重なり合う平面

「自己紹介? ふざけないで、何を今更」

「自己紹介? ふざけないで、何を今更、と貴方は言う」

 リョウコAとケージは同時に声に出した。リョウコAが口を噤んだので、ケージが話し続ける。

「貴方は、モデルという職業らしいですね。地球人にしては、幅が大きい」

「幅が大きいのではなくて、背が高い、と言ってくださらないかしら」

「失礼。縦、横、高さ、でしったけ? 地球やハルケキ星人の方は、三次元の座標軸をそれぞれ区別するらしいですな。重力のある惑星などに存在する人は、そういった感覚をお持ちになられるようです。私達にとって、そういった感覚はあまりないもので、申し訳ない。背の高い、リョウコ・サヤマさん」

 馬鹿にしたその言い方に、リョウコは苛立ちを覚えた。

「はてさて、どうも、話が前後して、まあ、この前後して、というのも、貴方達の持つ特有の感覚でしょうけれど。背が高い、つまり、貴方は、他の人より、ある三次元座標軸の幅、ここでは、高さが大きいわけですね。私も、私達も、ある座標軸の幅が大きいのです。地球人は、時間軸と言うそうです」

「時間軸? の幅?」

「貴方は、今、ここにしか存在できない。今、という、時間軸の限られた定義域の中でしか存在できない。私達はそれより、少し、この表現が適切かどうかは分かりませんが、貴方の今より、少し、過去と未来に存在できるのです」

 リョウコはただ、黙っていた。ケージは、点と線の書かれた手帳の紙を手に持って、再度説明をする。

「この紙が三次元空間だとします。貴方が行き来、できるのはこの平面の上だけです。けれど、私達は、この平面の」

 ケージは紙を上下に動かし、

「外にある時間軸、つまり、過去や未来にも行き来することができます。うーん、ちょっと分かりにくいですかね、ああ、こういうのはどうでしょうか」

 ケージは手帳をパラパラとめくり、リョウコに見せた。

「いつ、書いたんですか?」

 リョウコの目にはめくられる手帳の上で動くパラパラ漫画が映っていた。

「つまり、この手帳のように、重なり合った平面の集合体の幅が貴方達が生きる時間、過去、今、未来。そして、一枚の紙が貴方達が生き、ている、時間。今、です。うーん、この時間という表現もしっくりこないですね、仕方がない。つまり、私達は貴方がどうやって生きてきたか、生きているか、生きていくか、ということが書かれた手帳を持っていて、その好きな時や、場所に、行くことができる、知ることができる。存在することができる、というわけです」

「過去も今も未来も存在できる探偵って、そんなの」

「過去も今も未来も存在できる探偵って、そんなの」

 リョウコとケージはまた、同時に声にした。

「探偵、という言葉も、次元の低い貴方になるべく分かりやすく、選んだつもりなんですが。まあ、確かに、貴方の思う、探偵、というのとは、ちょっと違うかもしれません。でも、貴方も薄々気づいてたんじゃないですか? なぜなら、フッションショーが、貴方Bがオトキ・ユキコを殺したアリバイトリックのためのフッションショーが終わってから、貴方と私が会うまで、わずか四分間の間隙しかなかったんですから」

「ええ、気づいてたわよ。探偵が来るのが早すぎるって。多分、逃げられないって」

「その感覚ですよ、今と未来を同時に存在し知覚できる感覚っていうのは、いや、これは、単なる予想であって、私達の確信という感覚とは、遠く離れたものか。この、遠くという表現も何か違う気がしますけれど」

「でもね、ケージさん。私は殺してないのよ? オトキ・コユキを。私Aは殺してないの。私Aには何の罪もない。ただ」

「ファッションショーをやっていただけ、そう言いたいのでしょう。全く酷いお人だ、聞きましたか? リョウコ・サヤマBさん」

 リョウコ・サヤマBはゆっくりと頷く。彼女は着ていた服を脱ぎ、裸になった。

「なっ、なぜ、裸に?」

 リョウコ・サヤマAが驚いたポーズと、全く同じポージングを、リョウコ・サヤマBがとった瞬間。

 リョウコ・サヤマは一人になった。

「ありがとう、ジョシュア君。よくやってくれました」

「ああ、そんな、そんな。私が殺してないのに、私が殺した。私は殺してないのに、私は殺した」

「だから、言ったじゃないですか。この、た、というのもしっくりこないですね、やはり。いえ、全く矛盾などしていません。貴方は、オトキ・コユキを殺していません。しかしながら、オトキ・コユキを殺したのは、貴方、なんですよ」

「私が、殺しました」

 リョウコ・サヤマは鏡を見ていた。鏡に映る彼女の姿は、一点の曇りもなく美しかった。



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