第30話 四鹿苦

 十奇人・クログロスに、2階捜索班の班長に指名されたつじは、2階の廊下を、剣を構えながら前進していた。

 周りの味方は、銃を構えゆっくりと周囲を警戒しながら進む。


「辻さんは、銃は使わないんですね。」

 味方の一人が、辻に対してそのような質問する。


「銃弾なんて、剣で叩き切ってしまえばそれまでなわけじゃん。」

 黒髪短髪の地味な男は、淡々たんたんとド派手なことを言う。

 実際この世界には、そのような芸当ができる人間は、珍しいわけではない。

 火薬を使えば必ずしも強いとは限らない。


「まあ使い手次第ではあるけどな……。強くなるのに、武器の種類は関係ないってことよ。」

 辻は、十奇人たちの顔を思い浮かべる。

 実力者である彼らは、どの武器を使った方が強くなれるといったアドバイスはしない。それぞれに良さがあり、それぞれにその武器に合った強くなる方法があるからだ。


 ゆっくりと、ゆっくりとトラップにも注意しながら彼らは進む。

 歩いていると、その廊下の先にある大きな扉が開き出した。


 カキイーン


 開いた扉の前には、一匹のが立っていた。


 しかし、角が四本あり、その角を辻たちに向けて威嚇いかくしている。

 明らかに、一般的な「シカ」とは異なるその生命体は、そのサイズも野生の熊ほどあり、スケールからして異質だ。

 四本ある角も何度も枝分かれしており、とても長い。

 そしてそんな奇怪な生物が、清潔に保たれている大統領邸宅にいるのも、また異様である。


「キイーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」


 その生命体から出される、高く大きな音が彼らの鼓膜こまくを揺らす。

 メンバー全員が一斉に耳を抑える。

 辻は、はっとしてこの場にいる全員に命令する。


「あ、やべ。全員退避ー。突進してくるぞー。」

 気の抜けた声ではあるが、全員がその危険性を察知し、一直線となっている廊下から離脱すべく、全速力で後ろに戻る。


「キイーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」


 再び怪物が鳴き出す。

 その声と共に、重く、しかし素早い足音が迫ってきた。


 ドタッ、ドタッ、ドタッ、ドタッ


 メンバーが退避する中、辻は一人、突進してくる獣を迎え撃つ。

 手にした剣を構え、腰を落とす。


「辻さん! 逃げなきゃ!」

 女性戦闘員が彼を気に掛けるが、振り返らずに待ち構える。


 ドタッ、ドタッ、ドタッ、ドタッ

 徐々に近づいてくる。

 辻は持っている剣の刃で、獣の四本の角の内、下に位置する二本に狙いを定め食い止めようとする。


 ガキーーーーーーーーーーン!!


 大きな金属音とともに、角と刃がぶつかり合う。

 獣のパワーは凄まじく、人間一人では到底太刀打ちできないが、辻の狙いは、味方の退避のための時間かせぎである。

 全員の退避が完了したため、目的は達成していた。


 ズズズズズズズズズズズズズズーーーー

 辻の体は、力で押し込まれ、床をすべるように後退している。


「珍獣、四鹿苦しかくか。厄介やっかいな……。」

 彼はその怪物の種を判別する。そして、「はああ~」と面倒くさそうにため息をついた。


 珍獣・四鹿苦は、主に理の国の森林に生息しており、体長は普通のシカの2、3倍はある。

 ハイテクノロジーな理の国にも自然はある。

 しかし、国の経済発展や住居地開拓かいたくのために森林伐採が進んでおり、生物が生きていく環境は悪化している。

 四鹿苦は、珍獣の中でも数は多い方で、比較的見かけやすい種ではあるが、多くの専門家が絶滅するであろう珍獣を挙げる場合、初めに話題が挙がるのはこの四鹿苦である。


「ちくしょー、やべえな。」

 緊迫感きんぱくかんをまるで感じさせない辻の声ではあるが、事実、彼は今この目の前の獣に殺されかけているのである。


 ズズズズズズズズズズズズズズーーーーー

 押される。絶えず押され続ける。

 そして……、


 ズドーン!!

 1階の大広間に降りるための階段手前で、角を振り上げられ、宙に投げ飛ばされる。


 ドスンッッ!!

「ヌオッ」


 階段を飛び越して、2階から1階大広間の床にたたきつけられる。


「辻さーーーーーーーーーーーーん!!」

 階段横の壁に隠れていた2階捜索班の面々が、えげつない音を立てて仰向けに倒れた班長の身を案じ、大きく声をかける。


「大丈夫……。無事だ。」

 メンバーに無事を伝えると、またも「はああ~」とため息をつき、むくりと起き上がる。


「想像以上に難儀なんぎな仕事だな……。めんどくさいったらありゃしない。」

 立ち上がると、全員に攻撃の命令を下す。


「左右から銃を撃ち込め。四本の角は、人間を容易たやす串刺くしざしにできるから危険だが、そんだけだ。皮膚ひふも固くはない。」


(何が「そんだけだ」だよ!)


 メンバーの全員が、心の中でツッコミを入れるが、辻の指示通りに全員が一斉に射撃を開始する。

 撃たれた四鹿苦は、角を前に向け後ずさりしていく。


「キイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」

 一直線の廊下の中央辺りまで下がり、四鹿苦は再度、突進の構えを取る。


 バン、バババン、ババババン

 キン、キン、カキーーン


 頭に向かって撃つが、全て角で防がれてしまった。

 この生物は、一本道で敵が前方にしかいない場合、すきは無いと言える。


 バン、バン、バン、バン

 パアン、パアン、パアン、パアン


 離れたところからも銃撃音が聞こえてくる。


「参ったなー、時間かかりそうだ。急がなくちゃならねーのに。」

 1階からの階段を上ってきた辻は、持久戦に持ち込むことになりそうな現状をなげいた。

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