第11話 鉄腕の子犬(11)
『バカな、バカなバカなバカなァあああっ!!』
次々と爆撃を受けながら、ヴァントーズが絶叫する。
高出力の電磁装甲に守られた騎士の鎧も、自ら作り出した高火力ミサイルの波状攻撃を耐え切ることは難しかった。
爆煙の中、次々と装甲が剥がされていく愛機に防御体制を取らせながらヴァントーズは戸惑いの声をあげる。
『何故だっ! いくら聖杖を手にしたと言っても、所詮あれは脳波を増幅して放つアンテナでしかない! 搭乗者の脳波を読み取る専用デバイスが必要なんだ! そ、それに、私のようにナノマシンでブーストしていない人間の脳に、これほどの数のミサイルをコントロールする演算処理なんてできるはずが……!』
『こちとら、脳波感知デバイスなら元々自前で持ってんのよ!』
自慢の犬耳を揺らしながら、クウが笑う。
『それに、わたしには第二のお守り……おじさんの脳がついている!』
そう叫び、操縦桿の横に備え付けられたキューブ状の装置を見つめるクウ。
補助義脳。
それはサイボーグにとって「第二の脳」とも呼ばれる高性能コンピュータの通称だ。
人間の物とは違う機械の肉体を持つサイボーグには「義体の操縦」をサポートし、脳への負担を軽減するため、基幹システムに専用のサイバーウェアが内蔵されている。
そんな命綱とも呼べるシステムをコトーは自ら取り外して調整し、聖杖操作用のサポートアイテムとして設え直してクウに託した。それにより、クウは一般人でありながら強化人間を凌ぐ演算処理を可能としているのである。
『今の<ディノブレイカー>には二人分の思いが乗っかっている……、そう簡単に負けるわけにはいかないのよ!』
ナイフを取り出し、爆撃によろけた<カドゥケウス>に肉薄しようとするクウ。
しかし、ヴァントーズも並のパイロットではなかった。自身の切り札を乗っ取られ窮地に陥った状態下でも咄嗟のダメージコントロールによって、反撃の糸口を残している。
『聖剣を、舐めるなぁあっ!!』
破損した外部装甲をパージし、胴体に内蔵されている大型ガトリングガンを展開するヴァントーズ。その照準は正確に、こちらに駆け寄ってくる<ディノブレイダー>をロックオンしていた。
回避不可能のタイミング。
勝利を確信しトリガーを引くヴァントーズだったが、次の瞬間、その目を大きく見開くことになる。
ガトリングの銃口に向かって、左腕を突き出した<ディノブレイダー>。その手の甲に、見覚えのある円盤が取り付けられていたのだ。
それは、つい先ほど交戦した<ハンター>がその両肩に備えていたエネルギーフィールド発生装置。その一部だった。
急拵えかつ、ジェネレーターが貧弱なクウの機体では、<ハンター>のように自在にバリアを張ることはできない。しかし、苦し紛れの銃撃を一瞬逸らすことくらいわけなかった。
これがコトーがクウに渡した第三の、そして最後のお守り。
エネルギーバリアによって銃撃を逸らされた<カドゥケウス>は一瞬、標的の前に完全なる隙を晒す。獣の嗅覚を持つクウが、その一瞬を見逃すはずがなかった。
『そこだぁーっ!!』
クウの咆哮とともに振り下ろされたナイフが、ガトリングガンの銃身を両断する。
(あと一手……!)
返す刀でコクピット部分に狙いを定め、ナイフを繰り出すクウ。
ディバインソードご自慢の電磁装甲も先ほどの波状爆撃で途切れ、まだ再展開されていない。
反撃も封じた。
『今ならやれるッ……!!』
彼女がそう叫びペダルを踏み込んだ、その時だった。
バキン、と嫌な音がクウの耳に届く。
それは、とどめの一撃を繰り出すべく踏み込んだ<ディノブレイダー>の膝関節が、負荷に耐えきれず弾け飛ぶ音だった。
隙だらけの敵を前にして、ガクリと崩れ落ちる彼女の機体。
手足より噴き出す排熱蒸気。
慌てて機体を立ち上がらせようとするクウだったが、脚部が破損したせいで上手く起き上がることができない。
『……っ!』
理解は遅れてやってきた。
機動力を重視して極限まで軽量化されていた<ディノブレイダー>のフレーム、その活動限界がこのタイミングで訪れてしまったのである。
あと一瞬、クウの判断が早ければ、
あと一秒、機体がもってくれさえいれば、
あと一歩、敵との距離が近ければ、
あと一手で、ヴァントーズを完封できていたはずなのに。
そんなたらればも、虚しいだけだった。
現実は、そうならなかったのだから。
『……ごめん、おじさん』
そう呟いて、クウは操縦桿から手を離す。
こうして彼女は、生き残るための最後のチャンスを失った。
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