第15話

 やんわりと暖かい世界。音もない空間。

 なんだろう、このフワフワとした気持ち。

 ぼんやりとした意識はあるのに、体が動かない。

 目も開かないよ、どうしてかな?


 私、もしかして死んだの?


『―――――――』


 え? だれ? 誰かいるの?


 言葉がわからなかった。でも何かに語りかけられてる。

 どこからだろう、でもなんだか温かい気持ちが伝わってくるよ。

 心がポカポカした気持ち。まるで恋をした時のような―――こい?


『―――――――』


 チリンと鳴った―――高らかな鈴みたいな好音こういん

 風を感じて―――進んでいくような感触がして――。


 これは―――――だれ?



 ***



「―――あ」


 目を開けると灰色の毛並みがあって、それはおウマさんの背中だった。無意識に身体を起こしたあと、身体の痛みが消えていたことに気がついた。


 周りを見渡す。そこは薄気味悪い世界の中にある、小さな神社のような場所。背丈ほどの高さがある石の外壁に囲われていて、中央にはポツンと社が建っている。そして入口らしき場所には鳥居みたいな形をした門。

 全体的に古いけど、吉備の神社と少し雰囲気が違う。敷地内になんか家みたいな建物もあるし。


「ブラアァア!!」

「ひぃ!?」


 おウマさんがのっそりと起き上がった。

 いきなりだからびっくりしちゃった、でも。


「足が、治ってる……」

「やっと起きたな。だから心配ないといったろうが。さっそくだが、木箱を出せ」

「はぁ〜。良かった!」


 安心した。懐から木箱を取り出す。


「それをそこにある建物に奉納してこい、たぶん白い鏡がある。いいな?」

「うん」


 私は立ち上がると、赤い袴をパンパンとはたいた。木箱を持って正面の建物へとむかいます。あれ?


「おウマさんはこないんですか?」

「俺はウマじゃねぇ。イナリ様の使い魔だブラアァ!! はよいけやぁ、ここで待ってる」

「あはは……」


 頭をブンブン回しながら、荒い鼻息を噴射してる。ウマだよね、絶対。

 気を取り直して恐る恐るその建物へと近付いていく。ボロい石の段を登り、褐色した引き戸を開けた。ギシギシと軋む音がしたあと、私はその部屋に入った。


「祈願をする場所? でもなんか……」


 おもわず浅い礼をした。

 石畳の空間、正面にあったのは大きな神棚のようなオブジェ。ゆっくりと近付いて、子段を登る。その棚の中央にはホコリが覆った白い鏡。


(他にお供え物とかはないから、たぶんこれの事かな)


 木箱を両手で持って、鏡の前に差し出してみた。


「………なにも起こらないし」

「ワン!」

「うわぃッ」


 振り向くと、そこには灰色の体をした柴犬さん。なになになに??


「ワンワン!」

「うーん。野良犬さんが入ってきたのかな? でもこの世界って犬とかいるのかな?」


 するとその柴犬さんは、玄関の付近をウロウロし始めた。

 どうしたんだろ……早くしろってこと?


「クゥ〜ン」

「そっか。よくわかんないけど」


 もう一度神棚に体を向けて、今度は木箱の蓋を開けた。なんか鈍く光ってます。白いお守りを指先でチョンチョンと触れてみる、なんともない。そのお守りを取り出し、握ったまま鏡に近付けてみた。


「うわぁ〜。きれい―――」


 近付けた途端、ピカっと輝きはじめた。お守りを持っていた手がほんわかと温かくなって。それをそっと鏡に乗せる。すると鏡はゆっくりと宙に浮いて、この室内を陽の光が包みこんだ。


(あったかい――――)


 でもその光は長続きしなくて、すぐに消えてしまった。気がついたら手に持っていたはずの木箱もなくて……奉納できたのかな?


「これで、いいのかな?」


 後ろを向くと、そこに柴犬さんの姿はなかった。うーん、なんだったんだろ?

 入ってきた入口へと向かい、引き戸を開けようとしたとき、そこで気がついた。


「わたし………引き戸開けてたよね?」


 体が一瞬硬直したけど、ゆっくりと引き戸を開けたら、そこはさっきと同じ風景。灰色のおウマさんが、偉そうに座っていた。


(なんだろあのポーズ。鼻息フンフンしてるし、ちょっと変)


 建物の外に出て、部屋の中を見たら、そこには鏡だけ無くなっていた。ゆっくりと引き戸を閉めて、おウマさんのもとへ。


「ちゃんと奉納出来たか?」

「はい。あの、鏡とお守りが消えちゃって……あとこれはいったいなんの意味があったんですか?」

「そうか、ちなみに消えた理由は知らん。ミコト様しか知らん事だ、でもたぶん良い事だ」

「はい?」

「俺は使い魔だ、知っている事もあれば知らん事もある。それよりもだ」


 おウマさんは伏せた体勢のまま、神社の入口を見た。


「帰り道は神社まで走るしかねぇ。お守りがなくなったから、もう転移は使えぬ。ゲートの起動も退魔の射手じゃねぇと無理!!」

「………うん」


 少しだけ理解していた。お守りがワープに必要な道具だとしたら、さっきもう消えたから。それにしても、さっきの柴犬さんはなんだろ。神様かな?


「あの、この神社の神様って、犬の姿ですか?」

「いや、この神社を守る神はおらん。鏡が消えたんだろ? そのせいか結界も消えてる。つまり鏡が結界のもとだったってことだ」

「でもさっき、灰色の柴犬さんにあったんです。ワンワン吠えてました」

「灰色の体は無印の使い魔だ。神様の体は白い、どこぞの使い魔がいたんだろうよ。要は結界のある場所は安全地帯だ、いてもなんら不思議ではない」


 無印の使い魔? それって―――。


「それより早く背中に乗れ。急いで帰るぞ」

「はい……」


 私は起き上がったおウマさんの背中にのると、伏せるようにしがみついた。引っ張られるように方向転換すると、走り始める。


 薄暗い世界で、鳴り響くのはヒヅメが地面を叩く音。来た道を戻っていく。

 よく見えないけど、右手側には流れの静かな大きな河川。でもなんだか不思議な気持ちなんだ。怖いんだけど、胸の奥は温かい。

 えぐれた地面を飛び越えて、崩壊した建物の残骸を横目にみながら、暗い夜の世界を駆け抜けていく。


 肌に触れている風は―――冷たい。

 それでも私は前を見る、今度は目を背けたりなんか、しないから。

 

 

 



 

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