第9話 鉄腕の子犬(9)
「何もないじゃないっ!!」
クウの叫び声が、トンネル内にこだました。
あれから1時間ほど遺跡内を探索した彼女だったが、所詮ただの地下鉄道。線路用のトンネルやターミナルの跡地などばかりで、期待していたような秘密の軍事工場や古代兵器の研究所のようなものは何一つ見つからなかったのである。
「まぁ、そうだろうな」
地団駄を踏み悔しがるクウをよそに、黙々とギア・ボディの修理を行いながらコトーが呟く。
「もしこの地下空間に何か遺物が隠されていたのなら、上の都市を作ったアウターも、それを襲ったセンチネルも、この場所を放っておいたはずがない。今現在、こうして調査もされずに放置されていたということは、あらかた遺物を回収した後か最初から有意義なものがなかったかのどちらかだろう」
「そういうことは先に言いなさいよ!」
「僕の話を聞かずに飛び出して行ったのは君だ」
そんなコトーの言葉に毛を逆立てて怒るクウ。グルルルと獣のような唸り声を上げたかと思いきや、どうやらそれは腹の虫だったようで、そのまま力なくへたり込む。
そんな彼女の様子を横目に眺めていたコトーは、変わらない表情のまま柔らかい口調で言った。
「そこに作戦前に支給されたエナジーバーが残っている。自由に食べていい」
「やった!」
反射的にエナジーバーに飛びつき、勢いよく齧り付くクウ。ふと、食料が二人分残っていることに気づき、顔を上げる。
「おじさんの分は?」
「いらないんだ。この身体には胃腸どころか、口もないからな」
<ハンター>の機体からパーツを抜き取りながら、コトーが答える。
「月イチのメンテナンス時に、バッテリーパックと栄養タンクを交換すればそれでいい」
「へーっ、便利だね」
「…………」
「やっぱりいいなー、フル義体のサイボーグボディ。食事いらずだし、疲れ知らずだし。今だってそんな重いパーツを軽々持ち上げてさ。よく考えたら整備アームもないのに壊れたギア・ボディの修理なんて、やろうとしてもできないよ。ふつー」
うっとりしながらそんなことを言うクウに、コトーの手が止まった。
「わたしも早く、サイボーグになりたい……」
思わずそう呟いたクウは、交戦前にしたコトーとの会話を思い出し口をつぐむ。
「…………」
「……………………」
二人の間に、沈黙の帷が降りた。
薄暗い空間に、かちゃかちゃと機体を整備する音だけが鳴り響く。
気まずさに別の話題を探そうとしたクウだったが、意外にも最初に口を開いたのはコトーの方だった。
「……なんで君はそうサイボーグになりたがるんだ。これは、そんなに良いものじゃない」
整備の手を止め、赤い一つ目でクウを見つめながら彼は続ける。
「定期的に人の手を借りてメンテナンスしなければ生きていけないし、五感もセンサーが再現した偽物でしかないからずっと空虚だ。脳は生身のままだから常に拒絶反応をコントロールする必要があるし、肉体だけが疲れ知らずなせいで夜も眠れない。そのせいで頻発する人格異常や記憶障害に対応するため、常に外部装置に脳内データをバックアップする必要まであるんだぞ。泣けるだろ」
一息にそこまで言って、男は自嘲気味に付け足す。
「それに何より、見た目が化け物だ」
初めて見るコトーの様子に、息を呑むクウ。
「じゃあなんで……」
おずおずと尋ねる彼女に、コトーはゆっくりと立ち上がり言った。
「別に好きでこんな身体になったんじゃない。元の肉体を失ったんだよ。あのディバインソードとの戦闘でな」
「……!」
「もう5年前だ。僕たちの部隊は機体の試験運用をしていた奴と遭遇し、軽く全滅させられた。次に目が覚めた時には仲間がみんな死んでいて、僕は全身焼け焦げた肉の塊になっていた」
当時のことを思い出し、声を震わせるコトー。しかし、その肉体はぴくりとも動かない。
「生き伸びて家族の元に帰るためには、偶然、技研が志願者を募っていた新型義体の適応試験に志願し、この身体になる以外に道はなかった」
「……家族がいるんだ?」
じっとコトーを見つめながら、クウが小さい声で問いかける。
「妻と娘がね」そんな彼女を見返しながら、コトーは答えた。「僕はあの時、すぐに帰るって約束したのに……。でも、こんな身体のままじゃ帰れない。せめて、見た目だけでも生身の人間に近づかないと……」
「……ふぅん?」
「そういえば、君はサイボーグになるために貯金しているって言っていたな。実は僕もそうなんだ。技研のクローン技術で僕の肉体を再現した生体パーツを作らせるために、ずっと金を貯めている。生体パーツのオーダーメイドには、肉体を機械化するより何倍も金がかかるがな」
クウから視線を逸らし、作業を再開しながらコトーは続ける。
「長々とつまらない話をしてすまないな。……要するに嫉妬だよ。まだ生身の身体でいられている君が羨ましいだけなんだ。……大の男が恥ずかしい真似をした。忘れてくれていい」
そう言って、くだけた口調で話を締めようとするコトー。その背中にクウは言った。
「別に機械の身体だっていいじゃない。家族のところに帰りたいなら、さっさと帰ればーー」
彼女の言葉を遮るように、鋭い音がトンネル内にこだまする。
コトーが持っていたスパナを投げ捨てたのだ。機械によって増強された腕力で、スパナがコンクリート壁に突き刺さっている。
「子供の君に何がわかる? こんな鉄の腕じゃ、娘を抱くこともできない。こんなのっぺらぼうじゃ、妻に笑いかけることもできないんだぞ!?」
「そりゃ、色々大変なのはわかるけど」
壁に刺さったスパナを見つめながらクウが続ける。
「もしわたしがおじさんの子供で、父親が生きてて自分のことを思ってくれてるって分かったら、どんな身体でもいいから、まず帰ってきて欲しいって考えると思うけどな」
まぁ、勝手な想像でしかないけど。そう続けて、クウは壁に刺さったスパナを掴み、引き抜こうと試みる。
「わたしの父親もずっと家に帰ってこなかった。仕事が忙しいって言ってたけど、多分嘘。お母さんが死んじゃった時、何の連絡もなかったしね。きっと私たちのことなんて、どうでもいいって思ってた。でも、おじさんはそうじゃないんでしょ?」
「…………」
「……本当に大事なのって、身体じゃなくて心じゃない? わたしは、わたしの心を大切にしたい。だからこそ、こっちの心を折ろうとしてくる理不尽に、対抗するための力が欲しいんだ」
そう続けながら壁に足を突っ張り、全力でスパナを抜こうとするクウ。しかし深く突き刺さったスパナはびくともしない。
「見ての通り、わたしは弱い。筋力がないからギア・ボディを降りたら無力だし、体力もないから操縦席にも長く座っていられない。こんなひ弱な子供の肉体じゃ、あっという間に不条理に押しつぶされて、心ごと殺される。だから、わたしは……」
うんうん唸りながらスパナ相手に苦戦する彼女の様子を、コトーは何も言わず、じっと眺めることしかできなかった。
「まぁ、お互いの今後なんて考える以前に、まず直近の問題である、あのミサイルディバイン野郎をなんとかしないとなんだけどね」
「……」
「あーあ、なんか都合よくそこらへんに超兵器とか落ちてないもんかしら……っ?!」
そう言いかけたところで、壁に刺さっていたスパナがすっぽり抜けた。
勢い余ったクウがひっくり返り、床の上をゴロゴロ転がる。
そしてそのまま、ゴンと金属製の何かに頭からぶつかった。
「イタタタ……た?」
頭をさすりながら起き上がった彼女は、つい今しがた自分がぶつかったその物体に気付き、目を丸くする。
そこにあったのは、本作戦の護衛対象であるヘリコプターのコンテナだった。
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