第41話 雪解け
帰りのファスト内の空気は実に重いものだった。
中心球から派遣された戦士が100名、戦闘機・ファストが6機、そのパイロットが6名送られてきていた。
このイアでの一件を終え、中心球へと帰る戦士の数は64名、ファストが5機、パイロット5名となっており、戦士36名、パイロット1名の
ファスト6機中1機は、敵に強奪され逃亡手段となってしまった。
全殉職者の内23名は、大統領邸宅内での大統領奪還作戦にて、テロ組織との銃撃戦に見舞われ死亡。
13名は、「シンビオシス」シビノ・
八併軍は、行方不明となっていた今回の救助対象・麗宮司レイアと、アカデミー試験受験生2名を救出。
さらに、テロ組織「ノータリン」の頭であり、今回の騒動の主犯格・
しかしながら、同じく今回の騒動の中心人物であった「
山葵間の討伐失敗に関しては、これで二度目となる。
「超絶お手柄だったじゃねーかよ、
「恐縮っす。」
フェンリルの言葉に辻は軽く首を縦に振る。
「誰かさんとは違ってね。」
「俺のこと言ってんならぶっ飛ばすぞ! 迷子やろうが!」
「あたしは、シビノと交戦してたのよ? むしろあんたの方が、救助対象に辿り着くのが遅かったんでしょうが。」
「あーそーかよ。お前が取り逃がしたそいつのせいで半人半骸に逃げられたじゃねーかよ!」
「はあ!? あたしのせいだって言うわけ? あんたが油断してただけだと思うんだけど!」
「表出ろや!!」
「ぷぷーっ、飛行中の戦闘機の表って何? 機体の上ってこと?」
「ああそうだよ!」
このままでは本当に機体上で戦闘が
しかしその前に、二人の
「もうよしてくれや、十奇人がみっともない。若いとはいえ八併軍の看板を背負っているんだぞ。自覚を持ってくれ。」
そう言ったクログロスの言葉に覇気は無かった。
彼は大統領邸宅の件で、心身ともに
「今回の失態は俺の責任だ。部下も多く死なせてしまった。
ファストに乗った時からクログロスは
「あんたのせいじゃねーよ! 少なくとも全部あんたの責任なんてことはねえ!」
珍しくフェンリルがフォローを入れる。
彼は自分中心主義者だ。基本的に人の気持ちを
「まあまあ、皆そんなナーバスになるなよ~。八併軍の全権責任者は俺なんだ。一旦この話は止めにしよう。誰に責任があったかなんて分かるわけないじゃないか。」
この場のネガティブな雰囲気を八併軍総督・麗宮司
「俺なんて、娘を一度売ってるんだからさ! 皆も、ほら、俺みたいに笑って帰ろう。あはははははは!」
誰も笑わなかった。
空気は再び地獄へ戻る。
◇
あの日から三日後、僕雨森ソラトは現在、理の国首都・イアにある大型の病院で
全身の骨が所々折れており、右腕に関してはボロボロで、腕の付け根から指の先端までが
コンコン
「ソラトくーん、失礼しまーす。」
ノックをして
一日一回「治療」を
「こんにちは、ルーゲさん。」
「じゃあ、今日も『治療』始めますね。お注射するのでサポーター外しますね。」
「よろしくお願いします。」
彼女は、僕の腕に付けられているガッシリとした固定具を丁寧に取り外す。
できるだけ僕に振動が伝わらないようにという
「特殊装備『ユニコーン』」
そう言って注射器を取り出すと、僕のバキバキに折れた二の腕に針の先端を当て、ゆっくりと刺し込んでいった。
彼女、
フェンリルさんと同じで不思議な力を使う人だ。
『
ルーゲさんは、注射器の押し子の方を親指でゆっくり押し、中身を僕の体内に注入していく。
少し痛みを感じるが、じっと堪える。
中身を注入し終えると彼女は丁寧に僕の二の腕から針の先端を引き抜いた。
「はい! 終わりです!」
「ありがとうございます。」
注射跡がジンジンと痛むが、いつも数分経てば治まっている。
「私の特殊装備なら、あと数日経てば完治すると思うけど、ソラト君の体にかなり負荷をかけているの。本当は自然完治が望ましいところを無理やり治しているから、食事と睡眠はきちんと取って休養してね。じゃないと何かしら、副作用が出るかもしれないから。」
昨日も同じような注意を受けた。
それだけ僕の体の状態はひどいものなのだろう。
「あの……、すいませんでした。仮試験会場での爆発の後、ルーゲさんの指示を聞かずに出ていってしまって。」
ルーゲさんは、僕のサポーターを元のように腕に巻きつけて、少しだけ間を空けてから、怒りを抑えるように答えた。
「そうですね……、正直怒っています。あなたにもタツゾウ君にも……。もしも、帰ってこなかったらどうしようかと思っていましたから。」
「……。」
返す言葉がない。
あの場での責任者はルーゲさんだったのだ。もし、僕とタツゾウが戻ってこなかったら、責任は彼女が負わされることになっていたのだ。
「私は、この八併軍でたくさんの人たちと出会い、そしてお別れをしてきました。私はいつも疲弊した戦士の皆さんを迎え入れ、戦力になれるほど回復した人たちを送り出しています。当然、戻ってこない人もいます。あなたたちもそうなってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりしていましたよ……。」
静かな声色で語るルーゲさんには、いつもの
「どうして、この仕事に
率直な疑問だった。
思いやりがあって、傷つく兵士を見て心を痛めてしまう人が、どうして八併軍の医療部隊に留まっているのだろうか。
「んー、最初は特に意識していなかったんですけど、いざ仕事に就いてみると、ある種の使命感のようなものが
「それです! 僕も使命感で動きました!」
あの廃病院に向かう前の記憶を辿る。
あの時、僕は間違いなく自分の中の使命感に従って動いていたと思う。
自分以外は誰もこのことに気付いていない、僕が助けに行かなきゃ、とルーゲさんの指示を無視して仮試験会場を飛び出していったのだ。
「はいはい。でも、君のその使命感を実行に移すためには、立場とそれに見合う実力が必要でしょう? まずは八併軍の戦士にならなきゃいけません。ちゃんと治してあげますから、試験頑張ってくださいね。」
「はい……、頑張ります……。」
アカデミー入学試験は、この事件を受けて一週間後に延期して続行されることになった。
僕は本来何か月も入院して、自然に完治するのを待つところを、ルーゲさんに回復を急速に速めてもらい、試験までに間に合うようにしてもらっている。
八併軍の方々やルーゲさんには本当に頭が上がらないのだ。
「じゃあ、今日はこれで失礼しますね。ソラト君、お大事にしてください!」
「いつもありがとうございます。明日もよろしくお願いします。」
別れの
彼女の足音がある程度遠ざかってから、僕は窓の景色を眺める。
都会の中にある山、その上に立つこの病院は、ちょっとした緑に囲まれていて、山の
最先端都市イアの大きなビルに負けないくらい、この病院の背は高く、
◇
「お前ら二人のしたことは、俺たちの仕事の邪魔だ。超絶迷惑だ!」
二日前、つまりあの事件から一日後、僕が今療養しているこの部屋に十奇人が二人来た。
一人はフェンリルさんだ。
もう一人は
話していたのはほとんどフェンリルさんで、もう一人の方はじっと黙っていることが多かった。
「一般人がヒーローごっこのつもりか?
僕、タツゾウ、レイアさんのあの日の当事者三名が病室に集められ、事件当時の様子や状況を細かく取り調べられた。
僕は怪我のせいもあり、ベッドに横になったまま動けなかったが、たとえ健康な状態でも、フェンリルさんのあの迫力には身動き一つ取れなかっただろう。
あのケロッとしているタツゾウでさえうなだれて、シュンとなっていた。
こっ
ガキの身勝手な行動があーだこーだ、俺たちにはお前たちの身の安全を確保する責任があーだこーだ、お前たちの身に何かあればあーだこーだ、と
フェンリルさんの声だけが大音量で部屋に流れ、その音が一時治まると気まずい
そして再び大音量が響き、そして
これの繰り返しが一時間弱続いた。
「すいませんでした……。」
「悪かったです……。」
僕とタツゾウは、説教の最後にフェンリルさんと、もう一人のクログロスさんという方に謝罪した。
「超絶反省しろよな!」
フェンリルさんはそう吐き捨てて部屋を出ていった。
「おう。まあ、俺たち大人の立場も分かってくれってことだわ。気ー取り直して、試験頑張ってくれよ!」
ここに来て初めて口を開いたクログロスさんの言葉に、僕は思わず涙が
「がんばりまふ……。」
二人が出ていった後、部屋には三人だけが残った。
「説教で泣くなんて、お二人とも結構情けないのですね。」
レイアさんが刺すような口調で僕とタツゾウに向かってそう言った。
「バッカ、俺は泣いてねーし!」
タツゾウは
「僕はすんごい泣いてます。」
「見ればわかります。」
レイアさんはそう返してスクリと立ち上がり、カバンを手に取って部屋を出ていこうとした。
しかし、彼女はすぐには出ていかずにドアの前で僕らに背を向け、しばらく静止したまま動かなかった。
何も言わずにただ突っ立っている彼女を疑問に思い、僕とタツゾウは目を合わせる。
少し経ってから背を向けたまま彼女が口を開いた。
「フェンリルさんはあのように言っていましたが、私はあなたたちにすごく感謝しています。勇気のいる決断だったと思います。助けに来てくれてありがとうございました。」
変わらず
彼女から受ける発言は、毎度氷のような
レイアさんはそう言って、僕らの返事も聞かずにドアを開けて出ていってしまった。
「なあ、ちょっと思ったんだけどよ……。」
「うん?」
レイアさんがいなくなって静まりかえった二人だけの空間で、タツゾウがいきなり切り出す。
「俺らすごくね?」
「僕らってすごいかな?」
「だって、あの場から
「そうか……、もしかしたらそうかもしれないね!」
「よっしゃー! 俺たちスゲー!!」
「僕たちすごーい!! あいたたたたた。」
タツゾウが両手を上げてはしゃいだのを見て、僕も真似しようとしたが、少し動かしてしまい怪我していたことを思い出す。
「おいおい大丈夫かよ。」
「うん、大丈夫。」
タツゾウが僕の体を気にかけてくれる。
「ソラト! 絶対合格しような!」
彼は僕の目を見て
「うん! 必ず合格しよう!」
僕は拳を合わすことはできないが、いつもより強い語気で言い放った。
僕の返事に、タツゾウはニッと笑って立ち去っていった。
合格することで、何かが変わる気がした。
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