第100話 自業自得
次の日の朝、何事もなかったかのように起きた僕はななちゃんが作った朝食を食べた後、彼女をダンスレッスン場まで送り届けた。
いや、何もなかったというのは語弊があるだろう。朝食を食べている途中彼女は僕のことをチラチラと見ていたし、ここにくるまで横並びに歩いていたが、なんだかいつもよりもお互いの距離間が近い気がした。
「ここがななちゃんが通う事になるダンスレッスン場だよ」
「凄い! あたしが通うダンス教室って、こんなに大きな建物の中にあるんだ」
「そうだよ。この建物の中にはダンスレッスン場の他にボイストレーニングが出来る施設もあるから、こんなに大きいらしいよ」
「もしかして今度行く予定のボイストレーニングもここで受けるの?」
「そうだよ! 受け持つ会社は同じみたいだから、ボイストレーニングをする際はまたここに来て」
さっきから当たり障りのない会話をしているけど、それよりももっと気にしないといけないことがある。
それは家を出てからここに来るまでの間、彼女の左手の甲が僕の右手の甲とずっと触れ合っていたことだ
時折自分の指を僕の指に絡ませようとしているように見えて、さっきからずっと緊張していた。
「斗真君、ここまで送ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
昨日の件があるので、ななちゃんとの会話がものすごくぎこちない。
彼女も昨日の件を覚えているのか、時折顔が赤くなっていた。
「レッスンが終わったらまた連絡するね」
「わかった。そしたらまた迎えに来るよ」
「うん。お願いね!」
軽い言葉を交わし、ななちゃんはダンスレッスンへと向かう。
彼女がレッスン場に入っていく所を見送った後僕はやることがないので、しばらくの間手持無沙汰となる。
「ななちゃんが戻ってくるまでの間、何をしようかな?」
姉さんから聞いたレッスン時間はおおよそ2時間程と言っていた。
一度事務所に戻ることも考えたが、またここに戻ってくるのは正直面倒くさい。
なのでななちゃんのレッスンが終わるまでの間、出来ればこの近くで時間を潰したかった。
「せっかくパソコンも持ってきたことだし、どこかのカフェにでも入って今度上げるショート動画の編集でもするか」
昨日は1日中ななちゃんにかかりっきりで配信が出来なかった。
なので僕のことを応援してくれるリスナーの為に、ショート動画を作ることに決めた。
「ふ~~~ん。斗真君はわざわざ神倉さんの為に送り迎えまでやってるんだ」
「あっ、彩音さん!? いつの間にいたんですか!?」
「それはもちろん君達が美味しそうな朝食を食べていたところから、このダンス教室に来るまでの間ずっと‥‥‥いっ、いや!! たまたまあっただけだよ!」
「それだけのことを白状した後に取り繕っても意味がないですよ」
そんなにいい笑顔をしたって、僕は騙されないぞ。どうやらこの人は朝起きてからずっと僕達のことをつけていたらしい。
「(本当彩音さんは奇天烈な人だ)」
今回は僕だったからいいものの、僕以外の人にこんな事をしたらストーカーとして警察に通報されてもおかしくないぞ。
休日の朝っぱらからこんなことをする彩音さんの将来を何故か心配してしまった。
「だってずるいじゃないか!? 君だけあんな可愛い子に朝ごはんを作ってもらって。僕はコンビニの総菜パン1個で凌いだのに不公平だ!!」
「その様子だとサラさんはまだ怒ってるんですね」
「うん。朝食を食べに事務所に行ったら、総菜パンが1つだけ置かれてた」
「それは姉さんの分の総菜パンだったんじゃないですか?」
「いや、間違いなくそのパンは僕の分だ。事務所に琴音さんがいたからこの総菜パンを食べてもいいか聞いたら、2つあったから1つは食べていいと言っていた」
昨日あんなことがあったのにサラさんは優しいな。
僕だったら彩音さんの朝食なんて考えないのに。まるで聖母のような人だ。
「何で僕がこんな仕打ちを受けないといけないんだよ‥‥‥」
「総菜パンが置かれてるだけマシじゃないですか。普通ならご飯の用意もしてくれませんよ」
こういう所にサラさんの良心がある気がした。たぶん彩音さんの為に朝食は作りたくないが、彼女の食生活が心配なので妥協案として事務所に総菜パンを置いたに違いない。
なんだかんだいってサラさんも彩音さんの事を心配しているようだ。この調子ならすぐに仲直りを出来るだろう。僕が心配するだけ、無駄だと思う。
「でも!! あれからサラは僕とまともに口を聞いてくれないんだよ!!」
「それは彩音さんが自分で何とかしてください。僕にはどうすことも出来ません」
「そこを何とかしてよ!? 斗真君はどうすればサラの機嫌が直ると思う?」
「本当にサラさんに悪いことをしたと思っているなら、誠心誠意謝ったらどうですか? 『もう2度と誤解を与えるような発言はしない』と言って謝罪をすれば許してもらえると思いますよ」
「そんなことはとっくにしたよ!? それでも機嫌が直らないから、僕は困ってるんだ!?」
どうやら僕の予想以上にサラさんは怒っているようだ。でも、僕は彼女が彩音さんに対して怒る気持ちもわからなくはない。
だってあの人は作る必要もないのに、いつも僕達の事を考えて料理をしている。
食費は全員で負担しているとはいえ、その心遣いには感謝しないといけない。
「(あれだけ栄養満点で美味しい料理を作ってくれるサラさんに対して、食べ飽きたなんて言ってたら絶対に怒るだろう)」
いつもは仏のように寛容なサラさんの堪忍袋の尾が切れてしまってもおかしくない。
それぐらいの大罪を彩音さんは無自覚に犯していた。
「どうしたらサラは機嫌を直してくれるだろう」
「それは彩音さんが考えることですよ。僕は知りません」
「そっ、そんなぁ!! サラのご飯がないと僕は!!」
「あっ、サラさん」
「えっ!?」
彩音さんが後ろを振り向くとそこにはサラさんがいた。
大きなリュックを背中に背負っているということはこれから彼女もダンスレッスンをするようだ。
「(そういえば今日の予定表には、サラさんもダンスレッスンに行くような事が書いてあった気がする)」
確かななちゃんと同じ時間帯にレッスンをするはずだ。
僕も彩音さんもどうやらそのことを忘れていたらしい。
彩音さんなんか余程驚いたのか、目をまん丸にしてサラさんのことを見ていた。
「彩音‥‥‥」
「あっ、いやっ、その‥‥‥」
彩音さんは動揺しているけど、ここにサラさんがいることは至って普通の事である。
よくよく考えればここはうちの事務所の人達が出入りしているレッスン場なので、うちの事務所に所属しているタレント同士がばったりあってもおかしくない。
「あぁ‥‥‥オホン!! やっ、やぁサラ。こんな所で奇遇だね」
「私の料理が食べ飽きたという人とは何も話したくないですわ」
「ちょっと待ってよ、サラ!? せめて僕の話だけでも‥‥‥」
「私、レッスンがあるので!! 弟君、またあとで会いましょう」
そういうとサラさんはダンスレッスン場へと行ってしまう。
よっぽど彩音さんに怒ってるのか、サラさんは彩音さんの顔すら見なかった。
「サラさん、相当怒ってますね」
「だろう?」
あんなにサラさんが怒るなんて珍しい。
どうやら彩音さんはサラさんの地雷を踏んでしまったようだ。
「(これはしばらくの間、サラさんが彩音さんと和解することはないな)」
そう思ってしまうぐらいサラさんは怒っている。
この様子だとしばらくの間サラさんが料理をすることはないだろう。
僕や姉さんも自分のご飯は自分で用意しないといけなくなるかもしれない。
「だから斗真君、これからサラの機嫌を直すための会議をしよう」
「すいません。今日はショート動画の編集があるので、僕はこれで」
「ちょっと待ってよ!? 少しぐらい僕の事を助けてくれたって‥‥‥」
「そういう事は人に頼らないで、自分で考えて下さい」
今回のことは彩音さんの自業自得。さすがに僕も擁護出来ない。
サラさんは料理好きというよりは、ろくに料理も出来ない僕達の為に毎日頑張って作ってくれてるのだから、彩音さんはもっとサラさんに感謝をするべきだ。
「ちょっと待ってよ、斗真君!? 僕の事を置いてかないで!?」
こうして僕はカフェまでついてきた彩音さんの話を聞くことになる。
だがそんな話をしたところでサラさんの機嫌を直す有効策等見つかるはずもなく、僕は彩音さんの話を聞きながらショート動画の編集をした。
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ここまでご覧いただきありがとうございます。
続きは明日の7時に投稿しますので、よろしくお願いします。
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