第47話 バークレイの最期

 大量の命力を行使し、膝に手をついて激しい疲労感に襲われているレティシアに凄まじいまでの爆風が吹き付け、その髪を靡かせる。

 吹き付ける土煙から顔を覆い、爆心地を見つめていると、光の柱が天を衝いた。


「チッ……!」


 誰かの舌打ちが風に乗ってレティシアの耳に届く。

 視界が晴れたその先にはいたのはボロボロになったバークレイ。苦々しい表情を浮かべながらクレーターと化した大地に降り立つ魔神。その背中の漆黒の右翼は千切れ飛び、右肩辺りから大きく抉られて欠損している。傷ついた体の至るところから黒い粒子のようなものが発生していた。神々は再生能力を持つらしいので放っておけば回復してしまうだろう。


「これ程の術を使うとはな……。流石は古代人こだいびとと言ったところか」

「ハッ! しぶてぇなッ!」


 そう言うが早いか、ヨシュアがバークレイとの間合いを一気に詰めて大剣を振るう。

 バークレイはヨシュアの怒涛の斬撃を何とか凌いでいる。

 ヨシュアのラッシュが続き、少しずつだが確実にダメージを与えているようだ。既にバークレイからは最初の余裕など感じられず、必死さの滲み出る歪んだ形相に変わっていた。


逢魔残光タナトス


 そこへヴィスタインの声が響くと共にバークレイの頭上と足下に魔術陣が浮かび上がる。


「うおッ!」


 それに気付いたヨシュアは慌ててバークレイから距離を取った。魔術陣まじゅつじんから円柱状に発生したプリズムのような虹色の光がバークレイを包み込み、その身を焦がす。亡者の怨嗟の呻きにも似た低い声が周囲に響き渡る。


 魔術まじゅつとは言え、魔なる存在の根源たる魔帝まていの力である。魔神デヴィルであっても効かないはずがない。その時、大きな怒号と共に魔術陣の中でその力を解放していたプリズムが砕け散った。陶器が割れたような音がしたかと思うと、憤怒の表情をしたバークレイが足下の魔術陣を踏みつける。それだけで地面のそれは崩壊してしまった。更に左手を前に突き出すと、ヴィスタインに向けて円錐状の魔力弾を解き放つ。

 ヴィスタインは目にも留まらぬ速さで迫り来る魔力弾に反応できず、体を串刺しにされ大きく吹っ飛ばされる。更に追撃を加えようとするバークレイにヨシュアが斬り込んだ。


「させるかよッ!」


 気合一閃、ヨシュアの横薙ぎがバークレイへと肉迫する。レティシアの動体視力ではとても見切れない程の斬撃であったが、バークレイは軽々と左手でそれを弾き返し、カウンターで左ストレートを放つ。


【鬼哭久遠(ドーラドラヴァ)】


 バークレイの言葉と共にその左手に光輝く魔力が籠り、ヨシュアへと迫る。


 狙いは――心臓。


 同時にレティシアもまた命術の術式を展開した。


古術零式アル・テリア


 ヨシュアの口から苦悶に満ちた声が漏れる。魔力の籠った左手によってその脇腹が抉られたのだ。バークレイの神格がどの程度かは分からないが、至近距離から放たれた魔神の必殺の一撃をそらすなど最早人間業ではない。ヨシュアは逃がすまいと、自らを貫いたバークレイの左腕を掴む。レティシアの放った命術めいじゅつは閃光のような煌めきを残してバークレイの体を貫き、呻き声が漏れる。が、それだけだ。


「小賢しいッ!」


 バークレイの怒号が黒の衝撃となって大気を震わせる。その烈火の如き怒りの波動は同心円状に広がり、左腕を掴んでいたヨシュアの体躯を吹き飛ばし、レティシアの心身をも貫いた。


 ――霞む視界。


 数多の塵芥と共に大地に叩きつけられたレティシアの体は踏ん張れども言うことを聞かない。自らの心に叱咤激励するも何とか上半身を起こしてバークレイを睨みつけるので精一杯だ。


 一撃。たった一撃でこの始末ざまである。


 ヴィスタインは体にいくつもの風穴を開けられて動かない。ヨシュアも脇腹を抉られた上にまともに衝撃を受けたせいで何とかもがいているが立ち上がれそうもない。

 レティシアも精神にかなりのダメージを負ったのは確実だ。このままでは最早強力な命術を使うことなどできないだろう。


 となれば、レティシアの取れる行動は一つ。


「『未知なる記憶アンノウンブック』よッ!」


 取り出したのは《命晶石めいしょうせき》。この力を取り込んで、更に強力な命術で決める。レティシアの右手が《命晶石めいしょうせき》に触れた瞬間、バークレイがこちらに指先を向けた。

 刹那――激痛がレティシアを襲う。


 三度みたび、バークレイの指先から放たれた光線がレティシアの右腕に、左腕に、脇腹に穴を穿つ。


「ぐぅぅぅぅぅぅ」


 うつ伏せに倒れ伏したレティシアの手から《命晶石めいしょうせき》が離れ、目の前には『未知なる記憶アンノウンブック』が浮かんでいるのみ。


「終わりだ」


 バークレイから無慈悲な宣告が下る。

 動けない体の代わりに脳をフル回転させるレティシア。使えそうなものと言えば《黒の夢ノクス・ソムナ》と《ダルジャーロンの破核はかく》くらいのものだが、新興神の力が魔神デヴィルに通用するとは思えない。となると、残るのは――《黒の夢ノクス・ソムナ》。ファンゼルの力の残滓だ。


【魂に《災厄の種シードオブディザスター》を宿す者。今こそ、神聖なる力の萌芽の刻。その運命を受容し――】


 バークレイの詠唱が耳に届き、魔人化の魔術陣が再び出現する。

 レティシアは地面に這いつくばったままで左手に《黒の夢ノクス・ソムナ》――黒い正八面体の結晶を取り出し握りしめる。


 ――あたしには鎧病がいびょうを治すと言う使命がある……最後まで……諦める訳にはいかないッ!


 レティシアは左手に体内で練った魔力を込めた。希望と共に。


「《黒の夢ノクス・ソムナ》よッ! 魔なる者を夢の世界へと導けッ!」


 その魔力に反応して《黒の夢ノクス・ソムナ》が鈍く黒光りする。

 それが一瞬にして消滅すると、バークレイの足下から漆黒の靄が出現し、その体を飲み込んでいった。狼狽の表情を見せるバークレイだったが、すぐに靄から抜け出そうとする。


 そうはさせじとレティシアは何とか腕を伸ばして雷光の杖を掴むと、その力を解放した。曇天の空から轟音と共に雷が落ち、バークレイに直撃して電撃の力と神星力しんせいりょくが荒れ狂う。


「ガアアアアアアアアアアア!」


 悲鳴を上げ、動けないバークレイを囲むように格子のようなものが形成され、それが次々と組み合わさってゆく。そしてバークレイを閉じ込める形で大きな正八面体が出来あがった。


 脱出できないのか、必死の形相をしているのが見える。

 やがてその格子はどんどんと縮小し、とうとう目視できない程の大きさになり消滅した。


 これが魔神デヴィルバークレイの呆気ない最期であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る