第7話 二度目ですね

 立ち止まっているリーゼロッテの前に現れたのは、ベルンハルトだった。

 昨夜のように、花を一つ一つゆっくり見ながら、一歩ずつリーゼロッテの方へと近寄ってくる。花に夢中になっているベルンハルトはまだリーゼロッテに気づいていないが、このチャンスに声をかけようと、リーゼロッテは背筋を伸ばして、ベルンハルトを真っ直ぐに見つめた。


「ロイエンタール伯爵」


 リーゼロッテが声をかければ、ベルンハルトは花を見ていた形のまま、動きを止めた。そして、壊れたからくり人形のようにゆっくりと、ぎこちなく、リーゼロッテの方へと向き直る。


「リ、リーゼロッテ王女。こんな時間に、ど、どうされました?」


「まぁ。ふふ。それは、ロイエンタール伯爵もですわ。こんな時間に、このような場所にいらっしゃるなんて、思いもしませんでした」


「わ、私は明日領地に戻りますので、最後に、も、もう一度花を見たいと……」


「そうですか。お花が、お好きなんですね」


「はい……こ、ここには、珍しい花も多いので……」


 仮面の下に隠されたベルンハルトの表情はリーゼロッテにはわからない。

 ただ、リーゼロッテのことを避けずに、蔑まずに、きちんと会話をしてくれるところに、ベルンハルトの誠実さを感じていた。


「昨夜も、いらっしゃいましたよね?」


「い、いや、は、はぁ。そう、ですね」


 緊張しているのだろうか、ベルンハルトの言葉はどれもつっかえていて、決してなめらかな会話のやり取りではないけれど、リーゼロッテはそれを不快には感じない。


「ロイエンタール伯爵。昨夜は、ありがとうございました。おかげで助かりました」


 リーゼロッテが腰を落とし、頭を下げ、ベルンハルトに感謝を伝える。

 昨夜はベルンハルトが隠してくれたおかげで、バルタザールに叱られずに済んだ。かばってくれた理由はわからないけど、バルタザールに嘘をついてまで、リーゼロッテのことを隠してくれたのは間違いじゃない。


「い、いや。大したことではないので」


 ベルンハルトの表情はやはり伺い知ることは出来ないけど、真っ白な仮面とは対照的に、耳が赤く染まっているのが目に入る。


(まぁ。お耳が……)


「それでは、わたくしはそろそろ戻ります。ロイエンタール伯爵は、ごゆっくりなさってください。この先にもまだ、いくつもの花が咲いているのですよ」


 リーゼロッテは、もう一度ベルンハルトに軽く頭を下げた。


「おやすみなさい、良い夢を」


 眠りの前の決まり文句を口にすると、リーゼロッテはベルンハルトの横を通り抜け、出口に向かう。

 ベルンハルトとすれ違った時に感じた、お酒と柑橘類の混ざった様な匂いは、リーゼロッテに家族や城の者とも違う存在を、深く印象付けた。

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