第39話「天は賀する、日神ノ弓」

 暖かい陽の光が、この場を包み込んだ。まるで、お日様にポカポカと照らしてもらっているかのような気持ちで。


 なんだか―――恋焦がれたかのような気持ち。


 私の周りに、白とオレンジの小さな花吹雪が、フワリと渦をまいて交わっていく。

 キラキラと輝く木漏れ日のような優しい灯りが夢心地で、心躍った。

 目の前には鏡に映っているみたいに、フワフワと宙に浮いている笑顔の私がいて。なんだかね、神様のような姿だったよ!


 黒いショートヘアに、ちょっとあどけない顔の女の子がいて。

 白いドレスのような純白の装束が、膝より長い。足首まである赤い袴には、白い花柄の模様。


「うわぁ~かっわいい巫女服だな~」


 やがて舞い吹雪く花びらが、その一面を覆っていき―――風が吹いた。

 姿を現す獣。大きな体をした白狼オオカミ。小さな平屋くらいありそうなサイズ!

 あったかそうな純白の毛並み。口からみえてるのは白く鋭い牙。そしてカッコいい瞳に、かわいいお鼻。立派なお耳。

 心に流れてくる記憶―――優しいオオカミさんの声。

 さっきの一瞬で、なにもかも分かったような気持ちになって。本当なら分からない事でも、知っているような気になって。ううん、知ってる。


「やよい。あなたを待っていました」

「へへ。はじめまして! 朝倉弥生です!」

「ふふ。ほんとうに、陽だまりのような女の子ですね。妾は、あなたの心の中で、ずっと待っていました」


 それは私が小さい頃。お父さんとお母さんと、伊勢神宮に観光に行った時のことなんだ。まだ幼稚園くらいで、小さな女の子の小さな願い。無垢な願い。

 あの写真立てに写っていた、大切な想い出。


《わたしね。おおきくなったらぁ~たいようになるんだぁ! みんなをポカポカてらしてぇ~。あ、そうだかみさま。いつもありがとう!! へへ、なんかあったかいきもちになってきたなぁーふしぎだね! パパ、ママ―――》


「あの、ありがとうございました! 私が落ち込んでいたとき、きっと助けてくれたんですよね?」

「ええ。あなたが願ったとき、心に欠片をプレゼントしましたから」

「へへ、うれしいな〜。なんだか身体中にパワーが溢れてくる感じです!」

「さあ。妾と世を照らしに参りましょう。必ずや、弥生の力になりますよ? だって、妾も弓道が、大好きですから―――」


 私は叫んだ、その言葉を。神様の力を身に宿す、その言葉を―――。


神楽カグラ!!」


 心がポカポカしてきて―――幸せな気持ち。ああ―――たまらんです!!

 漂う光の玉が、身体のそれぞれに宿り、形を具現化していく。


 頭にはかわいい陽のリボン、髪飾りの鈴は赤くオシャレに。

 胸部には白い胸当てを、背中には白銀の矢筒を背負って。


 左手にはあかき弓を―――――太陽の和弓わきゅうを。

 右手には純白のゆがけを――――退魔たいまのかけを。

 

日神ひのかみアマテラスよ!!』


 吹くは舞い風、花吹雪は瞬時に消え――この場を陽光で照らした。

 純白の体毛に、その身体には紅い虎のような模様。輝きなびく毛は神々しく、勇ましく。そして―――神カッコいいんですぅぅぅ!!


「さあ。急ぎ参りましょう。あまり猶予はありません」


 私は浮遊して、アマコの背中をまたいだ。まるで一心同体のような感覚で、手足がもう一本増えたかのような気持ち。でも、不思議じゃない。

 わかる、わかるよ。だって―――もう私は退魔たいま射手いてだから!!

 脳裏に響く、アマコの綺麗な声―――いっっくよぉぉぉ!


『いくよアマコ。弥生、しゅっきんしまぁぁぁす!!』

「ふふ。かしこまりました!!」


 4脚を蹴り込みこの場から大きく飛翔した、天井をドカンと突き破る。あ、壊しちゃった、でもま、いっか!

 大気を蹴り進み、薄暗い空をかき分けていく。それは速くて軽快なんです!

 持っている和弓わきゅうが力をくれる。右手のかけが勇気をくれる。

 アマコの気持ちが、私に溢れんばかりの愛をくれる!!


『待っててみんな、いま―――助けるから!!』

 

 駆け抜けると同時に、アマコの身体から溢れる陽の光。

 それらは活力を失った中間世界を、陽の光で照らしていく―――。 


 陰運を散らす天日は、大地を照らし進む。

 草花は芽吹き鮮やかに、木々はゆられ穏やかに。

 大海は青より碧し、返り咲く花は―――好天の道しるべ。 


 ***

 

 かつて、日神として天を守り、世を照らした神はお隠れになった。だが、その欠片は少女の心から芽吹き、世を再び照らすべく舞い戻る。

 それは――かつて恋焦がれた心、弓に恋したとある神様の運命ワガママ。その神の名を天照大御神あまてらすおおみかみ

 この者もまた、弓を愛した者であった。いやはや、それが運命であるとするならば。偶然とはいかに……だが、その道を選んだ決意がなければ。弓に恋をしなければ、運命はまた、変わっていたのであろうなと。


 しかし、もはや胸いっぱいのその少女は考えてもないであろうな。

 なぜならそれは――――〝盲目なのだから〟



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