特バツ〜あなたの街の安心安全で弱気なパトロール!〜

相原羽実

第1話 とても良さそうな街

 不二華ふじかサツキにとってスタートとは不吉への直行便か不幸になるための自爆行為と捉えている。だから彼はスタート地点を回れ右で逃げるか、その場でずっと足踏みをして前へ進まないタイプだ。


 そして今、まさにこの時。最悪な人生のスタート地点に立っていた。


「さ、沢城さん。引越し完了いたしました」


 サツキは引っ越したばかりの薄暗い一室で自身の上司に電話をしていた。


「分かった。では仕事に取り掛かかれ」


 沢城の声だ。電話越しでもやはり緊張する。いや、むしろ電話は声しかわからないので怒っているのかどうか考えてしまい変に汗をかいてしまう。


「あっはい。え、えと、その、なんていうか」

「なんだ?」

「仕事って何すればいいですかね?」


 サツキの言葉に呆れたのか、彼の発言の直後は長めの間ができた。


「お前はアホか?特別犯罪討伐とくべつはんざいとうばつは何をするところかも忘れたのか?」

「あ!ごめんなさい!忘れてないです!アホですみません!でも今まで任務を与えられてから動いていたので!」

「それがお前は無くなったんだろ」

「そ、そうですね」


 本来ならサツキの仕事の仕組みとしては、上からの任務を受けそれを遂行するというシンプルな流れだ。だが、彼にはそれが無くなった。


「まあでも、やり方なら教えたよな?マニュアルも渡したからな」

「あ、はい」


 ダンボール箱をゴソゴソと漁って取り出すと十数ページしかないマニュアルを取り出した。


「そこの3ページにお前の仕事について書いてあるだろ」


 そのページにはこう書かれていた。


「今までなら特別犯罪討伐は犯罪を止める任務を受けて警察より早く動いてたよね〜。それが仕事だもんね。でも、サツキ君は馬鹿でアホだから単純なことしかできないんでしょ?だから街をウロウロパトロールするだけでいいよ(笑)」


 あまりにも人を馬鹿にした文章だ。


「俺、頑張っているんですよ」

「そうなのか?」

「俺、馬鹿にされるの嫌いなんです」

「ああ、私もだ」

「俺、うぐっ、特バツ、向いてないんだ・・・」


 じわりと涙が出てくる。自分の情けなさと頭の悪さ、そして周りに馬鹿にされる弱さなどに対する感情に混乱して。


「え?泣いてんのか?」

「うぇっおえっひぐうっ」

「分かったから落ち着け!大丈夫だ、何かあったとしたら私を頼れ」

「ぐすっ。ありがとうございますぅ」

「お前、泣き虫な癖やめたほうがいいぞ」


 自分の部下の厄介さに沢城はため息をついた。


「沢城さん。なんでみんな俺のこと嫌っているんですかねぇ」

「ミスばかりしているからだろ。それに、今お前が居る街に飛ばされたのも自分のミスが原因だぞ」

「すみません。あまりに多すぎてどの失敗なのか」

「処分が決定的になったのは銃乱射のテロリストに小堺さんが説得しようとした時のことだろうな」

「あれですか」


 あれは最悪な失敗をした日だった。

 銃の乱射犯を捕えるという任務が来たため、車で向かおうとしたが、崖から車で落ちてしまったのだ。だがその崖は現場近くの場所だったらしく、落ちたその先ちょうどテロリストとサツキの先輩である小堺がいたせいで彼らを車で潰してしまった。何故あんな悲劇が起こったのだろうかいまだに謎だ。


「任務は"捕えろ"と言ったんだ、なのに犯人を殺した上に小堺さんまで巻き込むとは。小堺さんは何とか生きていたが緊急入院だったんだ。死んでたらお前は豚箱行きだったぞ」

「あ、小堺さん生きてたんですね。そりゃよかったです」

「良かったじゃないだろ、なんで他人事みたいに言っているんだ」

「そ、そうですね!良くないです!いや、良くないってのは良かったって言ったことが良くないのであって、生きていたことは良くて」

「落ち着け。大体、車は道を走るものだ。なんで空から落ちてくるんだ?」

「本当、おかしいですよね。昔からありえない失敗ばかりで。ここまでくると何か災いに取り憑かれているとしか」


 気分転換にサツキは窓を開け、外の景色を眺めた。


「でも賑やかな街ですよね、夜景とか綺麗そう。本当にこんなところに飛ばすのが処分でいいんですか?」


 サツキの緊張が少しほぐれてきた。ここで新しい生活が始まるのだ。前向きにいけそうかもしれない。


 しかしその直後。突然に地響きがした。


「な、なんだあ!?」

「どうした?なんだか騒がしそうだが」

「すごい大きな音が外から!」

「なるほど。さっそく仕事のようだな」

「仕事!?何のです!?」


 またしても爆発音が鳴り響いた。


「今お前がいる街は凶悪犯が多く住む街"ラレイムス"」

「はいぃ!?」

「他の街の犯罪率など比にならない。年間死亡者数は世界でもトップレベルだ。絶対働きたくない街ランキングでも上位をキープし続けている。住みたい街ランキングでもそこそこ上なのは謎だが」

「いや、そんな」

「お前の仕事はただ一つだ。この街を見回り、犯罪者の相手をする。どうだ?単純だろ?」


 爆発音と共に悲鳴が聞こえる。窓の外から見える人々は逃げ惑い、建物が崩壊し、煙が上がっているのが見える。

 こんな世界の終わりのようなところがあるのか。


「おい、サツキ。何をしている?まさか突っ立っているんじゃないだろうな」

「でもっ」

「早く犯罪者を捕まえろ。殺すんじゃないぞ」


 あの爆心地へ向かえと?イカれているのか?サツキはもちろん死にたくないので行きたくない。


 だが、行かなければならない。


「沢城さん」

「なんだ?」

「俺、死にに行って来ます。今までありがとうございました」

「絶望するの早すぎるだろ」

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