第32話 期末前事変 終

「ま、今日はここまでだね。もう外暗いし」

「だー! 疲れた!」

 生徒会室での放課後。

 俺と颯は、残って勉強をしていた。

 というか、俺が全力で颯に勉強を教えていた。もちろん、赤点を取らないようにするためである。

 若松颯は、処罰の一環として生徒会への入会。および書記としての活動をすることとなったのだ。実際、イラストを描く能力だけでなく、勉強を教えている最中でも、ノートに書く颯の字は、とてもきれいだったから、書記というのは颯にとって適任だろう。

「あ、そうだ。聞いていい?」

「どうした?」

 俺は颯に聞きたいことがあった。

「沙羅と会いたいか? 恩人なんでしょ?」

「あ~……」

 そう。

 颯の恩人である藤田沙羅。

 今まで颯は不登校気味だったというのと、沙羅も不登校な時期があったせいで、二人は会えていなかった。

 颯の恩人なはずなのに。

「いや、いい」

「え? いいのか?」

 正直、もう俺が連絡すれば、颯は沙羅と会えるはずだ。本当にそれでいいのだろうか。

「なんか違うんだ。紹介されて会うのは。だって向こうは、やっぱり僕のことは覚えてないわけだし」

「……そんなものなの?」

「そんなもんだ」

「そっか」

「というか、緑と仲良くしてたら、いつか話すことぐらいあるはずじゃない?」

「……それもそうか。焦らなくていいか」

「うん。自然と話せる機会が来るのを待つよ」

 颯はそう話しながら、荷物をまとめていた。

「あ、僕も聞いていい?」

「どうぞ」

 颯からも、質問があるようだ。

「緑はさ、藍原からの好意は嬉しい?」

「なんだ突然」

「いや、改めて近くで見るとさ。すげえグイグイアタックしてるなって思ってさ」

 確かに桜花の押しはすごい。しかしだ。

「……いや、桜花だけじゃなくてどんな人からでも、好意ってうれしいものじゃないか?」

「まあ、そうかもだけどさ……一応……元アイドルのアドバイスなんだけど」

「うん」

「たくさんの人から好かれるとさ、好意が飽和して、こぼれて、収まらなくなってくるんだよ。だって向こうは恋人みたいに、自分を想ってくれているわけだ。そうすると、どんどん受け入れられなくなる。受け止められなくなる。一人一人からの好意に対する対応が、どうしても雑になるんだ。好意の量に差が生まれるんだ。するとどうなると思う?」

「う~ん」

 俺は思考を回した。しかし、全然その状況になったときの想像ができなかった。

 だって、たくさんの人から好かれたことなんてないからな。

 アイドルだった颯になら、想像にたやすいんだろうけど。

「どうなるの?」

「よくも私の好意をこぼしたな、蔑ろにしたなっていう人が、僕を壊しにくる」

「……」

 なるほど。すぐに納得してしまった。

 颯はそういう苦しみもきっとあったんだろう。

 アイドルをやめた時とかなんて、特にそう言われてもおかしくない。

「気を付けたほうがいい。緑みたいにいろんな人に好かれる人は、すぐ好意が飽和するから。それで勘違いされて、勝手に恨まれてるとか全然あるから。アイドルをやってると、今話したこととか、別のいろんなことも原因で、どうしても僕とファンで、好意の量に差ができるから、ファンが勘違いをして、そういう暴挙に出てしまうことがあるんだ」

 颯は、淡々と語っている。

「こうやって被害者みたいに語ってるけど、まあ僕も、向こうからしたら、全く面識のない藤田先輩に、一方的に好意を寄せてるわけだから、人のこと言えないけどさ」

 一通り颯は話し終えると、俺のことを見た。

「……怖い話だな」

「あ、悪い……真面目な話過ぎたな……」

「ふふ。ちょっとだけ、嫌な奴でいようかな」

「はは。それぐらいがいいかもな」

 俺と颯はまとめた荷物を持って、生徒会室の扉の前に立った。

「ん」

「ん?」

 俺は颯を見て、扉を指さした。

「俺は会長だぞ。颯が開けろ」

「……はは。それで嫌な奴のつもりか?」

「うん」

「会長のくせに規模が小さいんだから」

「いや、あまりにも嫌なことすると、罪悪感がさ……」

「……ああ、わかるぞ」

 罪悪感というか、悪いことはしたくないというだけなんだけどさ。

 颯が扉を開けてくれた。

「このさ、扉の窓についてるカーテン。なんなんだろうな」

「ん?」

 颯は、生徒会室の扉の窓についているカーテンを指差した。今はこのカーテンは畳まれている。もしこのカーテンを広げたら、生徒会室の中は見えなくなるだろう。

「言われてみれば、俺たちが生徒会になる前から、ついてるような気がするな。なんでついてるんだろうな」

「会議を見られないようにするためか? うーん。ま、なんか気になっただけだし、いいけどさ」

「ま、そうだね」

 俺たちはまた歩き出した。

「話は戻りますけど、まあ僕は緑に恩あるし、こき使ってくれていいからさ」

「そう?」

「うん」

 暗くなった廊下を歩きながら、俺と颯はゆったりと話している。

「だから、改めてよろしく頼むよ」

「こちらこそ。受け入れるって、颯に居場所をあげたいって決めて入ってもらったんだから、責任は持つさ」

「ふふ。ありがとう」

 颯は綺麗に微笑んだ。

 今まで生徒会は、ひふみと桜花が一年で俺が二年と、同級生がいなかった。そんな俺にとっても、同じ生徒会の貴重な同級生だ。

 きっといい関係になってくれるだろうさ。

 

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