうてきなそらまめせっと」

「生ビールとミックスナッツですね」

「たいしょー!?」


 幼女魔王の目の前に空のジョッキが並んでいるので、ごまかしようがなかった。

 今日の幼女魔王は、何か様子がおかしい。


「た、たいしょー……!」

「へい」

「こいつ、いしゃ! いしゃ!」

「……医者」


 医者。魔王城で医者というと、かなり限られた。


「あぁ、機械皇帝ギガントマキアさん」

「……ご主人サマ、もしかして分かっていらっしゃらなかったデス?」

「恥ずかしながら」


 人の顔を覚えるのは商売のうちだが、顔が変わると覚えようがない。

 ロボメイドは、俺が知っている客であった。


「闇落ち女騎士さんに殺されたと伺いましたが」

「すり替えておいたのサ」


 すり替えておいたらしい。


「あの後マギドローン軍団で仕返ししたデス。ワタシえらい」


 えらい。


「……で、魔王」

「たいしょーおかんじょ」

「魔族ドックの結果、届いているデスネ?」

「ぎくっ」


 ぎくっとなった、幼女魔王。

 お勘定キャンセルである。


「お肉、ついてきましたデスネ?」

「な、ないすばでーへつづくみち もんだいないよね」

「体脂肪率、高魔力圧、尿酸値。ほか」

「うぇへへへ……」


 ぎこちなく目をそらす、幼女魔王。

 ロボメイド機械皇帝はため息をひとつ吐き、机の上に残されたミックスナッツに青色の目を向けた。


「没収デス」

「わぱっ!?」


 ナッツをつまむ、ロボメイド。

 かりっかりっという良い音がした。


「お、おーぼーだぁ……! ぶかのくせにぃ……してんのーのくせにぃ……」

「体調管理はすべてワタシの権限下にあるデス故」

「おーぼー!」

「禁酒命令」

「どうぞめしあがってください」


 酒を人質に取られては勝てない、幼女魔王。

 敵国の姫を人質にして侵略戦争を行った幼女にはふさわしい末路である。

 姫は近所のアダルト魔法グッズ店で楽しくやっている。


「ではありがたく……っと。ご主人サマ」

「へい」


 ナッツをぽりぽり、ごくん。とする、ロボメイド機械皇帝。


「いつものをお願いするデス」

「へい」


 たしかに、ナッツだけでは満足いく事はないと思っていた。

 時空倉庫から良く冷えたガラス瓶を取り出し、中身を炭酸水と合わせ……


「へい、おまち」


 という事で、ハイボールである。

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