第15話 沙羅の噂と噂の彼
桜花のお見舞いに行った次の日。
生徒会の仕事も落ち着き、朝練もなかったため、俺はいつも通りの時間に登校をした。
廊下には、もう人の姿は多く、体育着姿の生徒も多かった。
体育祭はいつの間にか、明日に迫っていた。
自分のクラスである、二組に向かって歩いていると、その途中に向こうから歩いてくる右目の下に綺麗なほくろのある女の子、沙羅の姿が見えた。沙羅と目が合うと、沙羅はとても嬉しそうに笑顔で手を振ってくれた。俺も、軽く手を振り返す。
「おはよ~」
「おはよう」
沙羅は、俺の目の前で歩みを止めた。
「あ、そうそう。桜花ちゃんだっけ、風邪ひいちゃったんでしょ?」
「うん。ああ」
「もうよくなった?」
「うん。もう治ってたよ。今日は来れるってさ」
「そっか~よかったね」
「うん。本当によかったよ」
沙羅はどうやら、桜花が休みだということを知っていたらしい。
明智さんからでも聞いたのだろうか。
「というか、よく桜花が休みだってこと知ってたな」
「え? あ~そうだね」
「なんで知ってたの?」
「う~ん」
俺が尋ねると、沙羅は顎に手を添えて、首を傾げて考え始めた。
「私、暇だからさ。人の話とかよく聞いてるんだよね」
沙羅は、表情を変えずにそう言った。
「ああ、暇なんだ」
「うん。言ったでしょ? クラスに馴染めてないってさ」
「言ってたね。だからか」
「うん」
どうやら、沙羅はクラスに馴染めてないせいで、一人でいることが多いのだろう。
そのせいで、暇なんだ。
「あ、そうだそうだ。お願いしたいことがあってさ」
「ん? なに? 俺ができることならやるけどさ」
「えへへ。ありがとう」
沙羅は、嬉しそうに笑った。
「体育祭の後、後夜祭があるのは知ってるよね」
「うん。生徒会だからな。もちろん知ってるぞ」
「へへ、そうだよね。それでね、少しの間だけでいいからさ、後夜祭のとき、二人で体育祭の感想みたいなの話す時間、もらえないかな」
「ああ、いいよ」
「ホント? やった! じゃあ会えるように連絡先交換しとこうよ」
「うん。いいよ」
俺がそう言うと、お互いに携帯を取り出して、連絡先を交換し合った。
「よし……じゃあ、約束だからね。破っちゃだめだよ? 楽しみにしてるんだから」
「うん。もちろん」
「えへへ。それじゃあ、そろそろ教室戻るね~」
「うん。また」
沙羅は、手を軽く振りながら、笑顔で去って行った。
俺も、二組の教室に向かおうと思い、歩みを進めようとした。
しかし、その時二人の少し派手目な女子生徒が、俺の進路の途中に入り、話しかけてきた。
「ごめん。ちょっといいかな」
「あ、うん。なにかな」
その女子生徒二人は、お互いに見つめ合うと、申し訳なさそうに口を開いた。
「あのさ、藤田さんと仲いいの?」
「う~ん。そうだね。仲いいかな」
俺がそう言うと、もう一人の女子生徒が話を続けた。
「あのさ、おせっかいかもしれないけど……藤田さんの噂って知ってる?」
「噂? 知らないな。教えてもらえる?」
「えっとね……その……藤田さんってめっちゃビッチで、前期生徒会の男の子たちと色々って噂があるの。生徒会が解散したのも、本当は藤田さんが不正したんじゃなくて、男女関係で解散したんじゃないかって、話もあるくらい」
「……」
俺は、少し顔に力が入った。
俺は少し怒っていた。だって、俺が見ている限り、沙羅はそんなビッチな感じに思えない。
ただ、見た目がいいし、口調もふわふわしてて、男が好きそうな雰囲気を沙羅が持っているで、そう見えるかもしれない。また、沙羅が生徒会基金を、不正に使用したという事件のせいで、話や噂に尾ひれがついて、こういうことになっているとも考えられる。
「来栖くんや新生徒会のいい話は、いっぱい聞いてるの。一年生の女の子たちから聞いたけど、どうやら結構大きな問題を解決した……ってことも聞いてるし。だからこそ、藤田さんとは関わらない方が……」
この子たちも、きっと俺や生徒会のみんなを気遣って言ってくれているんだ。
その気持ちを無下にしてはいけない。
「忠告ありがとう。でも、俺には今のところそう見えないし、これからも彼女と話してみて、彼女のことを知ってから、判断してみるよ。でも、二人の話も忘れないようにするからさ」
「……」
俺がそう言うと、二人組の女子生徒は、またお互いに見つめ合った。
そして、またこっちを向いたかと思うと、二人は少し頭を下げた。
「ごめんなさい! 噂だけ聞いて、こうやって伝えちゃって!」
「私もごめんなさい! 仲良くしてるのに、ひどいこと言っちゃって!」
「……!」
二人が盛大に謝ってきた。
「いやいや! いいって! 俺たちのことを考えてくれてるってことをわかったからさ!」
俺がそう言うと、その二人組の女の子は顔を上げた。
「と、とにかく、これからも応援してるから!」
「人数少なくて大変だと思うけど、頑張ってね!」
「あ、うん。ありがとう。頑張るよ」
俺が返事をすると、その二人組の女子生徒は小走りで去っていった。
……改めて、やっぱり沙羅は学年でも浮いている存在みたいだ。留年していることや、生徒会での出来事のせいで、本人のイメージが悪くなっているせいで、そもそも話してくれる人が少なそうだ。
こうやって、俺と楽しそうに話してくれているのも、普段話せてない反動なのかもしれない。
***
「先輩、校庭の線を引き終わったみたいなんで、白線引きをしまうのを手伝ってください」
「ああ」
放課後。体育祭の前日。
校庭で、生徒会や体育祭実行委員や、そのほかの手伝いに来てくれている生徒たちが、皆せわしなく体育祭の準備を続けていた。
校庭には、テントやいろいろな装飾なども立ち始めていて、徐々に風変わりしていく様子が見て取れた。
「お~い! 二人とも~! 助っ人が釣れました!」
意外と重たい白線引きを移動させようとしていると、遠くからひふみの楽しげな声が聞こえた。
「ん?」
ひふみの隣には、唾液事件でお世話になった新聞部の烏山のあさんがいた。
「少しご無沙汰かな」
「そうだね」
「こんにちわ~」
のあさんと俺と桜花は、軽く挨拶を交わした。
「手伝いに来てくれたんですか?」
「ああ。帰ろうと思って廊下を歩いていたら、ひふみくんに捕まってね。ほら、女の子には、二つ持ちは厳しいだろう? 一つ寄越してくれ」
「ふふ。そういうことなら」
のあさんは、桜花から優雅に白線を受け取った。
「っと……会長が二つ、俺が二つ、烏山先輩が二つ……藍原さんが一つで、ちょうどいいですね」
「そうだな。とりあえず運ぼうか」
ひふみがそれぞれの持つ数を確認したあと、俺がそう言うと俺たちは、校庭の倉庫に向かって進み始めた。
「ひふみくん、のあさんとはよく話すんですか?」
「うん。俺への姫宮さんの突撃を、烏山先輩が止めてくれることが多くて、それのついでで話してたら、仲良くなったよ」
桜花が尋ねると、ひふみは楽しげに答えた。
桜花とひふみの二人は、楽しそうに俺とのあさんの前を、歩きながら話している。
「へえ。いつの間に」
俺は、小声で隣にいるのあさんに話しかけた。
「ふふ。自然とひふみくんが懐いてくれてね。廊下で会うとつい話し込んじゃうくらいには仲良くなったんだ。この前は、一緒に帰ったりもしたぞ」
「ええ! そんなに仲いいんだ」
「ああ。彼、明るくて純粋でかわいいよな。癒される」
「うんうん。そうだな」
のあさんは、微笑みながら前にいるひふみの横顔を見ていた。
「好き、とか?」
「……」
俺が小声で尋ねると、のあさんは豆鉄砲を食らった鳩のような顔になった。
「ふふ。どうだか」
「ちょっと見た目がかわいすぎるか」
「そうかもしれない。女の子みたいだよな。でも、内面は意外と男の子だ」
「そうだね。いわゆる男のあほみたいなノリにも、意外とついてきてくれるし」
「……」
のあさんは、またひふみの顔を見た。そしてその後、俺の顔を見直したのあさんは、口を開いた。
「……私は……背も高いし声も低めだ。口調もなんだか、女の子みたいな口調は、恥ずかしくて男口調だし……それでもいいのかなと少し思うんだ」
そういうのあさんの顔は、間違いなく、恋に悩むイケメンの顔そのものだった。
夕焼け空に綺麗に染められているせいか、彼の顔はいつもよりさらに綺麗に見えた。
「それを決めるのは……のあさんと……ひふみなんじゃないの?」
「……」
俺は、ちょっとわざとらしく言った。
のあさんは、目を少しだけ閉じた。
「そうだな。私と彼がいいと言ったら、それでいいのかもしれない……」
そう言って、少し空を見た後、のあさんはハッとした。
そして、俺を少し赤面した顔で見た。
「べ、別に本当に好きだとか、付き合うとか! まだ言っていないからな!」
「わかってるって」
のあさんは、どうやら今までの話を自分の中で整理した結果、恥ずかしくなったみたいだ。珍しく、余裕がないように見える。
というか、ずるいな。こんなイケメンな女の子なのに、恋愛経験のない俺より、恋愛経験がなさそうな反応をして。こんなの魅力的すぎる。男女ともに、のあさんに惚れる人は多いだろうな。
「俺は、応援してるよ」
「……一応、ありがとうと言わせてもらおうか」
俺とのあさんは、自分たちの前で楽しそうに話す桜花とひふみを見ながら、そう言った。
***
体育祭の準備を終えて、俺と桜花とひふみは、生徒会室に戻って明日の体育祭の様々な確認をしていた。
俺は、当日搬入する必要のあるものを確認していて、桜花は生徒会室から校庭の様子を見ていた。校庭は、体育祭使用に様変わりしていた。いつもの砂と砂利以外何もない校庭が、アーチやテントで飾られていて、イベントをやるんだという雰囲気になっている。
ひふみはというと、体育祭に関係なさそうな、生徒名簿をう~んと頭を悩ませながら覗いていた。
そんなひふみを見かねてか、桜花はひふみに話しかけた。
「ひふみくん」
「ん~?」
「そんな難しい顔しながら、生徒名簿見て、どうしたんですか?」
「あ~」
ひふみは、少し頭を掻きながら言った。
「実は、俺が好きだったアイドルを放課後見かけた気がして……気のせいかもしれませんけど」
「アイドルですか……」
桜花はそう言うと、腕を組んで首をひねった。
「うちにアイドルなんていたっけ?」
「アイドルっていうか、元アイドルですけどね。大体今から半年ぐらい前に卒業したアイドルです」
俺が尋ねると、ひふみは答えてくれた。
「名前はなんて言うんですか?」
「本名かどうかわからないけど、若松颯って名前だよ」
「ああ。聞いたこと事ありますね。ネットの番組でアニメについて熱く語っていた覚えがあります……ちょっと名簿借りてもいいですか?」
「うん」
桜花は、ひふみから名簿を貰った。
「アニメ好きのアイドルなのか?」
「はい。アニメだったりゲームだったり、とにかくオタク系アイドルなんですよ。しかも、そんなあまっちょろいオタクなんじゃなくて、ホントもうめちゃくちゃディープなオタクなんです」
俺がそのアイドルについて尋ねると、ひふみはいつもより大きな声で答えた。きっと本当に好きだったんだろう。
「ファンは多かったのか?」
「はい! イケメンだし、性格もいいし、それでいてちょっと王子様みたいなこともするんです。男女ともにファンは多かったですよ。でも、学業に専念するって理由で卒業をしたんです」
どうやら、俺は知らなかったのだが、かなり有名なアイドルだったようだ。
「あ、いましたよ」
「え! ホント?」
「はい。ここです」
二人は、顔を近づけて名簿を確認した。
「ほんとだ……本当に同じ学校だったなんて……」
ひふみは、目を大きく開けて驚いていた。
「でも……ちょっと思うんだけどさ」
俺は、今までの話を聞いていて、疑問に思ったことがあった。
「そこまで有名なら、校内でもっと話題になってていいよな」
「た、確かに」
俺が言うと、ひふみは首を傾げた。
「そうですよね。アイドルをやめたのも去年の夏ごろですし、それから学業に専念してるならもっと目立ってもいいはず……どうして今まで気が付かなかったんだろう……」
「確かにそうですね……なんでなんでしょう」
「なんでだろうな……」
ひふみだけでなく、俺も桜花も必死に考えを巡らせたが、結局、どうして気が付かなかったのかの答えは見えなかった。
ただ、桜花は少し訝しげな表情で若松颯の写真を見つめた後、おもむろに棚にある生徒情報のファイルに目を通し始めた。その生徒情報のファイルは、成績の上下や普段の生徒の素行などが、簡単に書かれているものだった。
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