俺だけ残機無限の異世界で
猫柳渚
始まりは唐突に
目が覚めると森の中にいた。
ここに至るまでの経緯が曖昧だ。なぜ、どうして、疑問だけが頭の中を堂々巡りし、結局行き着いたのは当然の疑問だった。
「どこだよ。ここ……」
『お答えします。ここは――』
「うわっ! なんだ!?」
突然、耳元で女性の声がした。かなりの至近距離に思わず飛び退いて周囲を見渡す。しかし人影はない。
『いきなり大声を出して、どうかしましたか? 説明を続けてもよろしいでしょうか』
再び声がする。よくよく聴いてみれば、その声は耳から、というよりも頭に直接、響いているような感覚だった。
って、いや、そんなことより!
「説明ってなんのだよ? というか、あんたは誰だ?」
『失礼、自己紹介が先でしたね。ワタシはサポート精霊のポゥ、と申します。これからよろしくお願いしますね』
「あ、これはどうも……じゃなくて、サポート? 精霊? 全然話が見えてこないだけど、どういうことだよ?」
『順番に説明するので落ち着いてください』
「あ、はい。すみません」
コホン、とわざとらしい咳払いの後、精霊ポゥは説明を始める。
『ここはあなたの世界でいう所の異世界です。現在、この世界は魔物と呼ばれる存在によって滅亡の危機に瀕しております。ですので、あなたにはこの世界を救ってもらうため、全ての魔物を統べる存在――魔王を倒してもらうべく、日本よりお呼びしました』
「え、え……それってつまり、異世界召喚ってこと?」
『この事象に敢えて名前を付けるのであれば、そうですね』
「へ、へぇ……そういうことなら、まあ……最近よくあるらしいし、納得しとこう。でも、なんで俺? もしかして、勇者の素質があったとか、そういう」
『いえ、そういうわけではありません』
食い気味に否定された! ちょっとは持ち上げてくれても良くない?
「じゃあ、なんで俺なんだよ」
『若く、健康で、ある程度の良識があり、なおかつ世界的貢献度の低い暇人だったからです』
「ひ、暇人とは失礼な! 俺だって色々と忙しいんだぞ!?」
『高校にも行かず、日がな一日ネットゲームに明け暮れているのは忙しいとは言いません』
「はい、すみません……」
それを言われたらぐうの音も出ねぇや。
「で、でも、俺が突然いなくなったら家族が心配するんじゃないか」
『それなら問題ありません。代わりを用意しています』
「か、代わりって……?」
『例え、穀潰しであっても大事なご子息を拝借するわけなので、こちらの世界の住人を送っています』
「今サラッと酷いこと言わなかった? いや、こっちの世界の人って、いきなり知らない人がいたらそれこそ大変なことになるんじゃ?」
『あなたと同じく、ご家族への説明はきちんとしております』
「え、向こうにもサポート精霊とかいうのが行ってるのか?」
『いえ、警察機関に任せてあります』
「そこはちゃんと現実的なんだ……」
まあ、意味のわからない声で訳のわからない説明されても混乱するだけだろうし。
俺はまだこういう状況に先見の明があったから辛うじて受け入れることができてるだけだし。
「こっちの人が日本で生活なんてできるのか?」
『心配ご無用です。召喚時にチート能力として最強の頭脳を授けておりますので』
「最強の頭脳って時点で頭悪そうだけど大丈夫か? というか、召喚時にってことは、俺にもチート能力が!?」
『はい。ステータスを確認しますか?』
「す、するする! ステータスオープン!」
『そんな恥ずかしいことを言わなくても表示しますよ』
「恥ずかしいって言うなよ!」
俺のツッコミを遮るように、空中に半透明のウィンドウが出現した。そこにはズラッと以下のような文字と数字が並んでいる。
イセカイ ショウカンニキ
体力/999
魔力/999
力/999
防御/999
器用/999
俊敏/999
スキル:無限残機
おお! すごい、本当にチート能力が――いや、待ってくれ。そんなことより気になる表記が……。
「このイセカイショウカンニキってなんだ?」
『あなたの名前ですが?』
「なんで名前がこんなネットの通称みたいになってんの!? 俺にはちゃんと伊勢翔太って名前があるんだけど!」
『同じようなものじゃないですか』
「全然違うよ!? というか全国の伊勢翔太さんに謝れ!」
くそ、さっきからいったいなんなんだ。こっちはいきなり訳のわからない状態でいっぱいいっぱいだってのに。まあいい、もう一つ、気になることを聞いとこう。
「このスキルの、無限残機ってなんなんだ?」
『あなたが死亡した場合、リスポーン地点へ復活することが出来るスキルです。もちろん、何度でも復活可能です』
「おー、すげぇじゃん! まあ、このステータスならそもそも死ぬことなんてないだろうけど。ちなみにそのリスポーン地点ってのはどこにあるんだ?」
『今は現在地点がリスポーン地点になります。儀式を行っていただければリスポーン地点は変更可能です』
「儀式ってのは?」
『ベッドを作ってそこで眠ってもらえれば』
「その儀式、四角い形の人がやってるの見たことある!」
頭の中に世界的なクラフトゲームが浮かんだが、それ以上はパクリだと怒られそうなので考えないようにした。
「とにかく、俺はこの世界を救うために召喚されて、実質不死のスキルとチート能力を神様から授かって魔王を倒す……これでいいんだよな?」
『簡潔なまとめ、ありがとうございます』
「状況は理解したけど……向こうの世界に俺の代わりが送られたってことは、もしかして俺は元の世界に帰れない?」
『そうなりますね』
「マジかよ! 無許可でとんでもねぇことしやがるな!」
『なにか不都合がありますか? あちらの世界にいても、あなたは将来なにも成せずに自室で孤独に死ぬだけですよ?』
「辛い現実を突きつけないでくれ! まあ、向こうの世界で腐った生活してるよりはこっちで世界を救うために戦う方が有意義だろうけどさ」
『納得していただけたようで何よりです』
「無理やり納得するしかないだろうがよ、くそ、こうなったらチート能力で無双してチヤホヤされてやるよ!」
帰れないし、このままここで駄々をこねていても始まらない。ならもうやってやるしかないってことだ。それにこんなチート能力があれば、俺だって――。
「何にせよ、まず準備しなくちゃだよな。街まで案内してくれるか、ポゥ」
『了解しました。では、ワタシの指示する方向へ進んでください』
こうして俺は、訳の分からないまま唐突に召喚された異世界を救うべく、旅立つのであった。
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