二章

第8話 奉仕部の訴え

 唾液事件から土日を挟んで、数日後。ゴールデンウイークまで大体一週間といった、四月の後半。

 今日の放課後も、生徒会の仕事はないにもかかわらず、生徒会室に集まり、奉仕活動の依頼が来るのを待っている。もちろん、集まっているのは、桜花とひふみ。そして、この俺、来栖緑だ。

「え? 前期生徒会の会計さんに会ったんですか?」

「ああ」

 イヤホンをしながら、今日もまた、自席にて、何かアニメか動画を見ているか、ゲームをしていると思われるひふみを横目に、俺は会長席に座って、桜花は自席に座って話をしている。

「どうでしたか? 悪女って感じでしたか?」

「え~っと……」

 俺は、前期生徒会の会計だった、藤田沙羅の雰囲気を思い出していた。

 前期生徒会の会計である沙羅は、生徒会のお金を不正に利用した。そして、前期生徒会はその責任を取るという形で、解散したのだ。

 ただ、気になるのが、その不正に利用された金額である。なんとたったの五千円。しかも、沙羅はその不祥事の罰則で、停学になっており、その影響で留年を余儀なくされていた。つまり沙羅は、五千円で留年し、貴重な高校一年を棒に振ったのである。

 そして、五千円で留年というのは、あまりにも不釣り合いなので、俺は前期の生徒会の解散には、なにか裏があるんじゃないかと、少し疑っているのだ。

「めちゃくちゃ美人で……スタイルよくて……優しかったな。それにふわふわした雰囲気で、全然悪女って感じじゃなかったぞ」

 俺はそんなことを考えながら、俺が沙羅から感じた印象を、桜花に伝えた。

「う~ん。やっぱりそうですか」

「やっぱり?」

「いや、私も前期生徒会のことは、今でも調べ続けてはいて、その一環で前期生徒会会計の藤田沙羅さんの写真には、目を通しているんですよ」

「で、桜花はどう思ったの?」

「まったく同じ感想でした。全然悪い人には見えませんでした。ただ、ちょっと派手な人だな、ちょっとギャルっぽいな、ぐらいです」

「だよなあ」

 どうやら桜花も、沙羅から感じる雰囲気から、悪女という印象は湧かなかったみたいだ。

「前期生徒会のことを調べてるってことはさ、もしかして、沙羅が留年してるってことも知ってる?」

「ええ! それ、全然知りませんでした」

 桜花は興奮して立ち上がり、少し大きな声で言った。その立ち上がった桜花を、イヤホンをしていたひふみは目で追いかけたが、ひふみはすぐに自分の見ている画面に視線を戻した。

「あ、知らなかったのか」

「はい! 言ってたんですか?」

「うん。沙羅と話した時に言ってたよ。藤田先輩って呼ぼうとしたら、やめてくれ~留年してるからって言われた」

「ええ……そんな……まさか留年してるなんて、つゆほども思わなかったです。そこを気にするという思考すらも、できませんでした」

 立ち上がっていた桜花は、また席に着くと、腕を組んだ。

「その留年してる理由はなんですか?」

「生徒会の不祥事のせいで、停学食らって、その停学期間のせいで、留年してるって」

「なるほど……じゃあ、まさかたったの五千円を、生徒会基金から、使いたいがために、留年したってことになりますかね」

「一応そうなるな。まあ、沙羅本人も、まさかここまで罰則が重くなってしまうなんて、思わなかったのかもしれないけど」

 俺がそう返答すると、桜花は、腕を組んだまま「う~ん」と唸りながら、必死に何かを考えているようだった。そして、また口を開いた。

「……う~ん。もし会長の言う通り、前期会計がいい人で、たったの五千円で留年したって考えると、前期生徒会の解散理由、やっぱりなにか引っかかります。そこまでして生徒会の五千円を、藤田さんは使いたかったんでしょうか」

「そうだよな。やっぱりそう思うよな」

 桜花も、あまりに不釣り合いなその解散理由に、やっぱり違和感を覚えているようだ。

 そしてこの調子だと、桜花は特に、前期生徒会について、調べることをやめなさそうだ。ただ、今の状況は、限りなくそれは真実であるという証拠が、揃っていることに対して、俺と桜花は疑問を呈しているというものだ。真実だと信じ切られているものを、否定するということは、とても難しいだろう。唾液事件のように、数日の間に解決できるものではないはずだ。

「前期生徒会も、明智さんも沙羅も、その解散理由は事実だって言ってる。でも、俺が沙羅と話した感じ……あの感じだと、やっぱりなにか隠してそうなんだよな……」

「う~ん」

 沙羅と話したあの時は、沙羅が言おうとしてたことを、チャイムに遮られてしまった。でも、何か言いかけているあたり、やっぱりなにか隠していることがあると考えていいだろう。

 いつか、本人の口から聞けることは、あるのだろうか。

「この生徒会基金の不正利用……何か別の大きな問題を隠すために、意図的に起こしたって可能性も……前期生徒会が解散した本当の理由も、実は隠されているんじゃないかって、私思うんです」

「そう。俺もそう思ってた」

「同じ意見で嬉しいです。先輩」

「やっぱり沙羅の口調、絶対怪しい! いつかその隠しているなにかについて、聞けるといいんだけどな~」

「……」

 俺が、椅子に大きく持たれながら、大きな声でそう言うと、桜花は急に頬を膨らませた。

「というか先輩」

「ん? なに?」

「さっきからずっっっっと、藤田先輩のことを沙羅沙羅って名前で呼んでますよね。いつの間にそんな仲良くなってたんですか?」

「……」

 桜花は、圧のある低い声で俺にそう言った。やばい、どんどん桜花の姿がでかく見えてきた。これはまずい。

「だ、だから、留年してるから、藤田先輩って呼ぶのはやめてくれ~って時に……沙羅って呼んでって言われて……」

「ああ、そうですか。ああ、そうですか。へ~」

 明らかに隠す気のない棒読みで、桜花はそう言った。

「いいだろ別に! ひふみのことだって名前で呼んでるぞ!」

「そうやって、女の子の前で、ほかの女の子の話をべらべら話すんですね」

「確かに、話を振ったのは俺だけど、さらに深く聞いてきたのは桜花だろ!」

「……はあ、これだから先輩は……まあいいです。私のことも名前で呼んでくれてますしね。今回は許しましょう」

「ふう……納得してくれたか……」

 きっと桜花は、会ってすぐなのに、藤田沙羅のことを、沙羅と名前で呼んでいることが、気に入らなかったのだろう。

 うまく納得させることができてよかった……体中、冷や汗パーティだ。

 そんな冷や汗を、ハンカチで拭いていると、急に廊下から階段を駆け上がる音が聞こえた。ダンダンダン! と力強い音を立てたながら迫ってきていた。

「ん?」

「ん?」

「なんだ? この音」

 俺や桜花だけでなく、イヤホンをしていたひふみも、この轟音に気が付いたみたいで、俺たちは生徒会室の外の廊下に繋がる、生徒会室の扉に視線を向けていた。

 そして、轟音の音量が最大になったその瞬間。豪快に生徒会室の扉が開かれた。

「おらあああああああ! いるか生徒会!」

 生徒会室の扉を開けたその人物は、いかにも熱血! のような見た目をしていたのであった。


     ***


 その熱血男をなんとかソファに座らせて、俺と桜花は、その対面のソファに座った。相変わらず、ひふみは自席に座って、パソコンと向かい合っている。

「とりあえず、俺は来栖緑だ。こっちは藍原桜花」

「どうも」

 俺が自分と桜花の紹介をすると、桜花は一言添えながら小さく礼をした。

「俺は河合直人だ。奉仕部に所属している。ちなみに、副部長だ」

 その熱血男は、河合といい、奉仕部副部長らしい。

「それでだ。さっさと要件を話してもいいか?」

「あ、ああ」

 河合は、生徒会室に入ってからずっとイライラしているようで、顔にはしわが多い。

「さっきも話したが、俺は奉仕部だ。そして、最近お前ら生徒会が、奉仕活動を始めたということを聞いた」

「はい。確かにそうですね」

 河合が、生徒会が始めた奉仕活動の話を出すと、桜花が肯定した。

「ただ、その生徒会の奉仕活動は、我々奉仕部の活動内容とかぶっていると思ったのだ」

「ああ。確かにそうだ」

 確かに、河合が言うように、生徒会の奉仕活動と、奉仕部の活動内容がかぶっている。

「だからだ! 奉仕部の存在意義が薄くなるから、生徒会には、奉仕活動をやめてもらいたいんだ」

「ええ……」

「まあ、一理はありますけど……」

 河合はどうやら、奉仕部の活動と、生徒会の奉仕活動が似たような活動のため、奉仕部の存在意義が薄くなることを懸念しているらしい。

 俺はそれを聞いて、ちょっと理不尽だと感じたから、困惑の声を漏らしてしまった。でも、どうやら桜花は少し納得しているらしい。

「しかしですね河合さん。我々も、奉仕活動をしなければならない理由があります。生徒会は、前期生徒会が失ってしまった信頼を、取り戻さなければいけないんです。なので、直接生徒に奉仕活動をして、信頼回復をしようと思い、こういう活動を始めたんです」

「まあ、なるほど。悪く無い理由ではあるな」

「でしょう? それに、私からしてみれば、生徒会の奉仕活動と奉仕部という、二つの選択肢がある今の状況は、生徒のことを考えると、とても良いことなのではないのでしょうか? これから、生徒会を信頼できない生徒が、奉仕部に依頼をする、なんてことがあるかもしれませんし、奉仕活動をしている団体が、二つあることはメリットだと思うのですが」

 なるほど、桜花の言ってることは正しいだろう。

 生徒からしてみれば、頼ることのできる団体が、二つあるということは、選択肢が増えるし、いいことでしかないだろう。

「確かにそうだ」

 河合は、頷きながらそう言った。しかし、河合はすぐに続けて言った。

「ただ今、俺が気にしているのは、『奉仕部の存在意義が薄くなってしまうこと』だ。そこのみを気にしている。それに、生徒会の奉仕活動などなくとも、俺たち奉仕部は、生徒に寄り添って、完璧に奉仕活動をすることができると確信している。だからこそ、生徒会は大人しくしていてほしいと思っているのだ」

「なるほどな。その言い方だと、俺たち生徒会より、いいサービスができる自信があるからこそ、生徒会にはじっとしていてもらいたい……というようにも聞こえるな」

「そうだな。俺たち奉仕部のほうが、よりよいサービスができるに決まっている。だから、生徒会が奉仕活動をする理由はないだろう?」

 河合は、自信満々にガッツポーズを決めながら、大きな声でそう言った。

「どうだ生徒会。奉仕活動をやめる気にはなったか?」

 河合は、腕を組み、ソファに座り直しながら言った。

「でもなあ、俺たちも信頼を取り戻さないといけないわけで……そのためにも奉仕活動をやめるわけにはいかないんだよ」

「そうですね」

 俺が言うと、桜花が同意してくれた。

 やっぱり、俺たちも生徒からの信頼を取り戻さないといけない。

 だからこそ、できる限り、奉仕活動をやめるなんてしたくない。

「そうか。まあいい。そう来ると思っていた」

 俺たちの話を聞くと、河合はそう言った。

「なら、提案させてもらう!」

 河合は、大きな声で立ち上がりながら、俺と桜花を指さした。

「勝負だ! 生徒会!」

「勝負ぅ?」

「ああ」

 河合は、どうやら俺たち生徒会に勝負を申し込みたいらしい。そんな河合に、桜花はその勝負の内容を尋ねた。

「どんな勝負ですか?」

「今週の土曜日。近所の小学生を招いて、うちの学校の体育館で、バスケを教えるという活動をする予定があるんだ」

「なるほど……ひふみ。学校予定に入ってるか?」

 俺は、河合の話を聞いて、自席でパソコンと向き合っているひふみに、本当に以上のような内容の活動があるのかを、調べてもらうように頼んだ。

「はい! 入ってます」

 すぐにひふみは、その奉仕活動の予定が入っていることを確認してくれた。

「それでだ。生徒会の諸君にも、その奉仕活動に参加してもらいたい。そして、生徒会チームと奉仕部チームで分かれて、バスケを小学生たちに教えるんだ。そして、最後には生徒会チームと奉仕部チームで対決する。もし、奉仕部が勝ち、奉仕部のほうが優秀であると証明できた暁には、生徒会には奉仕活動をやめてもらう」

「……なるほどな……」

 確かに、そのやり方なら、ある程度どちらの団体が優秀かがわかるだろう。でも、この勝負を飲む理由なんて、あんまりないような気がしたので、俺は桜花に意見を求めることにした。

「桜花。どう思う?」

「そうですね……河合さん。尋ねたいことがあります」

「なんだ」

「その対決。奉仕部が勝ったら、生徒会は奉仕活動をやめる……ということですが、もし生徒会が勝ったら……奉仕部か河合さんは、何をしてくれるのですか?」

「あ……」

 桜花が河合に尋ねると、河合は急に熱のこもった表情から、力の抜けた表情になった。

「もしかして……」

 俺はそう言いながら、桜花を見た。

「きっと、負けたときの事、この人考えてませんよ。先輩」

「だよな」

 この反応的に、河合はどうやら、負けたらどうするかを考えていなかったようだった。

「し、仕方ないだろう! この俺が! 俺と部長が! 優秀な信頼のおける部員たちがいてくれている奉仕部が、負けるわけないと思っていたんだ! 負けた時のことなんて、考えているわけないだろう!」

 焦っているのか、早口で河合はそう言った。

「ああ……思ったより脳筋なのかもしれない……この人……」

 俺はぼそっと呟きながら、頭を抱えた。

 でも、河合はしっかり部員や部長のことを、信頼しているような言い方をしているし、彼は部員に厚い信頼を寄せているのだろう。こういう悪態を俺たちについてきた河合も、普段の性格は悪く無いのかもしれない。きっと彼は、本当に「奉仕部の存在意義が薄くなってしまう」ということを、愚直に思って行動をしているのだろう。

「それじゃあ、生徒会がその勝負を受ける理由はありません。でも、まあ……もし河合さんや奉仕部がなにか、生徒会が奉仕活動をやめることと同じくらいのものを、勝負に賭けていただければ……この勝負、受けてもいいですよね? 先輩?」

「まあ、そうだな。なにか賭けてくれるなら、受けてもいいだろう」

 もし、負けたら、生徒会が奉仕活動をやめなければいけない。奉仕活動をやめると、信頼を取り戻すという今の俺たち生徒会の目標から、遠のいてしまうかもしれない。だけど、ほかにも信頼を取り戻す方法は、きっとあるだろう。奉仕活動をやめても、信頼を取り戻す方法はあるはずだ。

 それに、生徒会には桜花やひふみがいる。二人はとっても優秀だし、きっと生徒会が簡単に負けることなんてないだろう。

 あと、バスケを教えるのなら、俺には当てがあるしな。

「なにか……賭けられるもの……くっ……今さら奉仕部全体を巻き込むわけにはいかないし……」

 河合は、そう言いながら、頭を大きく動かしながら、必死に賭けられるものを考えているようだった。

「ああ! わかった! 覚悟決めてやるよ! 奉仕部がもし負けたらなあ! 俺がお前ら生徒会三人の言うことを何でも聞いてやるよ!」

「ええ!」

 河合は、そう言い放った。

「会長! 今の録音しておきました!」

「ええ! ひふみいつの間に!」

 どうやら、そう言った河合の言葉を、いつの間にかひふみは録音していたらしい。

 スマホを使って録音したことを、自慢げに俺に見せつけてくるひふみの顔は、とてもキラキラしていた。きっと、何でも言うことを聞く、という言葉に、わくわくしているのだろう。

「本当に何でもやってくれるんですか?」

「男に二言はねえ! というか、録音されてんだわ!」

「じゃあ、全身タイツで逆立ちしながら熱唱するフレディ・マーキュリーの物まねとかもしてくれますか?」

「なんだよその癖の強い物まね……」

 俺は、あまりにも異色な物まねを河合に要求する桜花に、困惑していた。

「してやらあ!」

「やったあ! よし! なら乗りましょう! いいですよね? 先輩!」

 桜花は、珍しく高くて大きな声を上げて、俺に近寄りながらそう言ってきた。

「桜花のやる気スイッチどうなってるんだよ……」

 桜花はどうやら、その癖の強い物まねをすることを約束してくれた河合を見て、やる気が出たようだ。

 まあ、そんなこんなで、俺たち生徒会と奉仕部は、バスケ教え対決をすることになった。

 


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