第13話
俺は座り心地のいい高級そうな椅子に腰を下ろすと部屋をぐるりと見渡した。
キラキラと天井から光る照明は少し眩しく、テーブルは高価そうな石でできていて、その上には美味しそうな果実が盛られていた。
「凄い広いな……流石一番高い部屋だけある」
ふたりで借りるには勿体無いくらいにだだっ広い部屋だ。こんな豪華な部屋に初めて入ったけどどうしても金が勿体ないと思ってしまう。大金を手にしても感覚は庶民な俺は普通の部屋ならあれが買えたなどと考え始めてしまう。金持ちの感覚になるには時間がかかりそうだ。
俺は横目でソファーに寝転がり美味しそうにお菓子を食べるアリスを見て深いため息をついていた。
「はぁ……全く……」
俺は普通の部屋でよかったからいつものように受付でふたり部屋を取ろうとしたらアリスが「一番広いお部屋がいい‼︎」と駄々をこねだして結局押し切られてしまったのだ。まあ金も沢山あるし元々はアリスのお陰であの洞窟から出られた様なものだと思うと頷くことしかできなかった。
「今日の夜出発するけど嫌なら俺だけで行くからここにいてもいいよ」
俺の言葉を聞いたアリスは口の入ったお菓子を飲み込むとソファから起き上がった。
「ここにいてもつまんないから行くー!」
先程アイナ達の動向を情報屋から買い明日この近くにあるダンジョン「マキナ」に出発する事を掴んでいた。
夜は外にいるモンスターの活動が活発な為ダンジョンに行く奴がいないのは常識だ。例えダンジョンで野営をする時でも夜は安全地帯で過ごすのは冒険者なら必ず守っている事で今回はそこを利用して先回りする計画になっている。
まだ酔っぱらいの騒ぐ声が聞こえる中、街の住人が寝静まったであろう夜に街を出ると暗い道を歩き森の中にあるダンジョンへ向かった。
「中からはそんなに強いモンスターは感じないよ? パクパク」
真っ暗な洞窟の入り口に立つと隣からお菓子を食べる音を立てながら軽い感じでアリスが口を開いた。
「まあ俺もそんな感じだけど情報屋からは高難度ダンジョンで誰も入らないって聞いたから油断はできないぞ」
「モグモグ、行こう!」
「アリス……どれだけのお菓子を食べる気なんだ……」
アリスはあの禁断の洞窟にどれほどいたのか分からないけどあの中で何を食べて生きていたのだろうか? 美味しい物があるとは思えないし、もしかしたらその反動で美味しい物、特にお菓子に夢中になっているのかもしれない。異空間には街から買った大量のお菓子が置いてあり時間があればパクパクと食べていた。
俺は頬をお菓子で膨らませるアリスに苦笑するとこれから高難易度ダンジョンだと緊張して意気込んでいる自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「ははっ、本来こんな感情で入るダンジョンではないんだけどな……」
完全に調子が狂わされた俺はダンジョンに入り何とか気持ちを入れ直して激しい戦闘に備えていたのだが……何故か戦わずに歩いていた。まるで生き物が住んでいない空の洞窟の様に静かで俺達の足音のみが響いている状態だ。
それが何故なのか……。
「マジかよ……モンスターって逃げるんだ……」
俺は初めての事に驚きを隠せなかった。このダンジョンに入ってモンスターを見るも、俺達を見ると一目散に逃げていくのだった。それは不思議な感覚で、何かズルをしているような気分になる。
「知らないのぉ? レベルが開き過ぎてるとモンスターって逃げるんだよ?」
アリスはそれが信じられないような口振りで俺に言ってきたのだ。
「冒険者を何年もやってるけど初めて知った……いやいや誰も分からないだろ! そんなレベルの奴いないし」
そして本当に何事もなく10階に到達してしまうと頑丈そうな扉が姿を現した。
「ここが最奥か……行くぞ」
ゴゴゴ
扉を押し開けると暗い部屋に幾つもの火が灯り始め、中に入ると扉が閉まる。
グルル……。
奥には俺達侵入者を感知したのか低い唸り声が洞窟に反響して俺の耳に届いた。
「流石にボスは逃げないか……」
「グォオ‼︎」
装備を守る番人は大きな緑色の体をした巨人だった。暴れたくて仕方がないようで、手に持った巨大な剣をブンブン振り回してはやく来いと言っている様に感じた。
「やっと戦えるな」
俺は剣を構えて戦闘態勢に入った。
「覚えたスキルの実験台になってもらうぞ!」
ダッ‼︎
地面を2歩蹴っただけで遠くにいたはずのボスモンスターに到達するとスキルを発動した。
「グラトバーンド‼︎」
挨拶がわりの5連撃が俺の剣からモンスターに向かって放たれた。
シュ!
ガガガガガッ‼︎
「ガアァ‼︎」
大きな巨体は凄まじく早い5連撃を防御する間も無く受けると痛そうな顔で叫び声を上げた。
ズドーン‼︎
俺は鎧で守られていない箇所を狙って全てヒットさせると大きな振動とともにモンスターが倒れ地面がぐらぐらと揺れる。
「凄い……なんて威力だ……」
グググ……。
ボスモンスターは予想外のダメージにフラつきながら起き上がると怒りに満ちた表情で巨体とは思えないスピードを出して俺に迫って来ていた。
「グガァー‼︎」
ボスモンスターは飛び上がり俺を睨むと剣を両手で振りかぶっていた。
ガ‼︎
俺は剣を地面に突き刺すとスキルを叫んだ。
「ガイアランス‼︎」
ドォーン‼︎
ザク‼︎ ザシュ‼︎ ドス‼︎
ボスモンスターは俺に触れることは無く地面から突き出された数々の岩に貫かれて叫び声を上げることなくスッと消えていった。
「セトやったね!」
剣をカチンと音を立てて鞘に収めると自分がボスクラスを瞬殺した事実に信じられずに立ち尽くしていた。
「まさか一人でボスモンスターを倒すなんてな……」
ボスモンスターはパーティでやっと倒すものであり強ければ強い程他のパーティとの協力が必要となってくる。常識とはかけ離れたレベルによる暴力を目の当たりにした俺は戸惑っていた。
そしてレベルアップを感じた俺はギルドカードを持ってステータスを見るとレベルが220になっていた。
「あのボスだけでレベルが10も上がった……相当な強敵なんだろうがさすがにおかしいぞ」
レベルは上がれば上がるほど次のレベルまでの道のりは長いはずだった。あのアイナでさえ昔99から100になるまでに半年かかったと言っていたのだ。異常なまでのレベルアップの早さは何なのか? 疑問は募るばかりだった。
考えてもしょうがないのでさらに部屋の奥に進んで行くと鍵穴の付いた扉を発見した。
「ここが勇者の装備が置いてある部屋だろうな」
調べてみるとやはり鍵がかかっている。
「これからどうするの?」
「とりあえず明日アイナ達が来ると思うから遠くから様子を見てここに来れるようサポートするんだ」
ボス部屋にテントを出すと野営をして明日を待つ事にした。
「ねえ、何でセトはあのダンジョンに来たの?」
街で買った高級テントの寝心地があまりに良くて寝そうになっていた俺に隣で寝ていたアリスが話しかけてきたので俺は少し間を開けて答えた。
「前は仲間と一緒にダンジョンに入ってたんだ……でもレベルが皆より低いからさ、連れて行けないって言われてね……俺にはそこが自分のいる場所だって信じてたからショックで、だったらもう生きてる理由がないってヤケになってあのダンジョンに入ったってわけ、ほんと馬鹿だよな俺って……」
「でもセトはレベル高いからまた戻れるよ」
「ダメだよ……そんな奴をもう受け入れるわけないしさ、いいんだこれで……アイナの装備を集める手伝いが終わったら旅に出るよ、知り合いのいない土地で静かに暮らすんだ」
「ふ〜ん」
それからアリスは話すことなく寝息をたてはじめた。
「おやすみアリス……グッ⁉︎」
俺は目を閉じて眠ろうとした瞬間急に息ができなるくらいの痛みに襲われた。まるで心臓を鷲掴みされたような感覚が容赦なく俺を苦しめていく。
「うぅ……」
いつまで続いたのか、永遠のように長い時間激痛に耐えているとやがて嘘のように痛みが消えていった。
これがあの男が言っていた力の代償か……。
これまで味わったことのない地獄のような激痛に全身は汗をかき小刻みに震えていた。
俺はこれからこの痛みと生きていかないといけないのか……。
あの男が辛い道と言っていた意味が分かった俺はどんな周期でこの痛みが襲ってくるのか恐怖でその日眠ることができなかった。
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