第17話

 でも夜寝る前になって思い出して、どよ~~んとした生首が浮いていたのは正直怖かった。

 あれ? と加地の言葉に疑問が浮かんだ。


「何で急に、結婚の話しが出てきたんですか?」

「え? するんだろ?」

「誰が?」

「守矢、お前があの桜葉顕と。下の受付で待ってただろ?」


 誰だよ桜葉顕って。全く覚えがない。


「私、車で来てるんで、受付は通ってないですけど」

「なら、直ぐに受付に行け。お前の未来の旦那様が待ってるはずだ」


 意味が分からないまま鈴は受付に向かった。出勤してくる職員が、受付ロビーの待合椅子を一瞥して行くのが分かる。なぜ職員が一瞥して行くのか近づいて分かった。


 少し遠目でも分かる、オーダーメイド品のダークネイビーのスリーピーススーツを着たイケメンが、花束を抱えて座っていたからだった。


 凄い場違いの人がいるけど、警視庁に花束を持ってくるって遺体確認ではないし何だろう? と鈴が受付に向かおうとしたら、その男性が立ち上がって鈴に近づいてくる。


 顔がハッキリと見えてきて鈴はそれが誰かやっとわかった。肩に手が乗ってる人だった。


「昨日の」

「昨日はありがとうございました。お礼も言えなかったので参りました。桜葉顕と申します」

「そ、そうですか。それはどうも。でも私は警察官なんで」

「いえ。体を張って助けて頂いたのに変わりはあませんので」


 鈴が一六〇センチくらいで相手が一八〇センチ超え。やたら距離を詰めてくるから、自然と鈴が見上げる形になる。


 首が痛い。一メートルくらい離れて話すのがベストだよこの身長差。鈴が一歩下がると、相手も一歩を詰めてくるから距離が開かなない。


「えっと……では、仕事があるので」


 とりあえず、出勤してくる職員たちの視線が自分たちに向いているのが嫌と言うほど伝わってきて、鈴は居たたまれない気持ちだった。


「お礼もなんですが、昨日の返事させていただきたく参りました」

「え?」


 返事って何? この人と会話した記憶ないのに返事って何のことだかさっぱり分からない。とにかくここから去りたい。鈴の気持ちなど構いもせず桜葉は持っていた花束を鈴に差し出してくる。


「守矢鈴さん。プロポーズを謹んでお受けします。今日はまだ指輪が用意できていないので花束ですが」


 少し恥ずかしそうに頬を赤らめて乙女か! と思いつつ人間、予想外の事を言われると思考が一時停止するというか、日本語なのに全く別の言葉に聞こえて理解できなくなるんだなと、鈴は頭の隅でそんな事を考えていた。


「鈴さん。大丈夫ですか?」


 顔も良いけど声もいいな! どうでもいい事を頭の中でツッコミながら、何でこうなった! と鈴は混乱していた。


「だ、大丈夫じゃないですね! プロポーズなんてしてませんが?! そもそも昨日、事件で会っただけですよね?!」


 思わず声が大きくなってしまう。 


「昨日、鈴さんは私に一目惚れしたと」


 そう言えば、人質を変わる為に言った事を思い出した。けれど事件後に嘘だと伝えたはずだった。


「言いましたけど、こうも言いましたよね? 嘘だって。それに一目惚れからなぜ、急にプロポーズに飛躍しちゃったんですか?」

「私も一目惚れしたので、これはもう結ばれる運命だと思いました」

「だーかーらー! 一目惚れは人質を変わる為の方便だったって言いましたけど」

「僕では役不足でしょうか?」


 鈴の視界にチラチラ入ってくる桜葉の肩に乗っている手の人差し指が、トントントンと苛立っているのかリズムよく動いているのが気になって仕方がない。


「おーーい守矢」


 鈴を呼んだのは加地だった。


「加地さん! 人に名前を呼ばれて、初めて嬉しいと思いました!」


 天の助けとばかりに鈴は加地の登場に喜んだ。


「朝礼が始まんぞ~~」

「分かりました! 桜葉さん、この花は返します。それとこう言うのは迷惑ですし、運命でもありませんのでお引き取りを。では失礼します!」


 鈴は加地の腕を引っ張りながらエレベーターに乗り込んだ。

 ドアが閉まった瞬間だった。キリで刺したみたいな頭痛がして、あの鼻歌が聞こえている。山姥女目線の映像が頭の中に流れてきた。


どこかの部屋で五歳くらいの女の子が泣き叫んでいる。頭からは血が流れている。


 痛いっ! 何よこれ! 場面が変わってあの首を切られた女性が、いつもの様にベージュのワンピースを着て自分の首を持って立っている。そして何かを言っているけど聞き取れない。


 何?! もう一体何を伝えないのよ! 鈴は膝をつかないように踏ん張った。


「――や! 守矢! しっかりしろ!」


 ハッと頭痛が引くと同時に、加地が鈴の両肩を掴んで心配した顔をしていた。


「――あ、す、すみません。急に頭痛がして」

「大丈夫か? 事件現場でも同じような事があったが」

「大丈夫です。すみません」

「一度、病院にいったほうがいいぞ」

「そのうちに」


 病院に行っても心霊的だから意味がない。ここ最近、頻繁に見始めた夢だけじゃなくて白昼夢も見るようになったあの山姥女と首を切られた女性。何を自分に求めているのか鈴にはさっぱり分からなかった。


 この日の鈴と加地ペアの見回り中は何もなかったが、加地が車中で桜葉顕について色々と教えてくれて、なんて人間と知り合ってしまったんだと、危うく運転を誤りそうになった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あとがき

どうも作者の安土朝顔です。

いつも読んでいただきありがとうございます。

こちらの作品はカクヨムコンテスト9参加中です。

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