第11話 女王の新居

 新都をめぐる攻防によって傷付いた街の復興が進む中、街の中心にある仮庁舎は大々的な修繕をほどこされ、本庁舎として改装されていた。

 そこから東に200メートルほど進んだ平地に新たな建物が建造されたのは、つい最近のことだ。

 その名は『金聖宮ゴルダニア』。

 金の女王であるブリジットの新たな邸宅だった。


 新都の復興が続く中、ブリジットとクローディアは民の暮らしを優先するため、女王でありながら自ら進んで天幕暮らしをしていた。

 しかし共和国との国交が始まった手前、いつまでも女王が天幕暮らしでは外聞が悪いという紅刃血盟長オーレリアの強い希望もあり、ブリジットとクローディアの邸宅を早急に建築することとなったのだった。

 そうして完成した邸宅は高い壁に囲まれた3階建ての石造りの建物だった。


 1階部分は厨房ちゅうぼう小姓こしょうらの待機室、そして来客用の応接室と大勢の人間を呼んで一堂に会せるホールとなっていた。

 2階はブリジットやボルドの私的な居住スペースとなっており、し風呂を備えた浴室や、くつろげる居間と食卓などがそろっている。

 そして3階は2人の寝室の他に、ブリジットとボルドの部屋が個々に用意されていた。

 さらには屋上に露天風呂が作られた豪華な邸宅だ。


 クローディアの邸宅である『銀聖宮シルバニア』は、反対に本庁舎から西に200メートルほど離れた場所に同時に建てられており、多少の違いはあれど金聖宮ゴルダニアと似た作りだった。

 これでも王国や公国の貴族たちの邸宅と比べると質素なものだったが、岩山の上を利用する新都のため土地は限られていることから、それが精一杯なのだ。

 そして完成したばかりの新居をブリジットとボルドは内見して回った。


「十分じゃないか。天幕に比べたら格段に贅沢ぜいたくだ。ここにおまえと暮らせるなんて最高だな。ボルド」


 そう言って目をかがやかせるブリジットと、おどろきに声も出ないボルドは階段を上って最上階である3階に上がった。

 ボルドが何よりもおどろいたのが、3階にあるボルド用の個室だった。


「ここがおまえの部屋だ。ボルド」

「私の……部屋」


 ボルドはその部屋の前で呆然ぼうぜんと立ち尽くしてしまい、中に足を踏み入れることが出来ずにいる。

 奴隷どれいだった頃は部屋どころか屋根の下に入ることもままならず、露天で眠ることがほとんどだった。

 雨の日や風の強い日は寒くて震え、ろくに眠れなかったことも数知れず。

 

 それがブリジットの情夫になってからは、温かな天幕で雨風をしのげるようになった。

 それだけでもボルドにとっては天国だったというのに、こんな立派な建物の中に自室が与えられるなんて、その幸運がボルドには怖いくらいだ。


「どうした? 中に入らないのか?」

「ブリジット。恐れ多くて入れません。私に部屋など……」


 そう言うボルドの手をブリジットは強めにギュッと握った。


「そうやって自分を卑下ひげするな。今のおまえの立場はただ単に女王の情夫であるというだけで与えられたものではない。おまえはダニアのために献身的に尽くし、一族の窮地きゅうちを救うほどの活躍を見せて来た。おまえがこの待遇を受けることに文句を言う奴など1人もいないだろう。そのくらいのことをおまえは必死にやりげて来たんだ。だから堂々とここを使ってくれ」


 そう言うとブリジットはボルドの手を取り、彼を部屋の中へと導いた。

 部屋は思ったほど広くはなく、小柄こがらなボルドが1人で過ごすにはちょうど良い。

 実は設計の段階で、あまり広過ぎるとボルドの性格上、落ち着かないだろうから、せまめの部屋にするようブリジットが申し付けたのだ。


「おまえだって1人になりたい時があるはずだ。人にはこういう場所が必要なんだよ。今まではそれを作ってやれず、すまなかったな」


 そう言うとブリジットはボルドの手を握る手に少しだけ力を込め、照れくさそうに付け加える。


「けど……アタシはなるべくボルドと一緒にいたいぞ。せっかく2人の家なのだから」


 そんなブリジットの手の温もりが嬉しくて、ボルドも両手で彼女の手を包み込むように握った。

 

「はい。ブリジットと共に過ごしたいです。いつまでも……この家で」

「ああ。そうだな」


 そう言い合って笑い合うと、2人は部屋の窓から新都の街並みを見下ろして、これからの新たな暮らしに思いをせるのだった。

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