第39話 本当は優しい人



「ガルロ様は、お優しいんですね」


「……はぁ?」


 あ、しまった。つい口に出てしまった。

 だけど……まあ、もうしょうがないか。


「私が、必要以上に偏見を向けられないようにあんなことを言ってくれた理由は、ガルロ様がお優しいからです」


 彼の過去を聞いて……きっと、その幼なじみのことを思い出して、私をかばってくれたのだ。

 私が、必要以上にみんなから悪く言われないために。


 ガルロに、どんな意図がわかったかは、わからないけど……


「はっ、ずいぶんおめでてぇ頭してんだな」


「はい、そうみたいです」


 私がそう感じたのだから、それでいいんだ。


「……けっ。変な女だな」


 そう言いながら酒を飲むその姿は、少し照れているように見えて、なんだかおかしかった。


「リィン!」


「……あれ、勇者様?」


 せっかく穏やかな雰囲気だったのだけど、私を呼ぶ声がその空間をぶち壊す。

 声だけで誰だかわかってしまうのが、嫌だけど……


 振り向くとそこには、勇者がいた。こちらに向かってきていた。


「やっと見つけた。こんなところで、こんなやつとなにしてるんだ」


「こんなやつって……」


 勇者は私の手首を掴み、自分の方へと引っ張る。

 気安く触らないでもらいたいものだ。


 それから、ガルロのことを、キッと睨みつけるように見た。

 こんなやつ、か……さっきの出来事を思い出しているのだろう。


 ていうか、やっと見つけたって……私のこと、探してたの? 気持ち悪いんだけど。


「リィンに、なにもしてないだろうな」


「安心しろよ勇者様。俺ぁ年上が好みなんだ」


「っ……行くぞ、リィン」


 勇者の睨みにも臆さず、ガルロは言葉を返す。結構余裕だ。

 しかも、それが本心なのかどうか。ただ勇者をからかうだけの言葉のような気もして。


 勇者に引っ張られ、強制的にガルロから離される。勇者の足の動きに合わせて、私の足も動き出す。

 振り向くと、ガルロはひらひらと、手を振っていた。不敵な笑顔を浮かべたまま。


 なんとなく私も、勇者に手を引かれているのとは逆の手で、小さく手を振った。


「……」


「リィン、あんなやつと二人きりになるなんて。なにを考えているんだ」


 しばらく歩いたところで、勇者は足を止めた。

 私より前にいるので、どんな表情をしているのかは、見えない。


「勇者様。ガルロ様は、悪い人ではないと思いますが」


「なにを言っているんだ、リィン。なにを言われたかは知らないが、リィンは騙されているんだ」


 騙されているとか、お前にだけは言われたくはない。

 前の時間軸で、お前が私にどれだけのことをしたか……いや、今そのことを思い出しても、仕方ないか。


 落ち着くんだ、私。


「騙されているって……大袈裟ですよ」


「大袈裟なもんか。リィンの髪の色が違うからってあんなことを言ったり、リィンの覚悟を一蹴するような口振りだったじゃないか」


 勇者は、振り向いて私を見た。

 その目は、真剣味を帯びていた。


 ……一応勇者は、私がガルロに嫌な思いをさせられた、と感じているらしい。

 そりゃ、私も言われた直後は嫌な気持ちになったけど……落ち着いて考えて、あれが私のためだとわかったから。


 今は、なんとも思っていない。むしろ感謝している。 自分が悪役になり、私への当たりを弱めてくれたのだ。


 ただ、それだと……ガルロへの当たりが、余計に強くなってしまう。

 それは、申し訳なくもある。本当のことを、話すべきだろうか。


 だけど、それを本人が望んでいるかはわからないし。せっかくガルロが作ってくれた流れを、壊してしまうかもしれない。

 勝手な真似は、できなかった。


「リィン、聞いているのか?」


「え、あ、はい」


「いいかい。今後あいつと話……さないのは、勇者パーティーメンバーとして無理だろうけど。

 今後、あいつと二人きりにならないこと」


 私のことを心配してくれているんだろうことは、なんとなくわかる。

 それはそれとして、どうして私の行動を、勇者に制限されなくてはいけないんだろう。


 ただ、これ首を縦に振らないと解放してくれないやつだな……でもそうしたらそうしたで、なんか今後めんどくさくなりそうだしな……

 なんで別の意味で勇者に迫られなきゃいけないんだ。


「勇者様ー!」


 すると、そこへ助け舟の声が。王女だ。

 王女は嫌いだけど、今ばかりは助かったよ!


 王女もまた、勇者を探していたらしい。


「もう、先ほどお話していたのに、急にいなくなるなんてひどいですわ」


「はは、ごめんごめん」


「……リィンさんと、一緒でしたのね」


 勇者に対して向いていた視線が、私に向いた。

 ほらー、やめてよこういうの。私はまったく、これっぽっちもそういうつもりじゃないんだからさー。


 助かったのは、さっきまで繋いだ手が今は離れていること。

 勇者に引っ張られていたとはいえ、手を繋いでいるところなんて見られたら、また話はややこしくなるだけだ。


「たまたま、会っただけです。この部屋は広いとはいえ、歩き回っていたらすぐに出会うでしょう?」


「……それは、そうかもしれませんが」


「私は、あちらでガルロ様とお話をしていて……心優しい勇者様は、わざわざ私を心配なさって連れてきただけです」


 だから私は、素直に真実を話す。

 ただし、ここには私個人を心配して、という文言よりも、心優しき勇者様の話を全面に押し出すことにした。


 すると王女は、にこっと微笑む。


「なんだ、そうでしたのね」


 ……私が言うのもなんだけど、ちょろいなこの人。

 勇者のこととなると、あっさりと信じてしまう……まあそれ自体は、前の時間軸と変わりはないか。


 恋は盲目というか。

 王女は、勇者のことになると周りが見えなくなるタイプだよな。

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