第111話 特別サービス

 東ホールを歩く道中、ななちゃんのお気に召した同人誌をいくつか買う。

 僕も東ホールを周った中でいくつか気になった同人誌を買って、キャリングケースに入れた。



「やっぱり即売会は色々なサークルを直接周ることがことが出来ていいね! このイベントに来たおかげでいい買い物が出来たよ!


「そうだね。それよりもななちゃん、そんなに同人誌を買って大丈夫なの?」


「うん、大丈夫! これは市場調査も兼ねてるから問題ないよ」


「市場調査? どういうこと?」


「グッズとかに使うイラストの依頼をする時とか、あたしは出来るだけ自分の好きなイラストレーターさんに頼みたいの。だからこうしてコミケで色々なイラスト集を買って、グッズの依頼をするイラストレーターさんを探してるんだ」


「とかいって、可愛い女の子のイラストが見たいだけなんじゃないの?」


「もちろんそれもあるよ。それに加えてエッチな絵もあれば尚の事良し!」


「真っ当な事を言っているように聞こえるけど、それって全部ななちゃんの趣味だよね?」


「そうだよ。でも趣味を仕事にしてるんだから多少の私利私欲は入るよ」


「なるほど。確かにVTuberをしていればそうなるか」



 今までグッズの制作や発注を全て1人でやっていたから、自然とそういう考えになったのだろう。

 それらをしている手間暇を考えた時、改めて個人で活動するのがどんなに大変か学んだ。



「そうなんだよ! 特にあたしはASMRをしているから、ちょっとエッチなイラストを探してるの」


「でも今日は1日目だから、エッチなイラストを出しているサークルは少ないよね?」


「うん。だからそういうイラスト集を買う事が出来なくて、ちょっと残念」


「そういう系の出展は明日のはずだから。今日は諦めよう」



 ななちゃんには平然とした表情で話しているけど、エッチなイラスト集を出しているサークルが少なくて僕は胸を撫でおろしている。

 2日間開催されるコミフェスに行くと決めた時、どちらの日に行くか悩んでいたけど、1日目を選んで本当によかった。

 もしななちゃんがエッチなイラストを買い漁っていたら、隣にいる僕はものすごくいたたまれない気持ちになっていた気がする。



「一通りホールは見たし、次はどこに行く?」


「そしたらコスプレ広場に行こう! きっとそこには可愛くてエッチな女の子がたくさんいるはずだから、そこでいっぱい写真を撮りたい!」



 周年ライブから解放されたななちゃんの欲望はとどまることをしらない。

 いつもよりはっちゃけている彼女の様子を見ると、今日は清楚で可憐な柊菜々香ではなくちょっとエッチなお姉さん、神倉ナナの人格が表に出てる気がした。



「ちょっとななちゃん!? 周りに大勢の人がいるから、そういうことはあまり大きな声で言わない方がいいよ!?」


「大丈夫だよ。あたしの話なんて斗真君しか聞いてないから、心配しなくていいよ」


「そうなのかな?」


「そうだよ! だから斗真君も遠慮なんてしなくていいんだよ♡」


「僕は別に遠慮なんてしてないよ」


「またまた、そんなこと言って! 今日は斗真君もあたしの写真をいっぱい撮っていいんだからね♡」



 そういえば今日はななちゃんもコスプレをしていたんだった。

 みつみさんと話していて忘れていたけど、僕の隣にはチャイナ服姿の可愛いコスプレをしたななちゃんがいる。

 彼女を色々な所へ案内することに集中しすぎて、その事をすっかり忘れていた。



「(もう少し落ち着ける場所に行ったら、一緒に写真を取ってもらおう)」



 この機会を逃したら、彼女と2ショット写真を撮る事なんて金輪際出来ないだろう。

 だからこのチャンスを生かして、絶対に彼女と一緒に写真を撮ることを決めた。



「もしかして斗真君、あたしのことを考えて今興奮してる?」


「してないよ!? それよりも早くコスプレ広場に行こう!?」



 僕は自分の恥ずかしい気持ちを誤魔かすようにななちゃんの手を引いて、コスプレ広場へと向かう。

 コスプレ広場に着くと、そこは既に大勢の人でにぎわっていた。



「この庭園にあるコスプレ広場には、可愛いコスプレイヤーさんが多いらしいよ」


「へぇ~~~そうなんだ。そういえばななちゃんはそこで何をしてるの?」


「庭園に入る前に髪を直してるんだ。そこのレストランの鏡を使って」


「ちょっと待って、ななちゃん!? 髪を直すなら僕が手鏡を持ってきてるからそれを使って!?」


「ありがとう。ところで斗真君は何でそんなに慌ててるの?」


「そこの鏡はマジックミラーになってて、レストランの窓から僕達の姿が丸見えらしいよ」


「えっ!? そうなの!?」


「うん。前に姉さんがそう言ってた」



 庭園前にあるレストランの窓際に座っていると、よくコスプレーヤーがお色直しをしている所が見えるベストスポットになっているらしい。

 どうして僕がこんな事を知ってるかというと、姉さんが可愛い女の子が見たくてこのお店を頻繁に使っているからだ。

 なんでも可愛い子を見るなら、この場所がベストスポットだと姉さんは言っていた。僕は入ったことないのでそれが本当なのかわからないけど、用心に越したことはない。



「この鏡ってマジックミラーになってるんだ」


「そうだよ。だからその鏡で安易にお色直しをしない方がいいよ」


「あっ、そうだ! いいこと思いついた!」


「何を思いついたの?」


「この鏡がマジックミラーになってるなら、レストランにいるみんなに特別サービスしちゃおう♡」


「えっ!? 特別サービスって何をする気なの!?」


「キス顔♡ ん~~~っま♡」


「ちょっとななちゃん!? そういうことはしなくていいよ!?」



 さすがにそれは過剰サービスだ。きっとレストランの中にいる人達もななちゃんの姿を見て、ドキッとしてるに違いない。

 それはそれとして、ななちゃんのサービスシーンを見た僕は僕でモヤモヤしている。

 ななちゃんのうっとりとしたあの表情が他の人に見られたかと思うと、何故か胸の奥がムカムカした。



「もう終わったから大丈夫だよ。早く奥へ行こう!」


「うっ、うん」



 ななちゃんが他人に見せたキス顔。何故かわからないけどその表情を他人には見られたくない。

 少し前まではななちゃんのその表情を見ても何とも思わなかったのに。僕はどうしたんだろう。

 さっきのみつみさんの件といい、他の人に対して強い嫉妬心を抱いていた。



「(あれ? 僕はななちゃんの彼氏じゃないはずなのに。なんでこんなにイライラしているんだろう?)」



 ななちゃんが何をしていても僕には関係ないはずだ。

 それなのにこの胸がざわつく感じはなんだ? なんでこんなにイライラしているのか自分ではわからない。



「大丈夫だよ、斗真君」


「何が?」


「斗真君にもあとでキス顔を見せてあげるから♡ 楽しみにしててね♡」



 この様子だとマジックミラーの前でキス顔したのはななちゃんの作戦だろう。

 彼女はいたずらが成功した子供のような無邪気な表情を僕に向けた。



「とりあえずキス顔の件は一旦置いておこう」


「それは後回しにして大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないけど、この通りは人が多いから早く中に入った方がいいよ」


「確かにそうだね。そしたら早くコスプレ広場へ行こう!」



 それから僕達はななちゃんに連れられて庭園にあるコスプレ広場に移動する。

 庭園に行くまでの間、僕はななちゃんとはぐれないように彼女の手を強く握った。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の7時に投稿しますので、よろしくお願いします。


最後になりますがこの作品がもっと見たいと思ってくれた方は、ぜひ作品のフォローや応援、★レビューをよろしくお願いします。


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