霜月 紗雪

第26話

 《霜月しもつき 紗雪さゆき

 

 光のない薄暗い空、活力を失った樹木。

 生命を感じない広い海、硬い地面。

 返り血の浴びてない綺麗な巫女服。そう、いつもと同じね。


「私の中から出てきなさい――使い魔下僕よ」


 心から、何かを抜き取られたかのような気持ち。でも嫌いじゃないわ、これが私の武器道具なのだから。

 白い言霊のようなものが身体から出てくると、目の前で実体化した。模様のない白い体に、和弓ほどの背丈をした大きな牛。脳内に響く使い魔下僕の声。

 

《これから仕事ですか?》

「ええ、念を狩りにいくわ」

《かしこまりました》


 私はいつものように、言葉を発した。


カグラ憑依


 目の前にいる牛は白く輝き、私の髪と巫女服をなびかせる。ぬるい風、希望すら感じないこの光。やがてそれは変異し、体の一部となる。頭に白いリボン、白い胸あて。右手に白色のかけ、左手には白い和弓。

 牛の体に刻まれていく緑色のライン、その絆を示すゼブラ柄のような模様。絆なんて……ただの縛りでしかないのに。

 体の大きさはさっきと同じ、でも違うのは私の思考で自由自在に動く、射手の下僕使い魔になったこと。


退魔たいま射手いて―――いや、神の人形道具ね」


 真実は残酷、運命なんてものはない。あらがえない役目、ただの使命。唯一の希望としたら、そう、自分の弓術ウデだけだから。

 これから念を狩りに行こうとおもったら、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、周が桟橋を通ってこっちに歩いてきていた。


「あら、どうしたのかしら。射手守さん」

「紗雪殿。海のほうに多くの念が動いていると、サンジョ様から聞いたけど、もしかして一人で行くのか?」

「えぇ。たまったストレスを発散したいの」

「……弥生殿の事だね。昔の事を思いだすのかい?」

「そうかもね。そんなことより、周も来るわけ?」

「嫁なら心配いらない。静香は強いし、ついでに僕も仕事をしたいから」

「……そう。じゃあ力を借りるわ」


 周は紫色の袴姿で、射手守の鎧を着ている。白い刀を腰にひっさげて。まるで軽装のサムライね。

 転生したものに与えられる力。神に反逆する存在を守る、射手守の力。たぶん、静香さんが気を利かせてくれたのね。

 下僕使い魔は伏せると、私は背中をまたぐ。その後ろに周が乗ると起き上がった。ゆっくりと向きを変えて、走り出す。

 砂ぼこりが無造作に舞って、やがて緑色の海原を蹴り進み、バシャバシャと水しぶきが散っていく。海を横断した先の、獲物がうごめく狩り場へ。


(さぁ、貫いてあげるから)


 *


 1時間ほど走ったかしら。海を横断してから、海岸沿いの陸地をひたすら東に、東に。何度見てもつまらない観光でしかない、緑色の海に、活力のない世界。

 ひたすら目的の場所を目指して進んでいく。舗装を蹴り叩く音だけが聴こえていると思ったら、周の声がしたわ。


「……紗雪殿。ひとつ聞いていいか?」

「なにかしら?」

「弥生殿の生命いのちを守るように言われているのはわかるよ。だけど、その理由はなんだい?」

「射手守よ」

「やはりそうか……」

「あのポカポカ能天気娘をおいて、ゆり子さんと狩りにいった時。弥生が退魔の射手になれば、私に射手守がつくとミコト様が言ったから」

 

(あの人が、蘇るかもしれない)


「理由はそれだけ、射手守がつけば、もっと狩りが楽になるしね」

「悪いが。僕は他にも理由があると感じた」

「………そう?」

「紗雪殿は、2年ま―――――」

「うるさい!! 周には関係ないでしょ!!」


 私があの能天気な娘に、同情なんてするわけがないわ。前もたかが無印の使い魔が消えたくらいで、あんなにメソメソして、それが馬鹿みたいで。本当に失う辛さも知らないくせに―――まぁいいわ、ちょうど着いたしね。

 活力のない山のふもとを進んでいくと、やがて狩場は見えてきた。

 海面に浮かぶ紅いドロドロ。まるで念のパーティー会場ね、ウヨウヨいるわ。楽にしてあげる。異形の化け物が感づく前に。 


「………すまない」

「別にいいわ。それより、とりこぼしは頼んだわ、射手守さん」

「ああ、紗雪殿も無茶をするなよ」

「わかってるわよ」


 陸地から海にむかって、地面を蹴りあげガードレールを飛び越える。結んだ髪が重力に逆らって―――海水面に着水。

 跳ね上がっていく水しぶき―――和弓を構える。


「つがえ!」


 風を感じて突き進む、かけ声により具現化する矢の数は無制限。弓に矢をつがえたら、一気に引き分けて会に入る。

 矢摺籐やずりとうの先に視えるもの―――逝きなさい、彷徨える念よ。


シャッ!!」


 1射、2射―――――バシュン―――バシュン!!


 それは乱れ射ち。紅い身体をとらえ貫くたびに、発火したように輝き消える。


「この人達は天国ね、おめでとう」


――――バシュン――――バシュン


 大きな円を描くように、念の周囲を駆けまわりつつ、瞬時に狙いをつける。離れを出すたびに感じる期待感。飛んでいく矢が風をきる爽快感、ふふふ。

 お祭りの射的なんかよりも、よっぽど楽しいわ。私の矢は次々に念を貫き、浄化していく。同時に私の心も潤う気がして。


―――バシュンッ!!


「さっきの念は地獄行きね、さようなら」


(楽しい―――楽しいわ―――)


 海のスケートリンクを優雅に駆けりながら、海面の変化に目を凝らす。2か所に小さな白波がたって、こっちに向かって来る。お客さんかしら? 


「紗雪殿!!」

「わかってる。ハァ!!」


 海面を蹴り上げ高く飛翔する。同時に突如ボコボコと、間欠泉かんけつせんのように噴き上がり飛んでくる影、弓構え。周も刀を構えた。


「つがえ!」

「はぁ――――せりゃ!!」


 噛みつくように飛んできた、魚の異形を周の一太刀がせん断する。まるで、おろされた魚ね。

 つがえた矢を頬に添えて、もう一方のソレに矢尻やじりを向けて。かけ声により宿る、さっきよりも強烈な輝き―――狙い射る。


「シャあ!!」


――――キイイィン――――パァン!!


 サメのような魚を貫き、眩い閃光。さようなら、醜い化け物さん。

 紅い袴に付着した、黒い液体のようなモノ。とても不快だわ。


「あ〜あ、汚れたじゃない」

「紗雪殿。次は団体さんのようだぞ」


 周囲をぐるりと見渡すと、多数の白波。私は海面に着水したのち、和弓を構え、その方向へと突き進む。

 肌に触れる冷たい風が、心地よくて―――ふふふ。


「何匹でも、浄化してあげるわ」

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